Act.43「宣告」
※病気・医療に関する描写は現実と異なる場合がございます。
恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
「・・急性・・白血病・・・・。あの、それは、どういう・・・・?」
口が渇き、声が掠れた。
医師は相変わらず静かに言葉を続けた。
「・・・・白血病は、血液中で未熟な白血球が異常に増加する病気です。造血・免疫機能が低下し、骨髄を守る仕組みが壊れ、肝臓、脾臓、髄膜、精巣、皮膚、歯肉、骨膜など、様々な器官に影響をもたらします。顕著な症状としては発熱、出血傾向、貧血、などです」
「貧血!じゃあ、まさか・・・・」
「ええ。杉崎さんがここへ搬送されて来た時には、もう・・・・。以前から、何か症状を訴えられているような事はありませんでしたか?」
「・・・・そういえば、ここのところずっと、風邪をひいたみたいでダルイって・・・・」
休めと言っても、「この忙しい時にあたしだけ休んでなんかいられないわ」と聞いてくれなかった事を思い出し、激しい後悔に駆られた。
ああ、こんな事なら、無理にでも休ませて病院に連れて行くんだった!!
「・・・・そうですか。率直に言います。お気の毒ですが、杉崎さんは、このままだともう危険な状態です」
「そんな!!何か手はないんですか!?薬とか、手術とか!!」
思わず立ち上がった俺に、医師はなおも静かに言った。
「一つだけ、あります」
「何ですか!?どうすればアイツを助けられるんですか!?」
「・・・・骨髄移植です」
骨髄移植。
以前、何かで耳にした事がある。確か、ドナーバンクがどうとか・・・・。
「先生、それは、すぐに出来るんですか?」
「いいえ。残念ながら、型が一致するドナーが現れなければ移植は出来ません」
半ば予想していたとおりの答えに、俺は目の前が真っ暗になった。
「じゃあ、アイツは、カヨは・・・・」
「お気の毒ですが、ドナーが現れなければ、なんとも・・・・」
「俺を検査して下さい!お願いします!!」
もしかしたらと思った。俺とカヨなら、あっさり一致するかもしれない!
そんな俺の希望を前に、医師は静かにこう言った。
「検査はやってみましょう。ですが、一致する確率は数万人に一人と言われています。あまりご期待なさらない方がいいかもしれません」
それでもいい。僅かでも望みがあるなら!
俺がアイツを助けられるかもしれないなら、何だってやってやる!
ドナー検査を受ける事を医師に承諾してもらい、手続きの書類を書いた。
すぐにでも検査をして欲しかったが、色々と準備がいるらしく、今すぐというわけにはいかないと断られてしまった。
「笹宮さん、杉崎さんには、この事、お伝えになりますか?」
問われて、俺は思わず黙りこんだ。
カヨに真実を伝える。それは、必要な事なのかもしれない。だけど・・・・。
「少し、考えさせて下さい・・・・」
そう言うのが、精一杯だった。
「わかりました。今、杉崎さんは集中治療室で眠ってます。もし会われるのであればご案内致しますが、どうされますか?」
「会います!会わせて下さい!!」
医師は静かに頷き、傍らにいた看護師、今井さんに目配せした。
「では笹宮さん、ご案内致します。こちらへどうぞ」
今井さん先導の元、院内の廊下を進む。
外はもう夕暮れで、大きなガラス張りの廊下は、夕陽に照らされて赤々と染まっていた。
白と赤、そして影が創り出す色のコントラストが、何だか不吉なものに思えてならなかった。
それから俺は、案内された部屋で、薄緑色の無菌服、帽子、手袋、マスクを身に付け、カヨのいる集中治療室へと足を踏み入れた。
そこはあまりに静かで、機械の電子音と呼吸器の音だけが、無機質に響いていた。
ゆっくりと足を踏み出す。
「・・・・カ・・・・ヨ・・・・・・?」
返事は、ない。
「カヨ?」
もう一度、呼んだ。
「カヨ」
『イチ、仕事は?』
咎めるように言って笑う顔が浮かんで、消えた。
「笹宮・・・さん?」
今井さんの声にハッとした。
「すいません、大丈夫・・・・です」
足を踏み出す。一歩一歩、ゆっくり、ゆっくり。
白い、ベッドへと。
「――――――――っ!!」
カヨは、いた。
白いベッドの上。酸素マスクと、幾つものチューブに繋がれて。
「・・・・カ・・・ヨ・・・・?」
閉じられた、まぶた。紙のような、白い、肌。青ざめた、唇・・・・。
「どうし・・て・・・・」
笑ったんだ。手を振ったんだ。昨日。なのに・・・・。
白い部屋の中、俺はカヨの手を握り、動けなかった。
か細いその手が、握り返してくれる事は、ついに、なかった――――。