表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

1.5:(サム・グレイ視点) 彼女が少しでも幸せであるように。

本日2本目の投稿です!


主人公アイリスの執事サム・グレイ視点をお楽しみください。

*あくまで閑話なので読まなくてもメインストーリーに差支えはありません。

少年は、生まれながらにして名を持っていた。父はロイゼン公爵の遠縁――正確には、分家筋の男爵家の三男であった。

本来なら、貴族の血筋を継ぎつつも、その家の栄誉に連なることなく静かに生きるはずの子供。だが、兄たちの下で家を継ぐ道は閉ざされており、少年――サムは幼くして“選ばされた”。

「おまえは、ロイゼン家へ仕えに出るんだ。貴族の子が執事になるなど本来なら異例だが……おまえなら、その器だろう。」

父の声には、愛情と諦めが同居していた。

そうして十歳の年の春、サムはロイゼン家へと送られた。彼は、子どもとしてではなく、“仕える者”として扱われる訓練を受ける。言葉、姿勢、礼節、剣術――そして、忠義の在り方。

最初のうちは周囲からも一歩距離を置かれた。「貴族の血を持った執事」などという立場は、どこにも馴染めない。

けれど彼は、黙々と己を律し、ただ与えられた任を果たした。

やがて、周囲の者たちも彼の誠実さと確かな能力を認めるようになり、若きロイゼン公爵から、ある役目を仰せつかる。

「おまえは、我が娘――アイリスの側仕えとなれ。彼女の成長を見守り、導くことができる者を求めていたのだ。」

この言葉に、サムは初めて“役目”以上の何かを覚えた。

少女――アイリス・ロイゼンは、最初から不思議な存在だった。

気高く、美しく、そしてどこか孤独だった。完璧な礼儀の裏に、小さくうずくまるような本心を隠していた。

年が近いせいか、彼女は他の使用人よりもサムにだけよく話しかけた。ときに皮肉っぽく、ときに素直に。気を許しているというより、“気づいてほしい”というような視線で。

それを感じながらも、サムはあくまで一歩引いたまま、彼女の成長を見守り続けた。

令嬢としての彼女を見届けることが、自分の役割――そう信じていた。

だが、やがて彼は気づく。彼女の婚約話が本格化し、王子との関係が冷えきっていく中で――彼の心のどこかが、静かに、だが確かに揺れていた。

令嬢を守るのが執事の役目。けれどそれだけでは足りない感情が、心に生まれてしまったことに。

彼女が誰かに軽んじられるたび、笑顔を顔に張りつけて孤独に耐える姿を見るたびに、「自分が傍にいたい」と、願ってしまう。

執事としては、あまりに不遜な願い。貴族社会において、叶うはずもない恋。

(それでも……)

彼女が、王宮で冷えた日々に疲れきった夜、袖を掴んで「行かないで」と言ったあの瞬間。サムの中にあったすべての理性と距離は、音もなく崩れ落ちていた。

それでも彼は言葉にはせず、ただ静かに、手を取っただけだった。彼女の決断を促さず、代わって選ぶこともせず。その弱さすら、受け止めようと心に誓っていた。

(彼女の幸せを願うならば、自分の想いなど、最も遠い場所に置かなければならない。)

それが、執事としての最後の一線。けれど、心の奥には小さな灯がひとつだけ灯っていた。

――もし彼女が、自らの意思で誰かを選び、その傍にいてほしいと望んだとき、そのときだけは、この手を差し出しても許されるだろうか。

そんな夢のような願いを、胸の奥にしまいながら、サムは今夜も、変わらぬ距離で彼女を見守っていた。

お楽しみ頂けましたでしょうか?

よろしければ評価、ご感想お待ちしております!


次回は18時頃の投稿を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ