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第3話 死にたくない――わっしょい!

 

 神官セレアは、境界門へ村人たちが入って行くのを見届けていた。

 今日は満月の夜。

 満月の加護に満たされた境界門の先に、魔物であるゴブリンたちは入ることができない。


 ……間に合った。


「クギャーッ! クギャーッ!」


 迫りくるゴブリンたちの叫び声が重なり、石壁に反響して耳が痛い。

 結界の前が彼らで埋まっていく。


 結界を維持する杭に亀裂が走った。

 その感触が指先に伝わり、セレアは覚悟を決めようとする。


 この世界は非情で、魔物の襲来で小さな村が全滅した、という知らせは珍しくない。

 しかし、セレアは鑑定スキルを持つ神官として、世界を変える“何か”を探してきた。


 ――風祭新太。

 静かで、目立たない平凡な青年だと思った。


 だが、脅威判定「判定不能」は類を見ない結果。

 もしかしたら――


 今ここで、そんな期待を抱く余裕などないのに。


「……もうだめか……」


 神官として務めは果たした。

 後は静かに祈ろう。

 ――セレアは護身用のナイフを取り出した。


 だが握ろうとした手が震えていた。

 自分を今にも引き裂こうとしているゴブリン達の牙や爪が目に入り、震えが止まらなくなった。


「死にたくない――」


 祈るような声が喉を出ようとした瞬間、


「わっしょい!」


 背後からの不思議な掛け声に、セレアは思わず振り返った。


 一人の声ではない。

 合わさった複数の声が、坂の上から押し寄せてくる。


「わっしょい! わっしょい!」


 セレアの背後から、村人が担いだ荷台みこしが関所へ突っ込んでくる。


「わっしょい! わっしょい!」


 揺れる荷台の上に一つの人影があった。

 腕を組み、足を広げ、堂々と立っている。


 風祭新太。


 担ぎ手たちは、力にあふれて。

 息も乱れない、野太い掛け声。

 凄まじい速さで近づいてくる。


「セレア様――!」

「急げ! 結界が壊れそうだ!」

「わっしょい! わっしょい!」


 セレアは胸が熱くなった。この不思議な掛け声のせいかもしれない。

 だが状況は変わらないし、結界はもう持たない。

 あと少しで目の前のゴブリンたちが波となって押し寄せ、皆がのまれてしまう。


「私はいいから、早く逃げて!」


「わっしょい!」「わっしょい!」


 担ぎ手の「わっしょい」の声が大きくなる。

 息が合わさり、足並みが揃い、熱気が荷台みこしを前に押し出す。


 新太が迷いのない声でセレアに語り掛ける。


「セレア――『祭り』を見せてやる」


 担ぎ手の「わっしょい」が、次の合図を待つかのように、淡月の下に広がっていく。


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