Act.26「悲しみの果て」
「笹宮さん!落ち着いて下さい!!」
医師と看護師に取り押さえられ、俺は女から引きはがされた。
「何て人なの!いきなりこんな事するなんて!さすがこの子の男ね!最低だわ!!」
女は醜く顔を歪ませて怒声をあげた。
「謝れ!沙織に謝れよ!あんたの所為でコイツは・・・・!!」
身体が熱い。感情の渦が押し寄せて、頬を滴が伝った。
「ふん!本当の事を言って何が悪いの?大体ね、この子が生活の面倒を見てくれるっていうからこっちに出て来たのに、大した稼ぎもなくて我慢ばっかりさせられて。これならあの男の所にいた方がよっぽどましだったわ」
言葉が、出なかった。
この世には、話しても通じ合えない人間がいるのだと、今更ながら思い知らされた。
目の前のこの女は、“母親”なんかじゃない。自分勝手な、ただの“女”でしかないのだ。
「・・・・帰れ」
「は!?」
「帰れって言ってるんだ!!あんたに、この場にいる資格なんかない!!」
憤りが熱い滴となり、溢れて、止まらなかった。
「言われなくてももう帰るわよ!こんな目に遭わされて、いい迷惑だわ!まったく・・・・」
女は散々悪態をつきながら処置室を出て行った。
残された俺は、まだ目覚めぬ彼女の手を握り、力なく呟いた。
「沙織・・・・ごめん・・・・」
どうしてもっとちゃんと聞いてやれなかったんだろう。
コイツの出すサイン。薄々分かってた筈だったのに。俺は、気付かないフリしてたんだ。
自分から言わないなら、大した事じゃないんだろう。そんなふうに、勝手に思いこんで・・・・。
笑顔の裏で、彼女がいつも何を思っていたのか。
それを考えると、胸が痛くて、たまらなかった。
「ごめん・・・・ごめんな・・・・」
ポトリ。
滴が、彼女の手に落ちた。
その時だった。
「・・・・おにい・・ちゃん・・・・?」
ゆっくりと、目が開いた。
「沙織!!」
俺の呼びかけに、彼女はこちらを見て、泣きそうな顔で、力なく、言った。
「・・・・ごめんね、おにいちゃん」
その瞳から滴が零れ、頬を伝った。
「何謝ってるんだよ。謝らなきゃいけないのは俺だ。お前が苦しんでるのに、ちゃんと聞いてやれなかった!ごめん、ごめんな・・・・」
頭を垂れた俺に、彼女はか細く呟いた。
「・・・・ごめん・・ね、あた・・し、生まれて・・来なければ、良かっ・・た、のに・・・・」
途切れ途切れの言葉を聞いたその瞬間、俺は、横たわる彼女を掻き抱いていた。
「生まれて来なければ良かったなんて、言うなよ!お前がいなかったら、俺は・・・・」
ぼろぼろと零れる滴が、とめどなく溢れ、流れた。
抱きしめた彼女の身体が小さく震え、嗚咽が聞こえた。
白に囲まれた部屋の中。俺は彼女を、いつまでも、抱きしめていた。
どしゃぶりの降る、雨の、夜だった・・・・。