Act.28「秋晴れ」
その日は紅葉狩りに相応しい、素晴らしい快晴だった。
俺は彼女を連れ、愛車のハイエースで山へ向かった。
「晴れてよかったな」
そう言うと、彼女はにっこりと嬉しそうに笑って頷いた。
山に向かう道すがら、俺はどうでもいいような笑い話をして彼女を笑わせた。
傍目から見れば、彼女はもうすっかり元気に見える。
しかし彼女のサポーターで隠された手首には、あの時の傷跡がくっきりと残っている。
それはあまりに痛々しく、彼女もしきりに気にするので、俺はすぐにそれを隠せるサポーターを買って来てプレゼントしたのだ。
それは白地に青のロゴが刺繍されたシンプルなパイル地のやつで、スポーツ用品売り場で見付けた物だった。
彼女に見せると、少しだけ複雑な笑みを浮かべ、小さく「ありがとう」と言ってすぐに腕に着けてくれた。
「ねえお兄ちゃん、今から行く山って、けっこう人いるの?」
彼女の問いに、俺は車を運転しながら答えた。
「いや。俺が知ってる穴場のとこだから、滅多に人は来ないよ」
今日行こうとしているその場所は、普通の人が訪れるような渓谷ではなく、俺の仕事相手の農家が所有している個人の山であり、好きな時に登って構わないと許しを貰っていた。
彼女と出会うまで、自分の時間を潰して仕事の付き合いを出来るだけ広げて来ていた事が、こんな形で役に立つ日が来るとは。
「本当!?じゃあ、二人でゆっくり出来るね!」
二人でゆっくり・・・・。
思わず黙りこんだ俺に、彼女が慌てたように言った。
「あ、あの、ふ、二人でゆっくりって言っても、そういう意味じゃ・・・・」
顔を赤くした彼女に、俺は思わず口の端をあげた。
「ん~、そういう意味ってどういう意味かな?」
「やだ、ちょっとお兄ちゃん、何かやらしいよ、その笑い方!」
「ははは。今頃気付いたのか?言っておくが男は皆やらしいんだぞ」
「開き直った!!やだもう、知らない!!」
プイッと窓の方を向いてしまった彼女に、俺は笑いながら言った。
「悪い悪い。冗談だよ。お前があんまり可愛い事言うから、ついからかいたくなっただけだってば」
「う~~。もう!お兄ちゃんてば、いっつもそうなんだから」
そこで丁度信号に差し掛かり、車が停まった。
「悪かったよ。な、ちょっとこっち向いて」
「え?」
彼女がこちらを向いた瞬間、その唇を塞いだ。
「・・・・・・んっ、んんっ!!」
彼女の口から、熱い吐息が漏れる。
やがて信号が変わり、前の車が発進する気配を感じるまで、俺はその柔らかい感触を楽しんだ。
「・・・・・・もう、お兄ちゃんのバカ」
俺から解放されて呟いた彼女の照れ顔は、これ以上ないくらい可愛かった。
俺はまた衝動に駆られ、次の信号待ちで彼女の顔を強引にこちらに向けて唇を塞いだ。
「・・・・んっ、んんっ!!」
漏れる熱い吐息が、甘い痺れを誘う。
引き返せなくなる前に、と名残惜しいまま唇を離した時、彼女はまた小さく呟いた。
「・・・・・・バカ」
頬を朱に染めながら拗ねる彼女を、俺はこの上なく愛しく思うのだった。