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第4話:猫の神隠しと僕の実存主義

羽留は現れなかった。




一日、二日……時間は乾ききった地面に染み込む水のように、音もなく過ぎ去った。部屋は息詰まる静寂を取り戻し、冷蔵庫の中で減っては補充される食べ物だけが、あの喧噪が完全な幻覚ではなかったことを証拠立てていた。ある種の見慣れない違和感が心の奥に居座った。鋭い痛みではなく、何か…慣性が破られた後の空洞のような感覚。ずっと続いていた、単調なホワイトノイズが突然止み、残された静寂が却って耳をつんざくように感じられた。




僕はいつからか、無意識に窗外の物音に耳を澄まし、あの軽快で突飛な足音がしないか探っている自分に気づいた。全く荒唐だ。




そして、僕はまたあの高台に上っていた。都市が足元に広がり、生き物と死物が下で渦巻いている。微風が撫でる、黄昏特有の、温もりと寂寥せきりょうを併せ持った気配を帯びて。前回ここに来た時、僕は意味と無意味、生と死の重みについて考え、最終的には部外者のようにこの蒼白い生活観察を続けることを選んだ。あの時初めて、僕は「虚無」という名の深渊の縁を明確に触知し、そして後退を選んだ——恐怖からではなく、より深い無関心からだ。




しかし今、その無関心には一本の裂け目が入ったようだった。頭から離れないのは、あの琥珀色の瞳をした、荒唐無稽な言葉を吐き、野良猫のように突然現れては消えた少女の姿だった。




もしも…もしも本当にこの観察を終えるなら、その前に、せめて彼女に別れを告げるべきなんじゃないか? この考えが予告なく浮かんだ。ある種の決然とした響きを伴って。この荒唐な邂逅に、始めと終わりをつけるように。




僕は振り返り階段を下りた。再びあの錆びたゴミ箱の前を通り過ぎる時、視線は自然とそこへ向かった——空だ。ただ馴染みの酸っぱい腐敗臭が立ち込めるだけだった。




部屋に戻り、僕はあの薄っぺらいカーテンを引かなかった。




窗外では、数十億光年離れた恒星の「遺言」がきらめき、僕に見せようともがいている。




僕は眠りに落ちた、宇宙の百億年後の「熱的死」の闇に浸るように。




ここでは星々の「遺言」も輝かず、全ては存在しない。




僕はいつものように「存在しなくなった後」の感覚をシミュレートした。




しかし、今回は。




怖かった。




悪夢を見た。




目が覚めた時、頭は酷くぼんやりしていた。手机を手に取ると、日付にはっきりと表示されている——明後日だ。




心臓がドシンと沈んだ。昨日は? 記憶は切れたフィルムのように、ただ真っ白な空白だけが残っている。慌てて通話記録やメッセージを確認する……何もない。まるである時がまさにぽっかりと切り取られたようで、その断面が恐ろしく平らだった。




さらに胸騒ぎがするのは、周りの全ての人の認識が同期していることだ——「昨日?昨日って一昨日のことでしょ?悠人君、寝ぼけてるんじゃない?」コンビニ店員はバーコードを手際よくスキャンしながら、変な奴を見る目で僕を見た。彼に主動的に話しかけたのはこれが初めてだったのに、こんな荒唐なことを確認するためだ。




その時、手机のフォトアルバムに増えている何かが、僕の息を奪った。




大量のぼやけた写真。角度は厄介で、画面は揺れていて、慌てて撮ったかのようだった。コンビニのおにぎりのクローズアップ、公園のベンチで日向ぼっこをする野良猫のお尻、地下道の壁の稚拙な落書き、学校の近所のあの警戒心の強い三毛猫まで……どの写真の下にも、くねくねとした、非常に特徴的なコメントが添えられていた:




「マグロ!勝利!」




「猫尻哲学:存在の究極形態は慵懶ゆうらんたること!」




「此の落書きは本届地下芸術展『最無意義賞』を受賞!恭喜おめでとう!」




「餌付け成功!好感度+1!(爪で引っかかれたけど、目が動揺してた!)」




写真の端には、時折、素早く動く、ふわふわした黒い残像が捉えられていた——まるである種の猫科動物の尾のようだ。




羽留だ。彼女の悪戯に違いない。怒り、困惑、そして極めてかすかで、自分も認めたくない一抹の期待が入り混じった感情が込み上げてきた。




見えない糸に引かれるように、僕はこの荒唐な「宝探しゲーム」を始めた。写真の指示に従い、指定の味のおにぎりを買い(がっかりするほど普通の味)、そのベンチに座り(陽射しがまぶしく、椅子の表面は冷たかった)、その落書きを見(線が拙く、なんの美しさもない)、あの三毛猫に接近しようとさえした(それはすぐに毛を逆立てて逃げ出した)。




つまらない。時間の無駄。無意味。これらの評価が弾幕のように脳裏を駆け巡る。僕は下手くそな役者のように、自分ではない舞台で、自分に属さない台詞を機械的に呟いていた。世界は相変わらずすりガラスの向こうで、他人の笑顔も都市の喧噪も、僕とは無関係だった。僕は依然として拒絶された、周縁の観測者だ。




だが……




しかし、指先に伝わった触感——午後の陽射しに繰り返し炙られた後での、木特有の、確かで均一な温もり——が、異常に頑固に皮膚の表面に留まっていた。空気の温度のように儚くはなく、これはあまりにも具体的で、甚至少し拙いとも言える熱量で、長年感覚を覆っていたあの膜を蛮横に貫通してきた。




僕は無意識に指を丸めた。まるでうっかり飛び散った、体温と違う水滴を振り払おうとするように。




この感覚……余計だ。かつ無意味。単なる光エネルギーと物質作用のつまらない物理現象だ。僕は自分に言い聞かせたが、その瞬間、強引に「今、此処」に錨降ろしされた感覚は、網膜に残る光の残像のように、いつまでも消えなかった。




いつも急ぎ足で通り過ぎるあのコンビニ店員が、僕が再訪し同じおにぎりを買ったことで、ごく短い、ほとんど職業的なうなずきをくれた時、何とも言えず、一瞬「見られた」ような錯覚。




彼は僕の名前を呼んだ、僕という存在に対する定義、無意味なものに。




この行為も無意味だ。




しかし僕は「見られた」、僕がずっと拒んできた無意味な世界に認められたのだ。




あの三毛猫が逃げたものの、数歩先で振り返り、警戒しながらも澄んだ目で僕と三秒間も見つめ合った時——まるで二つの孤独な、互いに理解し合えない魂が、虚空中で一度だけ短く静かな衝突をしたように。




これらの瞬間は塵のように細かく、ほとんどすぐに「無意味」の波に飲み込まれてしまいそうだった。しかし確かに存在した。淀んだ水に投げ込まれた小石のように、波紋は微かでも、頑固に広がっていく。




他にもたくさんそんな気味の悪い感覚があった….




終わる前に、別れを告げる対象が増え、観測したい対象が増えた。




そして僕は突然気づいた、別れそのものの行為が無意味なのだと。




僕は変わってしまったことに気づいた。




最後の一枚の写真は、僕が最もよく知っているあの場所——高台を指していた。撮影時間は黄昏で、夕陽が手すりを暖かな金色に染めていた。




なぜか胸騒ぎがした。僕はほとんど走って上った。




彼女は果然そこにいた。




背を向けて、手すりにもたれかかっている。夕陽が彼女の全身をぼんやりとした光輪で縁取り、少し現実離れして見えた。彼女はなんと……明らかに安物の玩具のプラスチック製ベルトを、だらりと垂らした状態で腰に巻いていた。




足音を聞いて、彼女は振り返った。顔色は驚くほど青白く、唇も血の気がなく、あのいつも驚くほど輝いていた琥珀色の瞳も、今は薄い霞がかかったようで、隠しようのない疲労に満ちていた。だが彼女はそれでも努力して笑顔を作り、いつものように、無理に装った活気を見せた。




「よっ!悠人くん!どう?かっこいい?未来科技の結晶だよ!」彼女はベルトの、安っぽいLEDが赤く光るプラスチックの箱をパンと叩いたが、声には少し力がなかった。




「……また何か魔法少女の新装備か?」僕は近づき、複雑な心境だった。彼女の状態は明らにおかしい。




「違う!仮面ライダーだよ!」彼女は胸を張ったが、わずかに咳き込まずにはいられなかった。「世界を救うためにタイムトラベルしてきたんだ!君の昨日の行動は非常に重要で、世界線が破滅へ収束するかどうかに直接影響したんだよ!」




「嘘だ。できが悪すぎる。」僕は直接言い放ち、眉をひそめた。このレベルの嘘は、彼女の普段の水準の半分にも満たない。




「……ちぇ。随分考えたのに。」彼女は口をとがらせ、笑顔が一瞬で崩れた。無理に装っていた仮面が砕け、その下に底知れぬ疲労が露出した。彼女は背を向け、沈みゆく夕陽を見つめ、小声で言った。「……ただ……君に……思ってほしかっただけ……昨日が、あんまり退屈じゃなかったって。」




風が彼女の茶色い髪を揺らし、夕映えに浮かぶ横顔は異常に脆く見えた。僕は黙って、彼女の隣に立った。高台の下では、都市の灯りがともり、別の生命力が流れ始めていた。




「羽留、僕は……」登ってくる前の目的、あの決然たる「別れ」を思い出す。言葉が喉に詰まった。




しかし彼女は何かを感知したかのように、ばっと振り向き、一瞬鋭い眼差しで、僕の言葉を遮った。「それより!この前の議論!反論思いついたんだよ!」彼女は突然早口になり、最後の時間を掴むかのようだった。「カミュのシーシュポス、彼の幸福の根源は石を山頂に押し上げること自体にあるんじゃない!不条理をはっきり認識した後で、それでも尚巨石を押すことを選んだことにあるんだ!この選択そのものが、彼の不条理な世界への赤裸々な蔑視だ!生命意志の最も誇り高き咆哮ほうこうなんだ!」




彼女の声は虚弱のために少し震えていたが、一種異様な力を帯びており、一語一語が小さな槌のように僕の心臓を打った。




「ハイデッガーの『死への先駆』!終点を見つめて腐れと言ってるんじゃない!終局を意識するからこそ、より迸り出るんだ『現存在』(Dasein)の最も灼熱で、本来的な可能性を!花火のように!次の瞬間には消えると知っていながら、最も輝く光を炸裂させるんだ!実存は本質に先立つ?その通り!だから君の『本質』は『虚無』なんかじゃない!君の一瞬一瞬の選択と行動が積み重なったものだ!君が君を誰と規定するかだ!」




彼女は息を切らし、青白い顔に興奮で不自然な紅潮が差し、琥珀色の瞳は僕を死死と見つめ、これらの言葉を僕の魂の奥深くに焼き付けようとしているようだった。




「さあ、」彼女の声は低くなったが、最後の、ほとんど懇願するような力強さを帯びて、「この全てを見て、君が歩んだ昨日を見て、この灯りを見て……悠人くん、君はまだ死にたいの?」




僕はまだ死にたいのか?




この問いは、鍵のように、僕の心中の錆びついた錠に猛然と差し込まれた。ずっと堅固だった「無意味」の壁が、彼女の言葉とそれら細かな「塵」の共鳴によって、なんと緩み始めた。死、あれを僕は最終的な帰結と静寂な解答と見なしていたが、初めて…ぼやけて遠く、甚至怖いものに変わった。




躊躇った。僕はなんと躊躇った。




胸中には千言万語が詰まり、もがき、渦巻いていた。準備していた、冷酷な「別れ」はこの激しい感情に押し流されて跡形もなくなった。最終的に、口をついて出たのは、完全に台本から外れた、不器用で熱い言葉だった:




「……僕は……君のことが好きだ。」




口に出した瞬間、自分でも呆然とした。




羽留も目を大きく見開いた。青白かった頬が肉眼で見て分かる速さで紅潮し、耳の先まで広がった。彼女はこの言葉に焼かれたように、無意識に半歩後退し、唇をわずかに開け、何か言いたそうだったが、声が出なかった。あの無理に装った「仮面ライダー」の姿は完全に消え失せ、ただ一言の告白に顔を赤らめ動揺する、普通の女の子の慌てぶりだけが残った。




「……バカ。」彼女はようやく声を見つけた。蚊の鳴くような声で、照れ怒りとわずかに察知しにくい嗚咽を帯びて。「こんな時……そんなこと言うなんて……」




彼女はふらついた。手すりに掴まってようやく体を支えた。顔の紅潮は急速に褪せ、前よりさらに青ざめ、額には細かい冷や汗まで滲んでいた。彼女は頭を振り、眩暈を振り払おうとするようにし、そして猛然と後退り、大げさな中二病的ポーズを取ろうとした。指を僕に向け、プラスチックベルトが彼女の動作に合わせて哀れなカタカタ音を立てた。




「任…任務完了!世界線変動率臨界点突破!わ…わわわ、わたくしは未来へ帰還せねば!さようなら…いや、未来の時間線でまた会おう、悠人くん!」




言い終えると、彼女は走って逃げ出そうとしたが、足取りはよろめいていた。




「待て!」僕は無意識に一歩前進し、彼女を支えようとした。




しかし彼女は突然振り返り、力いっぱい、(実はそれほど痛くはなかったが)僕の額を強く叩いた。




「いてっ…!」




「言い忘れてた!」彼女は息を切らし、視線をそらし、超早口で言った。「もう手配しといたよ!君の前の席の子!いつもこっそり君を見てる、青いリボンの女の子!可愛いよ!…攻略しろ!これが正常な青春ラブコメの展開だよ!バカ!」




僕は額を押さえた。そこにはまだ彼女の指先の微かな冷たさが残っていた。顔を上げた時、目の前はもはや誰もいなかった。




ただ黄昏の風が、空虚な高台を吹き抜け、涼しさを運んでいく。




彼女は消えた。現れた時と同じように突然に。




いや、おそらく何かを残していった。




地面には、見覚えのある、小さな、表紙の擦り切れたノートと、もちろん、あの玩具のベルトが転がっていた。僕が一度も見たことがなく、しかし何故か…彼女の手にあるべきだと感じるもの。




僕は腰をかがめ、それを拾い上げた。表紙には何のタイトルもなく、猫の爪痕のようなものがあるだけだった。




心臓は胸の中で重く鼓動を打ち、喪失感、困惑、そして巨大な不安が混ざり合った空虚感が、さっきのわずかな動揺と悸動をすぐに押し流した。




夕陽は完全に地平線に沈んだ。

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