5.5:(メリー・アルメリア視点)お姫様になりたいの。
2話目です!
王宮の公的な手紙にのみ使える印の押された書状を手にした瞬間、メリーは息を呑んだ。
王宮からの正式な招待。内容は、『王子の婚約者を補佐する立場として、宮廷礼儀と政務の教育を受けるように推奨する。』というもの。事実上の登用であり、準王族扱いの第一歩でもある。
これでようやく、"お姫様になる"夢に手が届いたのだ。
けれどその書状は、彼女の胸をすっかり満たすには至らなかった。
どうして今になって?アイリスが王子さまとの婚約を“おとなしく”続けていれば、メリーはずっと“秘密の特別な女”でいられたはずだった。甘く優しい愛の言葉。王子さまの手の中で微笑んでいれば、それでよかった。
けれど、アイリスが静かに距離を置き、王家に“抗議”の書を出したと聞いたとき――メリーの中で何かが崩れた。
彼女は勝者ではない。王子さまの“気まぐれ”によって選ばれたにすぎない。本物の血筋も、後ろ盾もない彼女にとって、王宮に入ることは光栄ではなく、戦場だった。
夢見た未来が、にわかに現実の色を帯びてくる。だがそれは、ただ甘いだけの夢ではなかった。
翌日、メリーは王宮に姿を見せた。花のような笑顔と、完璧に整えられた身なり。誰もが一目で「王子さまのお気に入り」と察する姿だった。
だが、廊下を歩く彼女に向けられる視線の一部に、冷たいものが混じっていることに、メリーは気づいていた。
(どうして私が、こんなに警戒されなきゃいけないの?)
彼女はただ、王子さまに愛されたかっただけだ。華やかなドレス、宮廷舞踏、誰もが羨む肩書き――それらすべては、あの人に選ばれた証になるはずだった。
だが、それを求めた結果がこれだ。“補佐”という名の、婚約者の座に最も近い椅子。けれどそれは同時に、“正式に責任を課される立場”でもある。
美しいだけの愛人ではいられない。公務にも、礼儀にも、王家の期待にも応えなければならない。
その夜、ヘンリー王子との密会の最中、メリーは意を決して口を開いた。
「……私、本当にあなたのおそばにいてもいいのかしら。」
王子さまは笑いながら答えた。
「もちろんだよ。君のために、僕はあの冷たい婚約者から離れたんだ。」
「でも、あなたのお母様も、王宮の方々も……アイリス様のほうを支持している。私なんて、まだただの補佐なのに…。」
「大丈夫さ。形式など、あとからどうとでもなる。君がここにいれば、僕にはそれでいい。」
その言葉は、甘い毒だった。メリーは微笑みながらも、その内側にひそむ危うさを感じ取っていた。
(この人は、私を選んだわけじゃない。“誰でもいい”から、私を選んだのかもしれない。)
それでも、王子さまの腕に抱かれると、心のどこかが安堵でほどけていく。好きだった。ただ、それだけだったはずなのに。
宮廷からの帰り道。馬車の中で、メリーはひとりきり、書簡を広げた。
アイリスが送ったという“婚約緩和の申し出”の噂が、すでに城下でもささやかれている。彼女が王子さまを“捨てた”かのような噂まである。
その瞬間、メリーの中に小さな炎が灯った。
(私は捨てられる側にはならない。どれほど嘲られようと、血が薄かろうと、私は……王子さまに選ばれたの。)
あの冷たい公爵令嬢が、黙って身を引いたのなら――自分がその場所に立つのは当然だ。
心のどこかがざらりと軋む音を立てた。
その感情に、名前はつけたくなかった。恋だと信じたまま、進まなければ、すべてが壊れてしまう気がした。
だから、彼女はただ前を見た。
望んだ未来に届くまで。そこが崖の端であったとしても。
次回は明日の6時を予定しております!