Act.42「現実」
カンッ!カラカラカラ・・・・・。
固い音が響いた。
目の前が真っ暗だ。クラクラする。
急変?カヨが?どうして!?
「もしもし?・・・・・・えっ!?・・・・はい、はい、わかりました!すぐそちらに向かわせます」
誰かの声と、せわしない足音が聞こえる。
「イチ!!おい、しっかりしろイチ!!」
肩を掴まれて揺すられ、俺はようやく視界が戻った。
「・・・・山田・・さん?」
「ああ!俺だよ!!しっかりしろイチ!!お前がそんなでどうする!!」
ほらこれ、と、俺の携帯電話を押しつけられた。
「あ・・・・これ、なんで山田さんが?」
「いいから早く行け!こんなトコで呆けてる場合か!!」
怒鳴られ、ハッとなる。
そうだ。カヨが!!
「すいません、あと、お願いします!!」
返事を待たず、駆け出した。
どよめく皆の間を抜け、会場の外へと飛び出す。
すれ違う何人かにぶつかったが気になどしていられなかった。
やがて駐車場へと辿り着きハイエースが見えた。
俺は走りながら胸ポケットから鍵を出し、ロックを解除してエンジンスターターボタンを押した。
「はぁはぁはぁ・・・・」
息も荒いまま、スライドドアへと手をかける。
ちくしょう!早く!早くしないと!!
焦りながら運転席へ乗り込み、車を発進させた。
ギュルン!キュキュキュキュ!!
凄い音をたて、駐車場を抜けた。
幸いにもまだ市道はそこまで込む時間帯ではなく、車は滑るように走り抜けて行く。
俺は思いっきりアクセルを踏み、ほとんど信号にひっかかる事なく病院へと辿り着いた。
車を降りるなり、そのまま玄関へとひた走った!
「はぁはぁはぁ!連絡受けて来ました!笹宮です!カヨは!?杉崎加代子は!?」
受付の守衛に向かい、荒い息のまま一気に尋ねた。
「お待ち下さい」
この間とは違い、すぐにどこかに電話をかけ始めた。
「こちら受付です。笹宮さんとおっしゃる方が。・・・・はい、そうです。・・・・・はい、わかりました」
電話を切った守衛は俺に向き直り、口を開いた。
「集中治療室だそうです。場所は1階突き当り奥。手術室の右隣りです」
「ありがとう!」
下足置き場に向かい、急いでスリッパに履き替えて中へ進んだ。
パタパタと音をたてながら院内を走る俺を、すれ違うナースが見咎めた。
「ちょっと!院内では走らないで――、笹宮さん!?」
カヨの担当ナース、今井さんだった。
「今井さん!アイツは!カヨは今どうなってるんですか!?」
「・・・・杉崎さんは今、意識不明で集中治療室にいます」
「どういう事ですか!?アイツはただの貧血と過労だったんじゃ!?」
今井さんは顔を曇らせ、静かに言った。
「詳しい事は先生からお話しします。カンファレンス室へどうぞ」
俺は頷き、今井さん先導の元、カンファレンス室へと移動した。
あの、カヨが入院した初日に通された、患者とその家族、医師が話をする為の部屋だ。
中に入ると、座っていた担当医が立ち上がった。
「笹宮さん、どうぞお座り下さい」
促され、俺は医師の目の前に置かれた椅子に座った。
「・・・・で、先生、一体どういう事なんですか?アイツは、カヨはどうしてこんな事に!?」
医師は固い表情を崩さず、静かに口を開いた。
「初めに確認しておきます。杉崎さんにはご家族がいらっしゃらない。間違いありませんか?」
「・・・・はい。カヨの家族は、10年以上前に他界して、親族とも連絡がとれない。そう聞いてます」
「そうですか・・・・。では、今現在杉崎さんのお身内に近い方は笹宮さん、貴方だと見て構いませんか?」
「・・・・ええ。彼女とは、結婚する約束もしてますから」
すると医師は少しだけ考えるように黙り込んだが、やがて決意したように口を開いた。
「・・・・落ち着いて、聞いて下さい」
知らず、ゴクリと唾を飲んでいた。
一体、何を言おうとしているのか・・・・。
「・・・・杉崎さんの病名は、急性白血病です」
「あの、それは、どういう・・・・」
「簡単に言うと“血液の癌”です。血液の中の細胞に異常が起こり、腫瘍が出来る病気です」
白い部屋の中、医師の言葉は重く、静かに響いていた。