Act.4「雨のドライブ」
車内には降りしきる雨が叩きつける音がこだましていた。
ずぶ濡れな彼女にタオルを手渡した俺は、ただひたすら運転に従事していた。
そうしてないと、今にも邪な考えに頭を支配されてしまいそうだった。
「ねえ、部屋って遠いの?」
彼女がタオルで頭をふきながら話しかけて来た。
「ん?そうだな。ここから15分くらいかな」
俺は彼女を見ず、視線を正面から外さずに答えた。
降りしきる雨の所為で視界はすこぶる悪い。顔を見なくても不自然とは思われないだろう。
「そっか。それにしても雨、凄いね」
呟くように言った彼女に、俺は少し溜息まじりに答えた。
「そうだな。梅雨って言ってもたまにこういう激しいやつも来るからな」
「そういや、あっちは梅雨ってないもんね。話には聞いてたけど、本当に雨ばっかりでちょっとびっくりした。アンタはもう慣れた?」
俺達の故郷は、一般的に言う梅雨が無い地域だ。
こっちに来た当初は戸惑っていた事を思い出してちょっと懐かしくなった。
「まぁな。でも鬱陶しい事に変わりはないけど。洗濯物乾かないしな」
「あ、そうそう!困るよねー。じめじめじめじめしてさー」
彼女は嬉しそうに同意した。
こういう時、やっぱり同郷っていうのはいいなと思ってしまう。
「だな。まあ、それでもあっちにいるより生活は便利だからいいんだけどさ」
「だよね。あっちって本当に田舎だもん」
俺の脳裏に、地元のさびれた商店街がよぎった。
買い物は専ら車で20分以上かかる隣の市まで出なきゃいけない、不便な土地だった。
豊かな自然に囲まれた長閑な街、と言えば聞こえはいいが、実際には外界から遮断された小さなコミュニティで、人の噂話ばかりしているような連中と暮らさなければならない窮屈さが付きまとう。
ある意味都会暮らしなんかよりよっぽど人間関係で苦労する事請け合いだ。
その窮屈さから抜け出す為に、俺はわざわざ海を越え、地元から遠く離れたこの街へと就職を決めた。
恐らく彼女も似たような理由でここに来たのだろうと思う。
あそこは、それくらい息が詰まる場所だったから。
「なあ、お前さ、帰りたくなることってあるか?」
ふいに問いかけた俺に、彼女は一瞬間をおいて答えた。
「・・・・そうだね。山には、帰りたいと思うよ。でも、家に帰りたいとは思えない」
それは、妙にきっぱりした答えだった。
思わずどうして、という疑問が口をついて出そうになり、けれどすぐにやめた。
触れてはいけない。そんな気がした。
「そっか。まあ、そうだよな。田舎だし」
俺は曖昧に言葉を濁し、彼女は何も言わなかった。
車はトンネルに入り、雨音の無くなった車内には走る車の音だけが響いていた。
チラリ、と見やった彼女の顔は、いつもの元気さが嘘のように、酷く凍りついて見えた。
(家・・・・か)
どこの家でも何かしら事情はある。
多分、彼女の家にも何かあるのだろう。
俺と同じように・・・・。
やがて車はトンネルを抜け、車内は再び叩きつける雨の音に支配された。
それを合図にするように、彼女が再び口を開いた。
「ね、そういえばさ、アンタ、一人暮らし?」
唐突に尋ねて来た彼女の声は、もうすっかりいつもの明るさを取り戻していた。
俺はその声に合わせるようにごく普通のトーンで答えた。
「ん?そうだけど」
彼女は悪戯を思いついた子供みたいに手を叩き、はしゃいだ声で言った。
「じゃあ決まり!あのさ、あたし、料理作ってあげる!」
「はぁ!?料理?」
思わず素っ頓狂な声をあげた俺に、彼女は嬉々として続けた。
「せっかく友達の家に行くんだもん。何か作ってあげる!こう見えても料理得意なんだからね!」
いかにも嬉しそうな彼女に押し切られる形で、俺はその提案を承諾した。
目指すはスーパー。さて。どうなる事やら・・・・・・。