Act.41「激動」
あの会長からの呼び出しから数日が過ぎた。
最初はすぐにでもあの男が何か仕掛けてくるのでは、と思ったが、さすがに本気で俺を辞めさせるような真似はして来なかった。
内心構えていただけに、ちょっと拍子抜けしたものの、何も無いならそれに越した事はない。
準備は順調に進み、後は明日の技術発表会本番を残すのみ。
俺はホッと胸を撫でおろしていた。
ただ一つ気がかりなのは、カヨ・・・・。
――すぐに退院出来るから。
そうは言っていたものの、医師の勧めもあり、結局は休養を兼ねて一週間の検査入院となった。
俺は忙しい合間を縫うようにして、何とか時間を作ってはカヨを見舞いに行っていた。
「カヨ、いい子にしてたか?」
「何よイチ、その言い方、まるであたしが子供みたいじゃない」
むくれるカヨに、俺は笑って言った。
「だってお前、見てないところですぐに仕事しようとしてただろ?」
「だってイチ!この忙しい時にあたしだけ休むなんて・・・・」
「カヨ」
低く言った俺の声に、カヨはようやく観念したように手を上げた。
「・・・・わかった。ごめんなさい。もうしません!」
俺は優しく笑ってカヨの頭を撫でた。
「うん。いい子だな」
「う~~。イチ、退院したら覚えてなさいよ?献立はイチのキライな香菜のオンパレードにしちゃうんだから!」
うらめしそうに言うカヨに、俺は苦笑いを浮かべた。
「はは。何とでも言え。お前がちゃんと休まないと、俺だって安心して仕事出来ないんだからな」
するとカヨはふいにうつむき、暗い声を出した。
「・・・・・・ごめん。こんな時なのに」
「こぉら。そんな顔すんな。お前がそんなんだと俺、余計心配になっちゃうだろ。いいから気にしないで、ちゃんと休んどけ」
軽く小突くと、カヨはようやく笑顔を浮かべた。
「ん、ありがとうイチ」
「おう。それじゃ俺、明日のリハあるからそろそろ行くよ。悪いな、あんまり長居出来なくて」
「いいんだよ。それより明日、頑張ってね」
「ありがとな。明日はちょっと来れないかもしれないけど、勘弁な」
「うん。気にしないで。皆によろしくね」
俺は頷き、手を振って病室を出た。
見送るカヨの笑顔に、後ろ髪を引かれながら。
――――迎えた発表会当日。
俺は緊張の中、集まったマスコミと技術関係者達に新技術をお披露目した。
「・・・・以上で発表会を終了します。皆様、本日は有難うございました」
閉めの挨拶をし、盛大な拍手に送られ、俺は舞台を後にした。
「笹宮、お疲れさん!」
山田さんが声をかけて来た。
「有難うございます。山田さんもお疲れ様でした!」
「この後の慰労会、出るんだろ?」
「ええ。勿論出席させて頂きます。リーダーが欠席じゃ皆に悪いですし」
――――悪いな。
小さくささやかれたその声に、俺はそっとささやき返した。
――――大丈夫です。アイツは、わかってますから。
ニッと浮かんだ笑顔と共に、ちょんと肘で小突かれた。
――――式には呼べよ。
――――もちろん。
そんなやりとりの後、俺は皆に向かって言った。
「じゃあ皆さん!片付けて移動しましょう!今日は部長から寸志を頂いてますから、思いっきり飲んで食べて騒ぎましょう!!」
わぁっと歓声が上がり、俺は皆と共にバタバタと人波の引いた会場を片付けにかかった。
その時だった。
Bububububu・・・・・!
(電話?誰から?)
胸ポケットに入れておいたマナーモードの携帯電話を取り出し、ディスプレイを見た。
「――――――っ!?」
瞬間、俺は大急ぎで通話ボタンを押した。
「もしもしっ!?」
『富士乃宮市立病院です。笹宮さんの携帯電話で宜しかったですか?』
「はい!」
『すぐにこちらに来て下さい!杉崎さんの容体が、急変しました!!』
視界が、闇に消えた。
襲い来る冷たい感覚の中、俺は茫然と、その場に立ち尽くしていた――。