Act.14「空への想い」
仕事が終わり、俺は山田さんに連れられ、会社からほど近い所にある居酒屋へ来ていた。
「お疲れ!まずは乾杯!!」
俺は山田さんと一緒にビールの中ジョッキをガチンと合わせて乾杯した。
「・・・・ぷはー!やっぱり仕事明けのビールはうまい!!な!!」
山田さんはビールをグビグビ飲みほして、すぐさまおかわりをオーダーした。
いつもの事だが、この人の飲みっぷりは見ていて気持ちいいくらい凄い。
またすぐにキンキンに冷えたジョッキに注がれた美味そうな生ビールが運ばれて来て、山田さんはそれを受け取ってから俺を見て言った。
「ほらほら、お前も飲め飲め」
勧められるまま、俺もグッと生ビールを流し込んだ。
冷えたビールは喉に心地よく、酒に強くない俺は、二杯目を飲み干す頃にはもういい具合に酔いが回って来ていた。
顔と身体が妙に熱くて、でも、何だか気持ちいい。
目の前に座っている山田さんは、さっきからかなりのハイペースでガバガバとジョッキを空けているにも関わらず、ほんの少し顔に赤みがさした程度で、全く酔っている感じがしない。
いつもの事だが、全くこの人の酒の強さには感心してしまう。
「・・・・さて。そろそろ本題に入るかな」
さっきまでふざけ口調だった山田さんが、スッと真面目な顔に変わった。
「イチ、お前、一体何がどうした?俺でよければ話してみろ」
仕事仲間としてじゃない、プライベートの友達としての呼称で俺を呼ぶ山田さんの声は優しくて、俺はちょっと涙が出そうになる。
この人は、いつだって損得抜きで俺の事を気にかけてくれる。
それが嬉しくて、たまらなかった。
「・・・・実は、ちょっと気になる子がいて」
俺の言葉に、山田さんは一瞬かなり驚いたような表情を浮かべ、しかしすぐに嬉しそうに笑った。
「そうか。それは良かったじゃないか」
山田さんの笑みに、俺は複雑な表情を浮かべた。
「はい。でも・・・・」
「でも・・・・何だ?」
「いいのかなって。俺・・・・」
うつむき、黙りこむ俺に、山田さんは少し寂しそうに言った。
「・・・・カヨの事か?」
俺が頷くと、山田さんは優しく俺の肩を叩いた。
「なあイチ、お前さ、もう、いいんじゃねぇか?」
「山田さん、でも・・・・」
顔を上げたものの、それ以上言葉が出なかった。
カヨ。
一年前に失った俺の、婚約者。
白血病だと宣告され、闘病生活の果てに逝ってしまった最愛の人。
アイツは俺にとって、絶対の存在だった。
アイツがいたから、俺は昔の傷を乗り越えて“今”を生きる事が出来るようになった。
なのに・・・・・・。
「そんな顔すんな。イチ、お前がそんな顔してたら、空で見てるカヨが安心出来ないぞ」
その言葉で、俺の頭にアイツの最期が鮮やかに蘇った。
『・・・・イチ、幸せ・・に・・・なっ・・て・・・・空で・・・見て・・る・・・・』
酸素マスク越しに、途切れ途切れに、それでも笑顔を浮かべて言った、アイツの、最後の言葉・・・・。
カヨ・・・・俺は・・・・。
滴が頬を伝った。
俺はまだ、アイツの事・・・・。