1:ヘンリー王子殿下と居るのは少々疲れます。
本日から毎日投稿頑張ります!
本日は上手く行けば3話投稿する予定です。
豪華絢爛なシャンデリア。最高級の食材を用いて作られた軽食。美しい音楽。着飾った貴族たち。少しのミスも許されない空間。それは貴族の情報戦の戦場とも言える舞踏会。そこでアイリス・ロイゼンは、完璧に整えられた笑みを浮かべたまま、果実水を口に運ぶ。
隣には第4王子ヘンリー・アーデン。金髪碧眼、繊細な顔立ちの青年で、王族の中ではある意味社交性に富み、多くの貴婦人に好かれていた。だが、アイリスに向けられる彼の視線は、常にどこかよそよそしかった。
「……そういえば、本日の舞踏会には、東方貴族のご子息も招かれるとか。何か外交上の意図があるのかもしれませんわね。」
アリスがさりげなく話題を振ると、ヘンリーは果実水の入ったグラスを揺らしながら小さくうなずいた。
「そうだね。父上の思惑だろう。……まぁ、僕たちには関係のないことさ。」
「そう、ですわね。」
会話はそこで終わった。一見、上品で優雅な時間。しかしアイリスの心の中には、冷たく重い霧が静かに流れていた。
政略――。それが、彼女とこの王子殿下を繋ぐ唯一のものだった。
婚約の話が持ち上がったのは、彼女が十の頃。
第2王子が幼少期にお亡くなりになり、現在第1王子、第2王子、第4王子の3人と王女2人という計5人のご子息ご息女がいらっしゃる王宮。
第1王子は公爵家の実質序列1位とも言えるアルデア家のご令嬢と婚約。第2王子は隣国の第3王女と婚約。皇女様方もそれぞれ近隣諸国に嫁がれて行った為、国内の情勢を鑑みた国王陛下の命によって、第4王子とロイゼン公爵家の令嬢であるアイリスが婚約することが決められた。父も母も動じることなく「これも貴族の務め」とだけ言った。
アイリス自身も、喜ぶことも涙を流すこともなかった。ただ、心の奥に小さな引っかかりを覚えながら、それを“誇り”という名の箱に押し込んだだけだった。
『私の人生は、家の名誉と繁栄のためにある。――だから、愛など必要ない』
それが、彼女の中で静かに芽生えた諦念だった。
舞踏会の会場で、ひときわ明るい笑い声が聞こえた。ドレス姿の令嬢たちに囲まれていたのは、男爵令嬢メリー・アルメリア。母親が従姉妹同士の為アイリスの再従姉妹に当たる子である。淡い桃色の髪と大きな瞳を持つ少女で、社交界では「可憐な花」ともてはやされていた。
ふとアリスと視線が合う。メリーは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐににっこりと笑って寄ってきた。
「アイリスさま、ごきげんよう。王子様とご一緒だったのですね。……ふふっ、やっぱり素敵な方ですわね。うらやましいですわ。」
「ごきげんよう、メリー。ええ、決まったことですから。」
アリスは微笑みを崩さずに答える。
再従姉妹とはいえ、公の場で格上であるアイリスを名前で呼ぶのはあまり良いことではない。
それに…。メリーの言葉は悪意のないものだった。だが、何かが引っかかった。
“王子様が素敵”――そう口にする彼女の瞳は、ただの憧れではなく、どこか計算を含んでいるように見えた。
気のせいかしら、とアイリスは思う。
そうであって欲しかった。
その夜、公爵邸へ戻る馬車の中。アリスは静かに座り、隣に控える執事――サム・グレイの姿を横目に見た。
淡いグレーの瞳と黒髪。無駄のない動きと、控えめながら確かな存在感。彼のそばにいるときだけ、アリスはほんの少し、呼吸を楽にすることができる気がした。
「……お疲れではありませんか?」
サムの声はいつも通り、穏やかだった。
「……ええ。でも、あなたがそばにいてくれると、不思議と疲れが和らぎますの。」
その一言に、サムはほぼ表情を変えずにうなずいた。
しかしアイリスには、彼が微笑んでいることが分かる。
「何よりです、アイリス様。」
言葉はそれだけ。けれど、沈黙が気まずくない。何も語らなくても、彼の存在が自分を否定しないことだけは確かだった。
(――こんなふうに思ってしまう私も、おかしいのかもしれない)
心の奥でそう呟き、アリスは目を閉じた。
部屋に戻ったアイリスは、侍女に髪を解かせ、ドレスを脱ぎ、鏡の前に一人で立った。白い肌、整った顔立ち。貴族社会の誰もが「完璧な令嬢」と讃える姿がそこにあった。
でも、鏡の中の瞳は冷えていた。
「――私は、あの人と結婚する。それが決まっているから。」
言い聞かせるように呟き、鏡に背を向ける。窓の外には王都の灯がまたたいていた。その光のひとつひとつに、自由があるように思えて――胸が少しだけ、痛んだ。
読んでくださりありがとうございました!
次回は上手く行けば12時の予約投稿をしたいと思っています……!
上手くいくことを祈っていてください<(_ _)>