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第6話:猫少女の存在証明

あれから、僕は一度も羽留に会っていない。だが、彼女のことはいつも思い出していた。


高校生活は、少しずつ、確かに色を取り戻していった。彼女が言っていた青いリボンの、愛らしい前の席の子とも、自然に話すようになっていた。彼女は、猫耳がなければ、羽留に瓜二つだった。




月日は流れ、僕は高校を卒業し、東京の大学へ進むことになった。小さな貸間を出る日、ふとあの路地へ足が向かった。




懐かしい錆びたゴミ箱の傍らで、一匹の黒猫が日向ぼっこをしていた。あの夜と同じ、漆黒の毛並み。ゆっくり近づくと、猫はこちらを向いた。目は、金色の琥珀のように静かに光っている。




心臓が少し跳ねた。




僕はゆっくりとしゃがみ込み、手を差し出した。


「……こんにちは」




猫は微かに耳を動かし、こちらの様子を窺っている。彼女のように、無邪気でいて、どこか達観したような……。




「俺の家へ……来ないか?」




言いながら、自分でも少し驚いた。かつてなら考えもしない言葉だ。猫は少し首を傾げたように見えた。そして、そっと僕の指先に鼻先を近づけ、かすかににおいを嗅いだ。




次の瞬間、彼女はすっと身を翻し、僕の手の届かないところへ軽やかに飛び降りた。振り返り、一度だけこちらを見る。




その口元が、ほんのりと、ごく自然で、それでいて紛れもない優しい弧を描いたように──僕には見えた。




そして、その影は、路地の奥の陰へと溶け込んでいった。




もういない。




けれど、かつてのような虚無ではなかった。胸の中に、ほのかな温もりが残されている。彼女が確かに存在した証のように。




風がそっと吹き抜け、桜の花びらが幾つか、ひらりと舞い落ちた。新しい季節の始まりだ。




僕はゆっくりと立ち上がり、最後にこの路地を見渡した。そして、ほんの少しだけ、口角を上げた。




ありがとう、羽留。そして、さようなら。

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