3.5閑話:(メリー・アルメリア視点)私はお姫様になるの。
本日2話目です。
仮面舞踏会の幕開けを知らせるファンファーレが、高らかに王宮の天蓋に響いた。
黄金の灯りが揺れる中、メリー・アルメリアは、ヘンリー王子の腕に優雅に手を添えていた。淡い紅玉の仮面、胸元に小さな薔薇の飾り。王子の衣装と調和するように仕立てられたその姿は、明らかに「選ばれた女」を示していた。
「ご一緒に舞踏を――と、殿下が仰ったとき、夢を見ているのかと思いましたわ。」
彼女は仮面の奥で、柔らかく微笑む。
「夢を見ていた方が幸せかもしれない。現実は、騒がしい」
ヘンリーの返答は淡く、どこか上の空だった。けれど、拒まれはしなかった。それだけで、今夜の価値は十分だった。
舞踏会が始まってから、数組の貴族が舞台のように床を踏む中、メリーとヘンリーは、最初の主役として注目の的だった。
仮面があることで、周囲の“言葉”は少しだけ鈍くなる。けれど、視線はむしろ鋭さを増す。
(見ているわ。みんな。わたくしが殿下と踊っているのを)
嫉妬、憶測、好奇の混ざった視線を受けるほど、自分が“特別な存在”に近づいていると実感できる。
だが、王子の視線はその視線と交差することはなかった。
彼はただ静かに、ひとつひとつのステップを機械的にこなし、そのたびにメリーは、仮面の内側で自分の笑みを引き締めた。
(きっと、今はまだ“儀礼”の中にいるのね。 けれど……いずれ、殿下の心はわたくしだけを見るようになる)
そう信じていた。信じたかった。
夜会が終わったあと、王子とともに宮廷の奥へと引き上げる間。メリーは袖の下で、そっと自分の手を握った。
その手は冷たく、どこか空虚だった。けれど、彼女の足取りはしっかりとしていた。
――夢の続きを見るために。――どこまでも、その幻を本物に変えるために。
その夜、鏡の前で仮面を外したとき。メリーの顔には、笑顔の痕跡も、涙の気配もなかった。
ただ、真っすぐな瞳だけがそこにあった。
「私が、お姫様になるのよ。 誰がなんと言おうと――必ず」
そして彼女は、再び鏡の奥にいる自分に誓った。
仮面の下でも、誰かの隣でも、夢を諦めることだけはしない――と。
次回は明日を予定しています