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第12話:図書室での距離感と、笑えない冗談

椅子が小さく軋む音に、私は心の中でそっと謝った。 (ごめん。次からは静かに座るから……)


夕日が射し込む図書室の一角。 私と白原 澪は、向かい合わせで静かに座っていた。

……いや、外から見たら“静か”かもしれないけど、私の内心は大騒ぎだった。


澪は変わらず落ち着いていて、微笑みまで浮かべている。 一方私は、頭の中で警戒音が鳴り続けていた。


「この前、私の“ずれ”が気になるって言ってましたよね」

「はい。とても特徴的でした」

「そうやって、平然と言うあたりが逆に怖いんですけど」

「失礼でしたか?」

「いや……もういっそ開き直ってください」


私は額を手で押さえながら、内心の“俺”がザワついてくるのを感じた。


(前の俺の癖、そんなに変だったのか……?)


「観察されてるって、こういう感じなんですね。ちょっと気持ち悪いです」

「改善します」

「お前ロボか。学習型ですか?」

「かもしれません」

「認めちゃったよこの人……」


私は目線を本棚へ逃がす。


「それで気づいたんです。瀬名さんは、誰かになろうとしてるように見えた」

「……!」


(やば。核心ついてきた)


「でも、その“ズレ”が悪いとは思いません。むしろ、そこにあなたらしさを感じました」

「……えっと。褒めてます?」

「僕なりに、最大限」

「やっぱロボだな」


ツッコミながらも、私は少しだけ緊張を緩めた。


「それにしても、なんでそんなに人に興味あるんですか」

「……人の中に、自分じゃない何かを見るのが好きなんです。たぶん」

「急に詩的なこと言わないで。どこの文芸部ですか」

「文学部ではありません。生徒会でもありません。観察者です」

「新種の職業かよ」

「副業です」

「主業が高校生っていうのも地味に怖い」


私は深くため息をついた。けど、どこかで肩の力が抜けていた。


「まあ……ちょっとだけ楽にはなったけど」

「それはよかったです」

「でも調子に乗らないで」

「はい」

「即答しないで。なんか悔しい」


笑いが、ふたりの間にぽつりと落ちる。 静かな図書室に、軽い空気がほんのり流れた。


「ちなみに」澪が言う。 「火曜日の午後から、瀬名さんの歩き方が少し変わったのも気づきました」


「は!? どこで見てたの!?」

「廊下越し、階段、そして……図書室の入口の姿勢」

「監視カメラじゃんそれ」

「記録はしてません」

「してないでこの正確さ……逆にこわ……」

「あと、瀬名さん、手を動かすときに指先から動きますよね」

「うわ、マジで!? そんなとこ見てたの!?」

「元々、武器を扱う方の動きに近いと感じました」

「いや、なんでそこまでわかるの……」

「感覚です」


(いやもう完全にバレてるじゃん……)


「……俺、っていうか、私、そんなにわかりやすいかな……」

「今、俺って言いました?」

「……聞き間違いでしょ」

「気のせい……ですね」


私は机に突っ伏したくなる気持ちをぐっと抑えた。


『ほらほら、ちょっといい感じじゃん〜? これってフラグってやつじゃん?』


(うるさい。結城の幻聴、出てくんなよ)


「ところで、よければ次回——場所を変えて、第二観察会を」

「“観察会”って言うな!」

「では、“交流会”にしましょう」

「どっちもいや!」

「では、“会話訓練”」

「何だよそれ!? 軍人か!??」

「では……デート?」

「最後のが一番アウト!!」


図書室の奥から、控えめな咳払い。 私たちは同時にそっと頭を下げた。


「……でも」澪がぽつりと言った。 「誰かにちゃんと見られているって、悪いことばかりじゃないと思います」


「は?」

「観察は干渉じゃない。……けれど、放っておかれるのとは違う。 瀬名さんは、“ひとりじゃない”ことを、ちょっとずつ思い出せばいい」


その言葉が、不思議と胸に残った。


(……俺は、ずっと“ひとりでいるのが当たり前”だったから)


夕日がゆっくり沈み、本棚の影がさらに長くなっていく。 この空間の中で、私はふと、笑っていた。


(誰かと、ちゃんと向き合って話すって……こんな感じだったっけ? 言葉をやり取りして、反応が返ってきて、意味があって、重たくない。 ずっと忘れてた感覚だ。これって、普通ってやつなのかな)


教官でも仲間でもなく、“誰か”と並んで座って、どうでもいい話をして、くだらないツッコミを返して。 それが、こんなに簡単で、こんなにちゃんとした時間になるなんて。


(……忘れてたのは、こんなふうに生きる方法だったのかもしれない)


何かを見張るでもなく、守るでもなく、戦うでもない。 ただ目の前の人と向き合って、笑って、やりとりするだけ。 そんな時間が、自分に必要だったことを、私はようやく思い出しはじめていた。


誰かの視線に怯えなくてもいい。 誰かの評価を気にして構えなくてもいい。 澪はただ、私を見て、私と話していただけだった。


(……だったら、もう少し、この時間が続いてもいい、のかも)




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