Act.12「お兄ちゃんと携帯電話」
シャワーからあがって来ると、彼女は窓に手をついて立っていた。
「もう大丈夫なのか?」
窓の外を見ていた彼女は振り返り、ぎこちない笑みで答えた。
「ん、ごめん。心配かけたね」
先程までの無機質さはもうない。
けれど、どこか悲しさを含んだ声だった。
俺は思わず抱きしめてやりたい衝動に駆られて、それをぐっと抑え込んだ。
「そっか。あんまり無理、すんなよ」
くしゃり。
彼女の頭を撫でると、彼女は困惑したような声で俺の腕を掴んだ。
「ちょっ・・・・子供じゃないんだから」
「はは。子供だよ、お前は」
そのままくしゃくしゃと頭を撫でてやった。
俺の腕を掴む彼女の手から力が抜けて、するりと下に落ちた。
ぽたり。
滴が、フローリングの床に落ちたのが見えた。
「・・・・・・・・!!」
瞬間、俺は彼女を、抱きしめていた。
「泣けよ。俺が、いてやる」
雨の音が、妙に耳に付く。
静かな部屋の中。
俺のシャツが、濡れていく。
腕の中にいる、小さな彼女の、体温。
震える小さな身体を抱きしめながら、俺はただ、守りたいと思った。
何があったかもわからない。
どうしていいかもわからない。
けど、こんなふうに泣くコイツを、どうして見ないフリ出来るだろう?
どれくらいそうしていたのだろう。
しばらくして、彼女はそっと身体を離した。
「もう大丈夫。ごめんね」
「気にするな。俺でいいなら、いつでも胸貸してやる」
「でも、そんなの悪いよ。赤の他人にそんな・・・・」
赤の他人。
その言葉がグサリと胸を刺す。
俺は、胸の痛みなど素知らぬ顔で笑って言った。
「いいって。他人で気が引けるならさ、今から俺の事、兄貴だと思えばいい」
「兄貴?」
「そう。兄貴。言ってみな。“お兄ちゃん”て」
すると彼女は、戸惑いながら口を開いた。
「お、お兄・・ちゃん・・・・」
「よく出来ました。じゃあ今からお前は俺の妹!な!」
コクリ。
彼女が頷き、俺はわしわしと彼女の頭を撫でた。
「これからは、泣きたい時はお兄ちゃんを呼びなさい。いつでも飛んで行ってやるから」
「・・・・・・うん」
小さく照れたように頷く彼女に、俺の胸は不覚にもまたドキリとし、でも、それを隠して言った。
「よし。じゃあいいものやる」
俺はごそごそと部屋の隅に置いたカバンを漁り、ある物を取り出した。
「これ。お前にプレゼント」
彼女に渡した。
それは、某ペンギンキャラクターの携帯電話だった。
「・・・・これって、電話?」
「そう。俺、二台持ってるんだ。それは予備のやつ。お前にやるよ」
すると彼女は、慌てたように言った。
「こんなの、もらえないよ!」
「いいんだよ。お前、寮の部屋に電話ないだろ?いちいち取り次いでもらうの面倒なんだよ。今日みたいに待ち合わせに困るし。頼むからそれ、持っててくれ」
そう言うと、彼女は渋々電話を受け取ってくれた。
「・・・・あ、ありがと」
「あ、請求書はお前に回すから、自分で払えよ?」
「もちろん!大丈夫。そこまで迷惑かけたりしないから安心して!」
ようやく、安心したように笑った。
うん。やっぱり彼女は、笑顔が一番似合ってる。
「よし。じゃあそいつは今日からお前の物な。大事にしろよ」
「うん!ありがとう!」
無邪気に笑った。
その笑顔が眩しくて、俺は目を細めた。
外はまだ、どしゃ降りの雨。
それでも俺達の心は、ちょっとだけ晴れたように思えた。