3:仮面舞踏会なら浮気をしてもいいって…。やはり殿下の頭は下半身にでも着いているのでしょうか?
本日からは2話投稿となります。
本日1話目!
王都の貴族たちの間では、日々たくさんの“夜会”が開かれていた。社交、結婚、陰口、同盟、誘惑――そのすべてが、薄い仮面の下で交わされる。
この夜もまた、ひとつの仮面舞踏会が、王宮近衛伯爵家の館で開かれていた。主催者は、王家と旧来の縁を持つ名門家。ロイゼン公爵家の令嬢であるアイリスにも、当然のように招待状が届けられていた。
「ずいぶんと賑わっているわね。」
舞踏会会場に足を踏み入れたアイリスは、笑みを浮かべた。白銀の仮面と、薄青のドレス。まるで冬の精霊のような姿は、他の令嬢たちの視線を引きつけて離さない。
けれど、彼女の笑顔は決して温かくなかった。それは、完璧に磨かれた“貴族令嬢の仮面”だった。
サムは数歩後ろで控え、周囲を警戒しつつ、彼女の一挙一動を見守っていた。それが、彼の「影」としての務めだ。
しかしその視線の端で――サムは、アイリスとは対照的な少女の姿を捉えた。
男爵令嬢メリー・アルメリア。今日の彼女は、薄桃色のドレスに、可憐な花を模した仮面。そしてその腕には……ヘンリー王子の姿があった。
彼らはまるで、周囲の目を気にする様子もなく、ふたりで笑い合い、グラスを交わしている。
その光景は、たった数日前までは“噂”でしかなかった。けれど今は――誰の目にも明らかな“現実”となっていた。
その瞬間、舞踏会場の空気が、微かに波打った。
(これが、貴族の世界)
アイリスは、手にしたグラスを揺らしながら静かに息を吐く。
(誰も、咎めない。誰も、怒らない。なぜなら、私と殿下の婚約は、感情ではなく“取り決め”だから)
ただ、その取り決めにすら、もはや敬意が払われていないことが――何より、彼女の胸を締めつけた。
舞踏会の終盤、アイリスは誰にも告げずに会場を抜け出した。その背に、当然のようにサムがついてくる。
ふたりきりになった中庭で、アイリスはぽつりと口を開いた。
「……あのふたり、とてもお似合いだったわね」
サムは何も言わない。否定も、同情もしない。
「ねえサム。私は、どうすればよかったのかしら。」
「……」
「もっと愛想よくしていたら、殿下はこちらを向いてくれたのかしら。それとも、メリーのように可愛らしく振る舞うべきだったのかしら。」
夜風にドレスが揺れる。アイリスの肩が震えていた。それが怒りか、哀しみか、自分でもわからなかった。
ようやく、サムが静かに口を開いた。
「アイリス様。あなたがどう振る舞おうと、相手が何を見るかは――相手の問題です。」
「……。」
「ですが、私にはわかります。あなたは、仮面の奥で、ずっとご自身を閉じ込めてこられた。それでも、誰にも頼らず、誰も責めずに。」
その声が、胸に沁みた。
アイリスは、こらえていたものが溢れそうになるのを感じながら、そっとサムの袖をつかんだ。
「……少しだけ、このまま。黙っていてくれる?」
「はい。」
ふたりの沈黙だけが、夜の庭に漂っていた。
けれどその沈黙は、舞踏会の音よりも、ずっと温かく、意味があった。
次回は12時頃予定です。