表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

第10話:白い封筒と沈黙の一秒

昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室内が一気にざわついた。 椅子が引かれる音、弁当袋を取り出す音、窓を開ける音、どこからか「今日のハンバーグ当たりじゃね?」という声。 空気が一瞬にして“授業”から“昼”へと切り替わる。


私はノートを閉じ、軽く伸びをしてから教科書をまとめて、机の中にしまう。中に手を入れたとき、何か違和感に気づいた。


……机の中に、見慣れない“白い封筒”が入っていた。


(……え? 何これ)


封筒は真っ白で、印刷もロゴも何もない。ただ、封の裏側、差し出し口の内側にだけ、小さな丁寧な文字で「瀬名さんへ」とだけ書かれている。


まるで誰にも見られたくなかったように、静かに置かれた封筒だった。 結城が私の左で騒いでいる。「これ見て! 卵焼き焦げてるんだけど、芸術レベルじゃない?」 けれどその賑やかさとは裏腹に、私の頭は一気に静かになった。


(誰が? 何のために?)


そっと封を開ける。 中には、薄い便箋が一枚だけ入っていた。


『いつも静かに佇んでいるあなたが気になっています。 よければ、お話しできませんか。 場所は、放課後、図書室の窓際で——』


文面は、達筆でもなければ、派手な装飾もない。 けれど、一言一言が妙に整っていて、真剣な気配が滲んでいた。


(この文体……なんか“教科書っぽい”というか……年上感ある……)


現実味がない。 だって、私は“こういうの”をもらうようなキャラじゃない。 むしろ避けられる側だと思ってた。


「……紫音ちゃん、それなに?」


はっとして顔を上げると、隣で弁当を広げていた結城が、箸を止めてこっちを見ていた。


「封筒……? えっ、なにそれ? それって、まさかの……え、手紙!? 読ませて!」

「ちょっ、だめ」

「えー! ケチー!」


身を乗り出す結城に慌てて封筒を胸の前に抱える。


「ちょっと見せてよ〜。え、なに? ラブレター!? えっ、まさか!? 私!? いやいや、私じゃない!でももし私だったらどうする!? …いや違うって言ったでしょ」

「ほんとに騒がしいな……」

「で、で!? 誰からなの!? クラスの誰!? それとも隣のクラス!? え? えっ!? えっ……紗月ちゃんじゃない?」


そのときだった。


「違うわよ」


紗月さんの声が、思いのほかはっきりと響いた。 教室のざわつきの中でも、なぜかそれだけがくっきりと耳に届いた。


結城はにやっと笑いながら、「おっとぉ〜」と首をすくめる。


「そんな即答されたら逆に怪しくなるってやつだね〜」

「黙りなさい、結城さん」

「え〜!......あれ?この筆跡、なんか見覚えある気しない? ねえ紗月ちゃん、筆跡見せてくんない?」

「断るわ。提出する義務はないもの」

「ぎゃーん、冷たい〜〜! 公開捜査だったのに〜〜」


そして突然、結城が鼻を手紙に近づけてくんくんし始めた。


「…… これ、匂いする。ほら、なんか……柑橘系っていうか、柔軟剤みたいな……え、匂いつき便箋!? 本体の香り!? えっ、恋文の香り!?」

「落ち着いて」

「むり〜。この香り、犯人のヒントでは!? ねぇ、紗月ちゃん嗅いでみてよ」

「嗅がないわよ。くだらない」


その言葉が出た瞬間、紗月さんの表情が微かに揺れた気がした。


そのやり取りを聞きながら、私はそっと便箋をたたみ、封筒に戻す。 机に突っ伏すわけにもいかず、でも手紙の内容がずっと頭の中で繰り返されていた。


(……どうするべきなんだ、これ)


まさか、こんな展開になるとは。 放課後、図書室の窓際。明らかに“話すだけ”の雰囲気じゃない。 でも、断る理由も、行く理由も、どっちも浮かばなかった。


そんな私の様子を見ていたのか、紗月さんが、視線を落としたままぼそっと言った。


「……興味は、あるの?」

「え?」

「その手紙の相手に。会ってみたいとか、話してみたいとか、思ったのかしら?」

「いや……別に、考えてない」

「ふうん。じゃあ、いいわ」


そのあと、ほんの一瞬の沈黙が落ちた。 私は、なんとも言えない居心地の悪さで、ごまかすように水筒を開けて一口飲んだ。


結城が箸を置いて、わざとらしく咳払いした。


「っていうか、紫音ちゃんって、ラブレターもらって戸惑うタイプなんだね」

「そりゃ戸惑うでしょ。こっちは男だぞ」

「……え? どゆこと?」


しまった、と思った。 けれど、すぐに言い直す。


「……いや、ほら、感覚的に。まだそういうのに慣れてないって意味」

「ん〜〜? 怪しいなぁ〜〜? なにそれ、元男子みたいなこと言ってる」

「そっちの方向のネタじゃないから。ちょっと黙ってて」

「い〜や〜〜〜〜」

「ほんと黙りなさい」


紗月さんが鋭く言うと、結城はすぐに「ひゃいっ」と口をつぐんだ。

そして少しして、結城が小さな声でつぶやいた。


「……で、紫音ちゃん、その人に会ったりするの?」

「……さあ、どうだろう」

「一人で?」


その声に、さっきまで黙っていたはずの紗月さんが、ほんの一言だけ割り込んできた。


「……他に誰が一緒に?」

「えっ……誰って、別に……」

「……」


言葉のやりとりはすぐ終わる。 でも、空気の温度だけが妙に変わった気がした。

昼休みの喧騒の中で、私の中だけは静かだった。 だけど、封筒の感触だけが、妙に手に残っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ