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第5話 今夜は『わっしょい』をしない方がいいと思います


 ゴブリン襲来の次の日の夜。

 新太は一人で村の外れの見張りを申し出ていた。


 今日一日、村人に何度も囲まれ、感謝を言われ続けた。

 村人はまだ熱を帯びていて、新太を英雄のように褒め称えた。

 宴にも誘われていたが、少し落ち着いて考える時間が欲しくなった。


 だから、こうして一人で焚き火を眺めていた。

 村の灯りは畑道の向こうで揺れているのに、ここまで届くのは笑い声の名残だけ。

 夜気は冷たく、焚き火の熱だけが伝わってきていた。


「……風祭さん、ここにいたか」


 新太の背後から声がした。

 昨日の神輿の担ぎ手をした、六人の若者だった。


「宴、来ないんですか」

「みんな探してましたよ。英雄がいないって」


 英雄。

 昨日、自分のスキルで何が起きたかを、上手く説明できない。

 セレアを助けようとして、気が付いたら「祭り」をしていた。


「ありがとう、ただ、俺は見張りでいいよ」

 新太は薪を一本、火の端に置き直しながら言った。


 背の低い男が薪束をそっと置いた。

「森の端で拾った薪です。……足しに」

 そう言って、言いよどむ。


 昨夜、先頭で声を張っていた男が続いて話しかけてきた。


「昨日のやつさ。『わっしょい』が、まだ残ってるんだよ。ここに」

 男は胸を叩き、手を叩いた。


 それだけのはずなのに、空気が一段軽くなる。

 新太の喉の奥に、声が出たがっている感覚が生まれる。

 周りの五人もうなずき、

「そうだ、そうだ」

「またわっしょいすれば」

「もう一回やってみようぜ」

「村のみんなにも見せよう」

「何か担ぐものあるか?」


 火の前に人が集まるみたいに、熱が“形”を求めて集まってくる。


 背中に熱を感じた。

 が、


「今は、やめておこう」

 新太は静かに言った。自分に中から熱が引いていくのを感じる。


「でもさ、もう一回わっしょいできたら――」


 腕の太い男が口を開きかけて、



「……皆さん。今夜は『わっしょい』をしない方がいいと思います」


 セレアがやってきて、話に割り込んできた。

 淡い青髪で、白い神官服は今日一日で少しくすみ、裾に土がついている。

 それでも目だけは澄んでいる。


「昨夜、あなたがたは十分に勇敢でした」

 一人ひとりの顔を見るように言った。

「だから今夜は、休んでください。もちろん風祭さんもです」


 腕の太い男が、言い返しかけて止まった。

 真正面から“勇敢だった”と言われると、何も言い返せない。


「……すみません」

 男は小さく頭を下げた。


 六人は薪束を置き、村へ戻っていった。

 腕の太い男だけが最後に振り返り、焚き火の熱に未練を残した目をした。


 静けさが戻り、燃えている薪木が小さく鳴る。

 セレアが新太の向かいに腰を下ろした。

 彼女は焚き火を見つめてから、ためらいがちに口を開く。


「……あの、私に敬語はいりません。まだ見習い神官ですし、歳は十九歳で、年下でしょうから……」


 新太は意外そうに目を瞬かせたあと、ふっと息を漏らした。


「えっと…俺は二十六歳だ……じゃあ、セレア?でいいのか?」


 呼び捨てにした瞬間だけ、セレアの肩がほんのわずかに跳ねた。

 けれど嫌がったわけではない。むしろ、胸の奥で何かを確かめるみたいに、小さく頷く。


「はい。……風祭さん」

 セレアはややためらいがちに答えた。


「いや、セレアも敬語でなくていいんだが?」

 新太が軽く言うと、セレアは一瞬だけ困った顔をしてから、ほんの小さく笑った。


「……努力します」


 それから、セレアは膝をついて胸の前で指を交差させて組み、祈るように感謝を述べた。

「……まず、言わせてください。あなたに命を助けられました。本当に、ありがとうございます」


 新太は返事を探したが、うまく形にならない。

 頷いて、それで済ませた。

 焚き火の明かりがセレアの淡青の髪を縁取って、火の息に合わせてきらりと揺れる。

 真っ直ぐな礼が胸に残って、どこかもどかしい気持ちになった。


 しばしの沈黙の後。


「ところで……」

 新太は焚き火を見つめたまま、ずっと聞きたかったことを口にした。


「昨日の俺のスキル? あれは一体? 勝手に身体が動いた。息が合って、声が出て……怖いのに、体に熱を感じていた」


 セレアは焚き火を見つめ、ゆっくりと言った。


「あなたが、担ぎ手たちに与えた『スキル効果』は鑑定で分かりました。主に身体能力向上と恐怖耐性です」


「スキルってそんなことができるのか?」

「スキルは一般的には生活を支援するものが多いです。農作、治水、火熱、衣食、建築、演算、運搬、感知、等……ここの村人たちも持っている方がいます」

「もしかして、俺のスキルは珍しいものなのか?」

「そうですね。固有ユニークスキルは希少で、身体強化、治癒支援、精神操作、現象改変といった分類から派生しています。英雄譚の物語では、そういったスキル保持者の活躍がよく描かれています」


 セレアは言葉を切り、火を見つめたまま、ほんの少しだけ声を落とす。


「あなたの『お祭りわっしょい』は、どれでもありません。物語でも教会の文献でも見たことも聞いたこともないです」


 新太が驚いた顔をすると、セレアは続けた。


「鑑定は“起きた結果”を示すだけで、仕組みまでは教えてくれない。スキルの扱いを間違えると、取り返しがつかないことも……」


 焚き火がぱちりと鳴った。

 セレアが少しだけ姿勢を正す。


「だから、そばで見ていくことにします。あなた自身とそのスキルも見極めたいから」


 言い切ってから、彼女はほんのわずかだけ視線を逸らした。

 焚き火の赤が、瞳の奥で小さく跳ねる。


 新太は薪を一本、火の端に足した。

 昼に村人が「これも使え」と積んでいった束の中の一本だ。

 ぱちりと樹皮が弾け火の粉が上がる。


 次の瞬間、薪の割れ目から煤ではない黒いものが見えた。

 欠片が、内側から剥がれ落ちる。


 新太は反射的に火ばさみでそれを拾い、灰の上に転がした。

 黒い欠片は妙に光を返した。

 炭というより、焼けて固まった飴のように鈍い艶がある。


 セレアの視線が、それに吸い寄せられた。

 彼女の顔色が一瞬だけ変わる。


「……その薪、どこから?」

「さっき村の人が置いてった。森の方から集めたって——」


 セレアは返事を最後まで聞かず、欠片を触らずに観察した。


「焼けた痕です」

 声が、少し乾く。

「ただの焚き火では、こうはなりません。……火が“強すぎる”」


 新太が息を飲む。

 セレアはようやく新太を見た。



「森に何かがいます、ゴブリン以外の何かが…」



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