Act.44「友人」
カヨが集中治療室に入って数日が過ぎた。
俺は、不安をごまかすように、以前にも増して仕事に打ち込むようになっていた。
朝早くから夜遅くまで仕事して、帰れば死んだように眠るだけ。
見舞いには、行けなかった。目覚めないままのカヨを見るのは、あまりに辛くて。
何もしてやれない自分が、歯痒かった。
「お疲れ様です」
先に帰る山田さんに挨拶すると、ガシッと肩を掴まれた。
「笹宮、お前、今日付き合え」
「山田さん、でも俺・・・・」
「いいから来い!その仕事、別に今日中じゃなくたっていいだろ。たまには付き合え。先輩命令だ!」
俺は有無を言わさず山田さんに頷かされ、仕事を切り上げる事になった。
いつもの居酒屋は会社からほど近いところにある赤提灯の小さな店だ。
以前はよく山田さんとカヨと三人で来ていたが、最近はめっきり来る回数が減っていた。
「親父!とりあえず生2つ!それと枝豆と串盛りな!」
奥にあるいつもの席につくなり、山田さんはおしぼりとお通しを渡しに来た店長に元気良く注文していた。
「あいよ!生2つ!枝豆!串盛り入りました!!」
店長は威勢よくオーダーを厨房に伝え、スタッフが「ありがとうございます!」と元気に答えた。
「イチ、お前も何か頼め。最近あんまり食ってねぇだろ。遠慮すんな、今日は奢ってやっからバンバン食え」
「あ、ありがとうございます。でも俺、あんまり食欲なくて・・・・」
すると山田さんは、バシッと目の前にメニュー表を叩きつけた。
「や、山田さん!?」
「い・い・か・ら・食・え!先輩命令だ!!」
目が据わってる。本気モードだ!
山田さんは普段は朗らかないい人だが、一度怒るととてつもなく怖い。
いつだったか、下請メーカーが同じ間違いを二度続けてやった時、顔は笑ってるのに目がちっとも笑ってなくて、それこそ取って喰いそうな気迫で迫っていたのを思い出す。
「は、はい・・・・。わ、わかりました」
仕方なく、目に入った適当な物を適当に頼んだ。
山田さんを伺い見ると、さっきまでの気迫が嘘のように消え、ニコニコといつもの笑顔に戻っていた。
「お待たせしました!生ビールと枝豆です!」
若い店員バイトさんが生ジョッキと枝豆を運んで来た。
「じゃ、まずはかんぱーーい!!」
ジョッキをガチン!と合わせ、最初の一杯を口にした。
「ぷっはーーー!やっぱ仕事明けのビールは最高だな!なぁイチ!」
ビールを半分ほど飲み干した山田さんは、すっかりプライベートモードでリラックスしまくり、ジャケットは脱ぎ、ネクタイも緩めまくっている。
「お、どうした?お前ももっとくつろげよ。もう仕事は終わりだぞ。こっからはオフタイム。仕事抜きのただのダチ同士だろ。遠慮すんな」
「は、はい・・・・」
言われて俺は、ようやくジャケットを脱いだ。
「まあなんだ、イチ、お前さ、最近見舞い、行ってんの?」
いきなり突かれたくないところを突かれ、俺はちょっと顔をしかめた。
「・・・・山田さんには、関係ないと思いますけど」
「関係ある!カヨは俺の同期だし、お前は可愛い後輩で、二人とも俺の大事な友達だ」
「山田さんの職場後輩は田中君でしょ。俺の職場先輩はカヨじゃないですか」
「な~にをぬかすか!いいか!同じ職場にいる以上、直属かどうかなんて関係ねーんだよ。先輩は先輩だし、上司は上司だ!そんなん当たり前だろ!」
身を乗り出して勢い良く言った後、山田さんはスッと身体を引き、じっと俺の目をみつめた。
「なあイチ、カヨはさ、あれで苦労してるんだ。中学ン時に両親が事故で死んじまってさ、残されたのはカヨ一人。親戚はあっさりさじを投げてアイツを施設に丸投げ。アイツはそれこそ死に物狂いで勉強してバイトしながら工業高校行って、大学入って、そんでやっとの思いで今の会社に入って来た。ここまではお前も知ってるだろ?」
小さく頷く。初めて知った時は、随分驚いたものだ。あの屈託ない明るさからは、そんな過去、想像もつかなかったから。
「けどさ、それだけじゃないんだぜ。アイツさ、この会社初の女性技術員として採用されてんだ。そりゃもうプレッシャーはでかかったと思うぜ。周りは男ばっか。しかも、どう頑張ってもやっぱり男優先な社会に変わりはねえ。お前が入って来る数年前までは、新人の職場先輩さえ任されなかった。何でか解るか?」
首をふる俺に、山田さんは小さく溜め息を吐いて続けた。
「女だからさ。女に、大事な新人の教育なんか任せられねえ。そういう馬鹿な判断で、上はアイツに職場先輩をさせなかった。ちょっと大きな仕事になると、それはアイツ以外の誰かに任される。キャリアも技術も、アイツの方が上なのに、だ」
「そんな!そんな馬鹿な事・・・・!」
「そう思うだろ。だからアイツは俺に頼んだのさ。俺の仕事を自分にやらせてくれって。だから俺は、回って来た仕事をこっそりアイツにまかせた。そしたらアイツ、どうしたと思う?俺が1週間はかかる仕事を、たった3日でやってのけやがった!上司連中は大慌て!何でこんなに出来るやつに今で仕事を回さなかったのかってさ、自分らが仕組んでたくせに、笑わせるだろ。そこからはトントン拍子。職場先輩どころか、一気に大きなプロジェクトまかされるまでになっちまいやがってよ。そこまで足掛け三年だぜ、三年!」
山田さんはクックッと可笑しそうに笑った。
「まったく、すげーよな。3年間、任せてももらえない人の仕事を、一から十まで全部、くまなく見てさ、解らないとこは調べて、聞いて、そうやって少しずつ地道に仕事全体を理解していってさ、人の見てないトコでコツコツ努力して、頑張って、そうやって今までやってきたんだ。ホント、すげーよ・・・・」
そこまで言って、山田さんは急に言葉を切った。
「・・・・やりきれねぇな。あんなに頑張って、やっとここまで来たってのに・・・・」
ジョッキに残っていた生ビールが、グイッと飲み干された。
「・・・・アイツ、助かるのか?」
真剣な目が、そこに、あった。
「・・・・・・わかり、ません」
「・・・・・・そうか」
重い沈黙が流れた。
「お待たせしました~!串盛りと生です!!」
図ったかのようなタイミングで店長が串盛りとお代わりのジョッキを持って来た。
山田さんはそれを受け取り、再び俺に向き直った。
「イチ、とりあえず飲もう。飲んで、食べて、それから考えよう。今俺達に何が出来るのかを、な・・・・」
ポンっと肩を叩かれた。
俺は頷き、再びジョッキを合わせて乾杯した。
<作者より一言>
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皆さま、いつも【レインキス】を読んで下さって本当に有難うございます。
拙いながらも一生懸命書かせて頂きますので、今後ともどうか宜しくお願い致します。