Act.31「無自覚な身分差」
幸せに浸る俺の目の前で、彼女はグラスを持ったまま何やら浮かない顔をしていた。
「あ、シャンパン、飲めないようだったらジュースもあるよ?何がいい?オレンジ?リンゴ?グレープフルーツもあるし、あと、ミネラルウォーターも何種類かあるけど?」
「・・・・あ、ううん、大丈夫だよ」
「そうか?あ、ほら、料理も食べて食べて。今日はお前が弁当作ってくれたお礼なんだから、遠慮なくドンドン食べてくれよ」
「あ、うん、ありがとう・・・・」
何やらこう、歯切れの悪い感じで礼を述べた彼女は、おずおずと目の前のグラスに口をつけ、それからフォークとナイフを手にし、料理に口を付けた。
「あ・・・・、美味しい!」
「だろう?ここのハウスキーパーの三輪さんは、掃除は勿論、料理の腕も抜群なんだ」
思わず笑みを漏らした俺の前で、彼女はフォークとナイフを持っていた手を止めた。
「あの、さっきから気になってたんだけど、その、ハウスキーパーさんって・・・・」
「ん?ああ、俺がいない間ここの管理をお願いしてる人だよ。いつもはここを利用する時に一緒にいてもらうんだけど、今日はお前と二人でいたいから席外してもらったんだ」
「そ、そうなんだ・・・・」
「ん?どうした?何でそんな顔してるんだ?」
どことなく暗い表情を浮かべている彼女が心配になって尋ねた俺に、彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
「な、何でもないよ」
「何でもないって事はないだろ。そんな顔して。何だ?何かあるなら遠慮なく言っていいんだぞ」
「えっと、その・・・」
言い淀む彼女に、俺は優しく微笑みかけた。
「ん?どうした?遠慮しないで言ってごらん」
「う、うん・・・・。あの、あのね、ハウスキーパーさんって、いつもはずっとここにいて掃除とかしてるの?」
「うん?いや、普段は通いで来てもらってる地元の人だよ。それがどうかした?」
「えっと、あの、それってつまり、お兄ちゃんがここにいない間、わざわざ毎日掃除しに来て貰ってるって事?」
「ああ、そうだけど・・・・」
すると彼女は、何かを考え込むように黙り込んでしまった。
「あー・・・・。何?ハウスキーパーさんに来て貰ってる事がどうかしたのか?」
「ううん!な、何でもないの!気にしないで!こ、これ美味しいねえ。どうやって作るんだろ?」
妙に焦ったように話題を転換した彼女に、俺は若干違和感を覚えた。
(何だ?彼女の態度、さっきからちょっとおかしくないか?)
ここに着いた時の事もそうだが、ハウスキーパーの話をした時のあの反応・・・・。
おかしい。どう考えても何か変だ。
「なあ、お前、何か変な事考えてないか?」
「えっ!?う、ううん、そ、そんな事ないよ?」
確定だ。間違いない。この態度は、絶対変な事考えてるに違いない。
「なあ、正直に言えよ。一体何を考えてるんだ?」
「えっと、その・・・・・・」
「正直に言わないなら・・・・」
俺は彼女の座っている席の方へ回り込み、その顎をクイッと掴んでこちらを向かせた。
「・・・・・・っ!」
「素直じゃないのはこの口か?ん?」
「あ・・・・・・!」
彼女は何かを口にしようとしたけど、結局何も口に出来ずに終わった。
次の瞬間、俺に顎を掴まれて上を向かせられ、強引に唇を塞がれていたのだから。