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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第五章「思いの果て」
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Act.57「縁談」

午後三時。

俺は駅前にあるシティホテルのラウンジにいた。


「お待ちしておりました、(はじめ)様。いらして頂けて安心しましたわ」


そう言って、目の前の女性は安堵のため息を漏らした。 

キリリとした美しい切れ長の目。整えられた眉。通った鼻筋。控え目ながら美しくほどこされた化粧。

セミロングの黒髪は艶やかに輝き、彼女が動く度にサラリと揺れている。

かっちりとしたグレーのスーツに黒ぶちの眼鏡という一見地味な格好さえ、彼女にはその理知的な美しさを引きたてる材料となっているように思えた。

ラウンジ内にいる他の男性達の向ける羨望の眼差しを感じながら、俺は冷たさを持った声で彼女に言い放った。


「こんな休日にわざわざ。秘書業務も大変ですね、磯貝さん」


すると彼女は、少しだけ困ったような笑みを浮かべて言った。


「いいえ。会社の為に働くのが社員の本分ですから」


「ほぅ。それはまた、随分と愛社精神がおありなんですね。磯貝さんのように愛社精神溢れる優秀な社員がいるなら、我が社の将来も安泰というものでしょう」


口の端を持ちあげて見せた俺に、彼女はにっこりと笑った。


「有難う御座います。一様が後継となられた時には、私が秘書としてお仕えさせて頂く事になりますから。どうぞ宜しくお願い致しますね」


その笑顔に、俺は自分が彼女に対し、とんでもない思い違いをしていた事を悟った。

しおらしいだけの女性かと思っていたがとんでもない。さすが、あの男の秘書をしているだけの事はある。

内心舌を巻いていた俺をよそに、彼女は美しく微笑んだ。


「さあ、先方がお待ちです。そろそろ参りましょう」




彼女に先導されて辿り着いたのは、ホテル最上階の一角にあるVIPラウンジだった。

そこで俺を待っていたのは、いかにも上品そうな初老の男性と、艶やかな着物を纏った美しい女性、そして、不機嫌そうに顔をしかめたあの男の三人だった。


「遅いぞ(はじめ)。何をしていた?」


不遜な声で言ったあの男に、俺はギロリときつい視線を返した。


「すみませんね、なにぶん急な話だったもので」


「なんだその態度は。まったくお前というやつは・・・・」


今にも飛びかからん気迫を見せたあの男を前に、向かい側に座っている初老の男性が割って入った。


「まあまあ、そう事を荒立てずとも。私も千歳も少し早く来すぎただけで、一君が遅れた訳じゃないだろう?」


穏やかにいさめるその人に、あの男は仕方ないといったように矛を収め、俺に「早く座るように」と促した。


「一君だったね。あらためて挨拶させて貰うよ。私は三城院(さんじょういん) 秀人(ひでひと)。君の祖父であるこいつとはかれこれ50年来の付き合いだ」


向かい側に座るあの男を指し、三城院氏はにこやかに笑った。

一見穏やかに見える三城院氏だが、その全身からは、一般人とは明らかに異なる圧倒的な気迫を放っている。緊張が走る。この人もやはり、あの男同様、多くの修羅場を潜り抜け、人の上に君臨する器を得た(つわもの)なのだ。


「はじめまして三城院会長。笹宮 一と申します」


「そんなにかしこまらなくてもいいよ。どうせ内輪の席だ。気楽にやろうじゃないか」


そう言って彼は穏やかに笑った。

三城院 秀人。世界に誇る電子技術工学の最先端技術を持つ三城院グループの現会長。

今俺の隣にいる男、富士乃宮(ふじのみや) 敬三(けいぞう)とは旧知の仲であり、古くから業務提携を行って来たと聞く。まさかこんな大物が出て来るとは・・・・。


「こちらは私の孫の千歳(ちとせ)。つい最近までウィーンへ音楽留学していてね。先月帰国したばかりで少々世間知らずなところがあるんだが、宜しく頼むよ」


すると隣にいた晴れ着姿の女性が憮然とした口調で口を開いた。


「おじい様!世間知らずなんて言い方は失礼ですわ。まったく、いつまでわたくしを子供扱いなさるおつもりですの?もう・・・・」


憤慨する彼女に、三城院氏は「悪い悪い」と苦笑を浮かべていた。


「一さん、本気になさらないで下さいね。わたくし、そんなに世間知らずではございませんのよ?」


そう言って少し眉間にしわを寄せた彼女は、それでもうっかりすると見惚れそうになるほど美しかった。

大きな瞳、くっきりとした二重瞼、通った鼻筋、形の整った唇。結いあげられた黒髪は艶やかに輝き、肌は雪のように白く、頬は桜色に色づいていている。

その姿はあまりに凛として美しく、磨き上げた黒曜石のような輝きを持つその瞳は、意思の強さを伺わせる強い光を宿していた。


「ええ、大丈夫ですよ。それにしても驚きました。三城院会長にこんなお美しいお孫さんがいらしたとは」


俺の言葉に、目の前の綺麗なお嬢さんはくすりと上品な笑みを零した。


「あら。わたくし、心無い賛辞を頂いても嬉しくありませんわよ?」


「本心ですよ。こんな美しい方では、私のような者では不相応というものでしょう。残念ですがこのお話、お断りして頂いて結構ですよ」


「一!何を言い出すんだお前は!」


その怒鳴り声をよそに、お嬢さんはさも可笑しそうにくすくす笑い出した。


「千歳?」


不審な顔をして三城院氏が見やると、彼女は楽しそうに笑いながら言った。


「面白い方ですわね、一さんて。初めてですわ、あなたみたいな方」


くすくすとさも可笑しそうに笑う彼女に、俺はゾクリと寒気を覚えた。


――――なんだ、この感じは?


嫌な予感が駆け巡る。

これ以上このお嬢さんに関わってはいけない。

本能がそう感じていた。


「いいですわ。おじい様、このお話、お受けします」


「――――なっ!?」


驚く俺に、お嬢さんはなおもにっこりと笑いながらこちらを見て続けた。


「ふふ。これから宜しくお願いしますわね、一さん」


そう言って彼女は、ことさら綺麗に微笑んだのだった。

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