Act.9「そして歯車は動きだす」
ダシのきいた、なめこと三つ葉の味噌汁。ざっくり潰したポテトとゆで卵の入った濃い味のポテトサラダ。見事な半熟具合の卵に三つ葉の緑が綺麗な親子丼。
彼女が用意してくれた親子丼定食は、見た目だけでなく味もなかなかのものだった。
「うーん、これは確かにイケるな」
俺は感心しながら箸を動かし、あっという間に全てを食べ終えていた。
「ごちそうさま」
まだ戻って来ない料理の作り主に感謝を込めて言った。
食後の満腹感でいっぱいの至福の時を味わいながら俺は、微かに聞こえて来るシャワーの音に、ふとこの後の事を考えた。
食べている間は気にしないで済んだが、この後彼女が風呂からあがって来たら、俺は一体どうするつもりなんだ?
そもそもこうなったきっかけは、ずぶ濡れになった彼女をそのままにしておけなかった、ただそれだけの事だった。
しかし、本音を言ってしまえば、あわよくば彼女とどうこうなりたい、という気持ちがない訳ではない。俺だって健全な若い男なのである。狭い部屋に二人きりっていうのは、やっぱりそれなりに期待してしまうのが自然というものだろう。
とはいえ、彼女はまだ未成年で、俺は一応20歳を超えた成人男子。
彼女自身にその気がないのに手を出すのは、大人の男として卑怯ではないだろうか。
じゃあ、彼女にもしその気があったら?その時は一体どうするつもりなんだ?
俺は自分自身に問いかけた。
俺は彼女を、どうしたいと思ってるんだ?彼女と、一体どうなりたいと思ってるんだ?
考えてみたが、答えは出なかった。よく、わからない。それが今の本音なのだ。
“アイツ”以外の誰か、を想う事。それが、今の俺に出来るのか?
彼女に惹かれているらしい事は確かだ。でなきゃデートに誘ったりしない。
だけど、それとこれとはやっぱり別だ。
俺の中に未だ居続ける“アイツ”。その想いを凌駕する事なんて、今はまだ考えられない。
中途半端にどうこうしても、彼女を傷付ける事になりかねない。
「ふぅ・・・・」
小さく溜め息を吐いたその時だった。
「お風呂ありがとうね」
彼女がお風呂から戻って来た。
「どうだった、味?」
尋ねられて、俺はすぐに笑顔を浮かべて答えた。
「おぅ。美味かった。お前、意外と料理上手いんだな」
その答えに、何故か彼女は表情を曇らせた。
「そう?なら、いいんだけど・・・・」
「ん?どうした?」
尋ねた俺に、彼女は微妙な表情を浮かべた。
「え?」
「え、じゃないだろ。何でそんな顔してんだ?」
俺の問いかけに、彼女はためらうような表情を浮かべて口を開きかけ、すぐにいつもの明るい表情に戻った。
「何でもない。それより、作ってあげたんだから、当然後片付けはあんたがやってくれるのよね?」
「仕方ないな。まあ、洗い物は得意だし、やってあげてもいいぞ」
「あはは。得意なんだ?じゃあよろしく」
いつものようにカラカラと笑う彼女の声は、もうすっかりいつもの明るさを取り戻していて、俺はそんな彼女をメインルームに残し、キッチンで一人洗い物を始めた。
この時俺は気づいてなかった。いつものように笑う彼女の中に、どんな想いが隠されていたのか。鈍感な俺は、ちっとも解ろうとしてなかったんだ。いや、気付いてて見ないふりをしたかったのかもしれない。
カチリ。
運命の歯車が音をたてて廻り始めた事に、俺はまだ、気付く由も無かった――。