表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

第1話 祝福はあるが、祭りはない

 


 目を開けた瞬間、知らない天井があった。

 木の梁。白い布。乾いた薬草の匂い。起き上がろうとして、体が思ったより軽いことに気づく。寝汗はあるのに、妙に頭が冴えていた。


「目が覚めましたか」


 澄んだ声。


 薄い青髪の少女がいた。細身で、年の頃は十代後半。

 白い神官服は袖口まできっちり整えられていて、目だけが妙に落ち着いている。


「……ここ、どこですか」


「ファルナ村です。丘の麓の小村。あなたは……森の縁で倒れていました」


 言い方が丁寧なのに、距離の取り方は近くない。

 彼女は少しだけ目を細め、観察するような視線を向けた。


「私は神官のセレアと申します。では失礼します」


 次の瞬間、セレアの指先が光り、小さな板――空中に浮かんだ「表示板」らしいものに触れる。


『鑑定:成功』

『対象:風祭かざまつり 新太あらた

『脅威判定:判定不能』

『スキル:条件未達成』


 彼女――セレアの眉が、わずかに動いた。


「……脅威判定が、判定不能……」


 セレアは感情を自分に言い聞かせるように静かにつぶやいた。


「え、俺……危ないんですか」


「分かりません。だから困っています」


 困っているというより、疑問を抱いてるような表情でセレアは答えた。


「あなたは名前を覚えていますか。出身は?」


風祭かざまつり 新太あらたです。日本……日本から来た……と思う」


 言った瞬間、胸の奥が少し痛んだ。確かに覚えている。

 体の芯に響く太鼓の音、熱気に重なる掛け声、遠くで鳴るお囃子、

 ――詳しく思い出そうとすると何故か遠くなる。


「日本、という国……もしかして異世界でしょうか」


 セレアが言うにはこの世界では、稀に「異世界人」が迷い込んでくるらしい。


「今は休んでください。村長には話を通してあります。私がしばらく、あなたの面倒を見ます」


 有無を言わせない口調は、見掛けの若さから程遠かった。


 昼過ぎ。


 セレアは新太を小さな祠を囲んだ村の広場に連れて行った。

 村人が十数人おり、祠の前に集まっている。

 どうもセレアを待っていたようだ。

 皆がとても静かで、どこか厳かな雰囲気があった。


「皆さんこんにちは、では祈りを捧げましょう」


 セレアは小さな祠の前で、短い祈りを捧げた。

 指先で印を切り、言葉を結ぶ。空気がすっと澄む。

 集まった村人たちが手を合わせ、膝をつき、静かに祈りを捧げる。


 祈りが終わった後でセレアが新太に声をかける。


「これがこの村の日常です。こうして静かに日々祈りを捧げています」


「じゃあ……祭りとか、あるんですか。祝福の――」


 セレアが首を傾げた。


「……まつり?」


「いや……なんでもないです。気にしないでください。それより村を見てみたいです」


 新太が頭を下げてお願いすると、セレアは軽く微笑みながら村を案内してくれた。


 五十人ほどの小さな村だが、周囲の畑で農作業をして、日々質素に暮らしているようだ。

 荷馬車に荷物を積む若者。水を汲みに行く女性。走り回る子供たち。それを見守る老人。


 新太はどこかで見た日本の田舎を思い出す。

 どこかなつかしさを感じると共に、ここがどこか遠い異郷である事を感じていた。


 村を見回っている内に日が落ちた。

 どうやら今日は満月で、辺りを見渡せるくらいには明るい。


 新太はぼんやりと満月を眺めていた。

 隣にいるセレアの薄い髪と、満月の色がよく似ている。


 ――突然、村の中で鐘が大きく鳴った。


 ひとつ、ふたつではない。乱打だ。

 村の空気が、一瞬で変わる。


「ゴブリンだー!」


 村人の誰かが叫んだ。


 村の外側、畑の奥の森から、遠く何かの声が広がってくる。


「クギャーッ!」「クギャーッ!」


 まるで塊のように、叫び声が増えていく。

 森の中から松明の光が揺れ、子どもの背丈ほどの何かが蠢いていた。


「丘へ! 安全な境界門へ避難して下さい!」


 セレアは村人たちに指示を伝えまわる。


「子どもや年配の方を先に!荷物は後です!」


「急げ!」「逃げろ!」「ゴブリンが来るぞ」


 村人の焦りが場の空気を重くしていく。


 転んで泣くこども、荷物を取りに戻ろうとする若者、杖を落とす老人、

 われ先に逃げようとする人で、村の入り口が混雑する。


 村人が群衆と化し、場の混乱が広がっていく。

 セレア一人の声では届かなくなっていた。


 新太はその光景を目の当たりにして、立ち尽くしていた。


 ――『スキル:条件未達成』


 その文字だけが、目に焼き付いている。

 自分には何かできる事があるではないか。


 新太は近くの家の木のドアに手を当てた。


 その瞬間。


 胸の奥が、かっと熱くなった。


 ぞくりと、熱が背中を駆け上がる。

 どこかで太鼓が鳴った気がした。


 新太は思いっきり、そのドアを叩いた。

 ――ドン。ドン。ドン。


 叩かれた音が大きく響く。


 ――ドン。ドン。ドン。


 何の意味があるかは、答えられない。

 ただ、

 音が揃うと、息が揃う。

 息が揃うと、足が出る。


 ――ドン。ドン。ドン。


 子どもが泣き止み、母親の腕の震えが収まり、抱きかかえる。

 群衆は落ち着きを取り戻したかのようだった。


 セレアはその様子を見つめていた。

 新太に声を掛けようと思ったが、今は為すべきことがある。


「皆さん!落ち着いて移動して下さい!」


 気が付いたら新太の視界の端に、淡い表示板と文字が浮かんでいた。


『スキル:条件一部達成』

『周囲:恐怖耐性 付与』



「風祭さんも早く!」


 セレアと共に新太は村を抜ける。

 あぜ道を先に進むと道が急に細くなった。


 丘へ続く坂の入口に着いたが、地形が関所みたいに狭まっている。

 人の背丈ぐらいある石壁に囲まれ、門のようになっていた。


 セレアは振り返って声を張った。


「坂を登って境界門に入れば大丈夫!ゴブリンたちは入って来れません!」


 セレアは門の手前で足を止め、短い杖を三本、地面に押し当てた。

 月光の下で、淡い光が彼女の体から杖へ走り、そのまま門を覆う結界となっていく。


「私がここで食い止めます。風祭さんは皆さんと先へ行ってください!」


 ゴブリン達のざわめき。

 逃げる村人達のあせり。

 セレアの凛とした宣言。


 淡青の月の下、新太は自分の中に熱が灯るのを感じた。



(第2話へつづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ