Act.25「母親」
指先まで感じる冷たさに、俺は軽い眩暈を覚えた。
「先生、それは、つまり・・・・」
目の前の医師は、固い表情で俺をまっすぐに見つめた。
「・・・・ええ。恐らく、樹本さんご自身が・・・・」
ためらいがちにゆっくりと告げられたその言葉に、俺の心臓が跳ねた。
(彼女が、そんな・・・・)
信じられなかった。信じたくなかった。
一体どうしてそんな事になったというのか。
「とにかく、今はもう処置も終わってます。意識はまだ戻りませんが、もう心配はないでしょう。会っていかれますか?」
俺は頷き、促されるまま処置室へと入った。
白いベッドの上に、彼女はいた。
「・・・・・・!!」
目に入ったのは、酸素マスクを付けた青白い顔。白い腕に、幾重にも巻かれた包帯と、繋がれた赤いチューブ・・・・。
「3針縫ってます。今はまだ、出来るだけ動かさないようにして下さい」
医師の声が、静かな病室に響いた。
俺は頷く事さえ出来ず、横たわる彼女を静かに見つめた。
「どうして・・・・・・」
滴が頬を伝った。その時だった。
バンッ!!
処置室の扉が乱暴に開け放たれ、一人の女が入って来た。
「あんた、誰?」
太った中年のその女性は、怪訝そうに俺を見てそう言った。
「え・・・、俺は・・・・」
戸惑う俺を、女はジロジロとまるで品定めでもするように眺めた。
「ふぅん。さてはアンタ、沙織の男だね。まったく、役にも立たないくせに一人前に男がいるなんて、生意気にもほどがある」
沙織を一瞥し、嫌悪丸出しの声でそう言った女に、俺は思わず声を荒げた。
「アンタ!一体何なんですか!?そんな言い方、コイツに失礼でしょう!?」
すると女は冷たい目でこちらを見つめ、吐き捨てるように言った。
「ふんっ!母親が子供を何と言おうが勝手でしょう?他人に口出しされる筋合いないわね」
俺は思わず息を呑んだ。
(この女が、沙織の母親!?)
確かに、その容姿はどことなく彼女に似ていた。
丸い輪郭、目鼻立ち、そこかしこに、同じ血が流れているのだろう事がうかがえる。
しかし、それにしては何処かおかしい。
女が沙織に向ける目はあまりに冷たく、意識不明の娘を心配する母親、というふうにはとても見えなかった。
「まったく、面倒をかけてくれるわ。よりにもよって酒を飲んで外で面倒起こすなんて。あの男と大して変わりゃしないじゃない。いっそ死んでくれればよかったのに」
「何てこと言うんだ!あんた、それでもコイツの母親か!?」
思わずギロリと睨みつけると、女は全く悪びれず、逆にこちらを睨み返して来た。
「ふんっ!こんな子、あたしが産みたくて産んだ訳じゃない。無理矢理産まされたんだから、育ててやっただけでも感謝して欲しいね」
その言葉に、俺は一瞬言葉を失った。
「・・・・あんた、まさかそれを、沙織に?」
「ああ。言ってやったよ。そしたらこの子、急に飛び出して。おまけに病院から連絡が来て、このザマさ。まったく、いい迷惑だよ」
瞬間、世界が真っ白になった。
身体中が冷たく、暗い感情に心が支配されていく。
「うぉぉぉおおお!!!」
飛びかかり、抑え込んだ。
怯えた顔で叫ぶ女の悲鳴は、とても近くの筈なのに、遠くに聞こえた。