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4:私だって人間だと言うことを忘れないで頂きたいものです。

本日1話目です!

その日、アイリス・ロイゼンは一通の書状を王宮へ送った。

内容は簡素だった。

「王子殿下との婚約に関し、今後の公的活動に一部制限を求めます。」「舞踏会等への同伴を中止し、婚約における儀礼的な関わりを削減することを望みます。」

丁寧に綴られていたが、その文面は――王家に対する静かな「拒絶」とも取れる内容だった。

このような行動は、貴族令嬢としては破格だ。だが彼女は、ついに“あの夜”を境に、自分の心に従うことを選んだ。

「お嬢様が王子殿下との舞踏会をお断りに?」

ロイゼン公爵邸の侍女たちが顔を見合わせた。

「まあ、殿下との関係があまり良くないとは聞いていたけれど……。」「けれど、相手は王子様よ? あのような一方的な書状、宮廷が黙っているかしら。」

ささやきはすぐに、屋敷の外へ波紋のように広がっていく。

「ロイゼン家の令嬢は、高慢すぎるのでは?」「いいえ、むしろ冷静だったとも……。あの婚約は、もともと政治的なものですし。」

風評は賛否に分かれたが――ただ一つ確かなことがある。アイリス・ロイゼンは、初めて“自分の意思”で王家と距離を取った。

アイリスが書簡を出してから数日後、書斎で静かに紅茶を口にしていたとき。執事サムがそっと声をかけた。

「……王宮からの返書は、まだ届いておりません。」

「ええ。覚悟はしているわ。たとえこの行動が、“背反”と受け取られても」

アイリスはそう言って、微かに笑った。

「……お父さまにも叱られるでしょうけど。それでも、もう“我慢する婚約者”でいるのは疲れたの。」

サムは黙ってうなずいた。そして、おそるおそる口を開く。

「……申し上げても、よろしいでしょうか。」

「どうぞ。」

「アイリス様が、心を偽らずに生きる道を選んでくださったこと。それが、どれほど多くの者を救うか……私にはわかります。」

アイリスは、サムの言葉に目を見開いた。その“多くの者”には、当然、サム自身も含まれているのだと――気づいたから。

心のどこかが、ほんの少し熱くなる。それを気づかれまいと、彼女はそっと紅茶を口に運んだ。

それから数日後。アイリスのもとに、王宮から正式な返書が届けられる。

差出人は、王室顧問官。

『王子殿下の名誉にかかわる懸念もありますゆえ、一度、内密にお話を伺いたく存じます。』

それは、彼女が「公然と王家に楯突いた」と見なされた証だった。裏では、すでにヘンリー王子とメリー男爵令嬢の噂が囁かれ、宮中の目も変わり始めていた。

王家は、アイリスが“黙って耐える婚約者”でいなくなったことで、初めてその存在を“障害”と見なし始めたのだ。

夜。アイリスは自室の鏡台に座り、ふと呟いた。

「私は、いったい、いつからこんなに――臆病になっていたのかしら。」

自分を飾るドレスや宝石。整えられた髪。愛されるための仕草。耐えるための沈黙。

すべてを“正しさ”で塗り固めてきた。だが、その仮面をはがした自分にも、確かに血が通っている。

(たとえ誰にも褒められなくても、私は――“人として”生きたい)

彼女は静かに立ち上がった。

明日、王宮に行く。ただの令嬢としてではなく、一人の人間として。婚約者としてではなく、“意志を持つ女性”として。

ありがとうございました。

次回は18時頃の予定です!

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