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2:なぜ私は噂を否定できなかったのでしょうか?

本日最後3本目の投稿です。


お楽しみ下さい!

その噂が広まったのは、先日の舞踏会からわずか三日後のことだった。

「第4王子殿下、どうやらアルメリア男爵令嬢とよく親しくなさっているとか……」

「まぁ、ロイゼン公爵令嬢を差し置いて? さすがにそれは……でも、あの男爵令嬢、殿方に好かれるタイプですものねぇ…。」

アイリス・ロイゼンの耳にも、控えの間で交わされる声が届いていた。扇の陰で囁かれる噂話は、まるで柔らかな絹のようにやさしく、しかし確実に彼女の胸元を締めつける。

(……王子殿下が、メリーと?)

否定しようと思えばできた。王子に気まぐれはつきものだし、メリーのような華やかな令嬢と軽く言葉を交わすことなど、王族として珍しくもない。

それでも、アリスの指先はそっと膝の上で強く組まれていた。心の奥に、冷たい針のような何かが刺さっていた。


その日の午後、王宮の回廊でアイリスは再びメリーとすれ違った。メリーはいつも通りの愛らしい笑顔で、軽やかに会釈をする。

「ごきげんよう、アイリスさま。……今日は王子さまと、お会いにならないのですか?」

「殿下のご予定は存じませんわ。ご多忙でしょうから」

アイリスは笑顔で返した。感情を乱さず、いつも通りに。

だが、メリーの目が一瞬だけ揺れたのを、アイリスは見逃さなかった。それは――期待と、ほんのわずかな、勝ち誇った光。

「……そうですわね。王子さま、最近お疲れのようですもの。誰かが癒してさしあげられたら、いいのですけれど。」

何気ない一言。けれど、その何気なさこそが、研ぎ澄まされた刃のようにアイリスの胸を裂いた。

「それがあなただと、殿下もお喜びになるでしょうね。」

と、アイリスは微笑みながら応じた。声は平らに、感情を挟まず。だがその内側で、初めて自分の中に“怒り”という感情が芽吹いたのを、彼女は自覚していた。


夜。公爵邸の書斎。アイリスは書簡の整理をしていた。けれど、殿下とメリーの影が、どうしても脳裏から離れない。

机の上に広げた手紙の文字が、霞んで見えた。

(なぜ、私はこんなにも心を乱されているの?決まりごとだから従うと、ずっとそう思っていたのに)

結婚するのはアイリス。ならば、殿下が誰に心を向けていようと、関係はない――はずだった。

けれど、「それでも構わない」と思い続けていた心に、ひとつの綻びが生じ始めていた。

(もしかして、私は――望んでいたのかしら。愛を)

カップの中の紅茶が冷えきっていた。アイリスの心と、同じように。

「アイリス様、失礼いたします。」

不意に、サムの声が扉の外から響いた。彼はいつものように礼儀正しく、しかしアイリスの心情に寄り添うような柔らかな声で話す。

「少し、空気を入れ替えませんか。……夜風が気持ちよいかと思いまして。」

「……ええ。少し、外へ出ましょう。」

アイリスは立ち上がる。自分でも驚くほど、すっと体が軽くなるのを感じた。


中庭には静かな月が浮かんでいた。白い花が咲く小道を歩きながら、アイリスはぽつりと呟く。

「サム、もし……私が、誰かにとって、ただの飾りだっとしたら。あなたはどう思う?」

サムは一度足を止め、空を見上げた。そして、いつものように静かな声で応えた。

「飾りかどうかは、相手が決めることではありません。アイリス様が何を大切にし、どのように生きたいか――それが、すべてだと思います」

その言葉が、胸に沁みた。冷たい風が吹いたはずなのに、アイリスの頬はなぜか熱かった。

(私は……どうしたいのかしら)

答えは、まだ見えなかった。けれど、サムの存在が、暗い霧の中に一筋の灯火を灯してくれているように思えた。

お楽しみ頂けましたでしょうか?


次回は明日の5時頃を予定しております!

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