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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第四章「見えない明日」
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Act.47「契約」

※病気・医療・ドナーに関する描写は現実と異なる場合がございます。

恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。

体中を電撃が走り抜けた。


――――今、コイツは何と?


「信じられないかね?だが残念だな。間違いなく私が杉崎加代子の適合者だよ」


瞬間、張り付いていた笑みが消え、氷のような冷たい表情に変わる。

その冷たい気迫に、俺は思わず気圧され、絞り出すように声をあげた。


「・・・・なん・・で・・。どうして、アンタが・・・・」


「大企業における一つの慈善事業だよ。それにしても驚いた。まさか患者があの女だったとはな」


「でたらめだ!アンタがドナーだとしても、患者が誰かは分からない筈だ!!」


今の日本の法律では、患者とドナーの双方に互いの情報が漏洩する事は有り得ない。

医師もドナー協会も、法律を遵守している筈だ。


「忘れたかね?社長を退任したとはいえ、私はまだまだ事実上はこの会社のトップだ。系列病院の患者の事など、幾らでも調べはつく」


「――――――――っ!!」


思わず言葉を失った俺に、彼は冷笑を浮かべた。


「身を以て白血病患者の為に骨髄移植。わが社のイメージをより良い物にするのに、うってつけの材料ではある。しかし、あの女が相手と知って、すぐに別の使い方を思いついたよ」


クククッと可笑しそうに笑い、まっすぐに俺を見て言った。


「なあはじめ、お前はあの女を救いだろう?」


その冷たい笑顔と視線に怖気が走った。

頭に警鐘が鳴り響く。

ダメだ!この男の言葉を聞いては、いけない!

思わずこの場から去ろうとした。

なのに、身体がぴくりとも動かない。


――――ダメだ!この先を聞いたら、俺は・・・・!


そんな俺の心を悟っているのか、やつはなおも可笑しそうに笑い、言った。


「選ばせてやろう(はじめ)。私の跡を継いであの女を助けるか、それとも、会社とあの女を捨てるか。二つに一つだ」


ぐるぐると、思いが頭を駆け巡った。

幼い頃、貧しいながらも頑張って働いていた両親。

『おじいちゃんは死んだのよ。もう会えないの』

おじいちゃんの田舎に行く、という友達をうらやましがり、おじいちゃんの存在を尋ねた俺に、困ったように言っていた優しい母さん。

真面目で、厳しく、けれど優しかった父さん。

助手席にいた俺をかばい、血みどろで亡くなった父さん。

病院で、俺の手を握りながら「ごめんね」と言切れた母さん。


どこにも行き場がなくて、施設で過ごした日々。

施設の皆は優しかったけど、子供の俺は、やっぱりどうしようもなく寂しくて。

やがて奨学金で専門学校を出て、大学行って、死ぬほど勉強した。

血反吐を吐くような思いでバイトして、勉強して、一人暮らしで、頼れる人もいなくて。

寝込んでも、助けてくれる人がいないのが苦しくて、悲しかった。

風邪薬ひとつ買えない、みじめな、生活・・・・。

一人を呪った。逝ってしまった両親を恨んで、自分を嫌になった。


大学を卒業して、会社に入って、カヨに会った。

悲しみも、痛みも、孤独も、どうしようもない寂しさも、本当に理解してくれたと思えたのはアイツだけだった。

『ねえイチ、もう許してあげようよ。両親も、自分も、さ。だってイチ、こんなに優しくて立派な男になったんだよ?もういいじゃない。今イチは生きてここにいる。あたしは、イチに会えて良かったよ。だから、ね』

泣き笑いを浮かべるアイツに、俺は、救われた気持ちになった。

ああ、俺はきっと、コイツに会う為に、今まで生きて来たんだ。そう、思えた。

アイツがいたから、俺は・・・・。


――――イチ。大好きよ。ずっと一緒にいさせて。


カヨの笑顔が、浮かんで、消えた――――。


・・・・・・カヨ・・・・


ギリリ。

拳を握り締めた。


「・・・・・・分かった・・・・」


キッと睨みつけ、言い放つ。


「アンタの跡を継いでやる!だが俺にも条件がある」


すると、目の前の男はクククっと可笑しそうに笑った。


「条件だと?笑わせる。お前は立場がわかってないようだな。あの女の命は私にかかっているのだぞ」


その冷笑に怯まず、まっすぐに視線を射抜いたまま、俺は冷静に言葉を続けた。


「いいのか?アンタが俺の条件を聞かないつもりなら、俺はすぐにでも他社に移籍して、この間発表したあの技術以上のものを開発してみせるぜ」


「なんだと?」


その瞳の揺れを見逃さず、畳み掛けるように続けた。


「――――S社を始めとする各関係会社からスカウトが山ほど来ている。シェアを塗り替えられたくないなら、今のうちに俺を引き留めておくのが妥当だと思うがな」


途端に冷笑が崩れ、大声で笑い出した。


「あはははは!一、お前はやっぱり間違いなく私の孫だよ。この私を相手に取引とは!面白い。実に愉快だ」


ひとしきり笑い、俺の目をまっすぐに見つめた。


「いいだろう。その才覚、他にくれてやるにはあまりに惜しい。条件を言え。聞いてやろうじゃないか」


きつい視線はそのままに、俺は口の端をあげ、静かに言った。


「お誉めにあずかり光栄だよ。条件は2つ。1つは移植が無事済んで彼女が良くなるまでは、俺が後継である事は公表しない事。もう1つは俺の結婚相手だけは俺に選ばせること。これが飲めないなら俺は、移籍どころか、カヨと一緒に死ぬ事を選んだって構わない覚悟がある。どうだ!?」


「・・・・いいだろう。お前がそこまで言うのなら、その条件、飲んでやろう」


「交渉成立だな。おいアンタ、会社付けの司法書士を呼べよ。口約束じゃ保障が無い。この際だ。証書の一つでもつくっておこうじゃないか」


「ははは!いいだろう。口約束で逃げられるのはこちらも勘弁願いたいからな」


上機嫌で机の上の電話をとり、どこかに電話し始めた。


「私だ。山崎を呼べ。立ちあい証書を作成する。他の者には内密でな・・・・・・ああ、今ここでだ」


やがて司法書士がやって来て、立ちあいの元、俺達は証書を作成し、俺は悪魔の手をとった。


「これで契約は成立だ。楽しみだな。お前が私の跡を継ぎ、この会社を動かす日が来る事が」


やつの言葉に、俺は冷笑を浮かべた。

この先の未来など、どうでもいい。

アイツが生きられる。

ただそれだけが、救いだった。

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