Act.48「移植」
※病気・医療・ドナーに関する描写は現実と異なる場合がございます。
恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
結局俺は、移植手術が終わったら、時期を見て正式に後継者となる事を同意し、子会社の一つの登記簿を譲り受けた。
カヨの見舞いの傍ら、通常の会社業務に加え、密かにオーナーとなった子会社の運営もせねばならず、忙しい日々が続いた。
そんな中、一度は破談となったカヨの骨髄移植の話は、トントン拍子に進んでいた。
彼女の病気は、入院当初からかなり悪い状態で、一刻も早く骨髄移植をする必要があった。
俺はカヨに病名を告げ、移植手術を受ける事を承諾させた。
『移植すれば、治るんだよね?退院したらさ、部の皆全員呼んで、結婚式しよう!あたしの花嫁姿、楽しみにしててよね、イチ』
カヨは、そう言って笑った。
移植当日。
手術中のランプが光る扉の前で、俺は落ち着きなく待っていた。
カヨ・・・・・・。
祈るような気持ちで、扉を見つめ続けた。
どうか、無事に終わってくれ・・・・。
コチコチと時計が音を刻み続け、やがてランプが消え、扉が開いた。
「先生!カヨは?アイツは・・・・・・」
駆け寄った俺に、緑の手術服を着た医師は、やや疲れたような声で静かに言った。
「大丈夫です。移植は無事終わりました」
「ありがとうございます!!」
これでカヨは助かった!そう、思っていた。
移植後の経過は至って順調で、心配だった拒否反応もそんなに重くなる事はなかった。
治療の為に無菌室に入っている間はガラス越しにしか面会出来なかったが、医師から経過が良好だと伝えられ、ホッとしていた。
白血球値も順調に通常値へと近付き、一般病棟へ移され、直接面会も出来るようになった。
この頃になると、俺はもうすっかりカヨの病気は良くなったのだと、信じて疑わなかった。
忙しい合間を縫って見舞いに行き、結婚式場のパンフレットを集めては、カヨと式の事をあれこれ相談していた。
あと少しすれば退院出来る。そう、信じていた――――。
「ねえイチ、あたし、イチの故郷が見たい」
ある日カヨは、ふいにそんな事を言いだした。
「ん?俺の故郷か。何にもない田舎だぞ。いいのか?」
するとカヨは、優しく微笑んでこう言った。
「あら。イチの故郷でしょ。それに、イチのご両親にもご挨拶したいし、ね」
俺はカヨの頬にそっと触れながら答えた。
「わかった。一緒に行こう。どうせなら5月がいいな。知ってるか?エゾ山桜。綺麗だぞ~。こっちの桜とはまた違う趣があって・・・・」
「そうなんだ!ふふ、楽しみだな」
その笑顔が愛しくて、肩を寄せた。
「・・・・・・イチ・・・・」
抱き寄せた身体は、あまりに細く頼りなくて、ふいに泣きたくなった。
胸の内をごまかすように、ぎゅっと抱きしめた。
「・・・・ずっと、一緒にいような・・・・」
「・・・・うん。ずっと・・・一緒だよ・・・・」
目を閉じ、唇を重ねた。
白い病室の中、互いの鼓動が聞こえてしまいそうなほど、静かな、春の日だった。