恐田さんの恐れない日常
唐突になり始めるチャイムが、7時間目の数学の授業の終わりを告げた
生徒達の表情は一気に緩み、学級委員の号令を今か今かと待っている
「起立、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
数学担当のおじちゃん先生が「はぁ〜い、ありがとうございましたぁ〜」と、のほほんと答えて授業が終わると、一気にクラスは騒がしくなった
ほとんどの人は帰宅準備を始め、もうすでに廊下に出て行った人もいる
「先生」
「ん〜?おぉ、恐田かぁ!どぉしたぁ?」
「教科書112ページのこの問題についてなのですが…………
一人の女子生徒は皆がつまらないと言う授業にもかかわらず、真面目に質問に行っていた。
「やっほー!たけちゃん、眼鏡っ娘いる?」
「眼鏡っ娘って呼んでやるなよ…、恐田なら今質問に行ってる」
そう行ってたけちゃんと呼ばれた男子生徒は教壇を指差した
「眼鏡っ娘め〜…、真面目かぁ〜?
もうすでに学年一位なのに全国の上位まで食い込む気かぁ?」
「学年一位で満足しているようでは受験に失敗するので、上を目指すに越したことはありません。…あと一華は眼鏡っ娘という呼び方をやめるように何回も言っているでしょう」
眼鏡をかけた真面目な女子生徒、恐田水樹の席はたけちゃん……もとい、竜胆タケルの席の隣である
先ほどからうるさ…元気なポニーテールの女子は立花一華、竜胆の彼女であり、恐田の高校初めての友人でもある
「それで、一華は私に何の用ですか?」
「ふふーん、聞いて驚け!
私はあの有名スイーツ店の割引券を手に入れたのだぁ!」
「……言っておきますが、時間がないのでこれから一緒にとか言われても無理ですよ」
「まあまあ最後まで聞きたまえよ
なんとなんと、4人分の割引券を手に入れたのだぁ!」
水樹がピクリと反応する
「まあ私はぁ?この顔が怖くて身長高くてかっこいいくせに甘党な可愛い可愛い彼氏のたけちゃんと一緒にぃ?このスイーツ店にいくんですがぁ?残った2枚をどうしちゃおっかな〜って感じでぇ?せっかくだから水樹に贈呈しちゃおっかな〜?なんて思ってたりしてぇ?」
「………」
「…まあ、一華がいつも恐田に迷惑かけてる分のお返しだと思って受け取ってあげてくれないか?」
あまりのウザさに黙ってしかめっ面をしていた水樹にタケルが声をかける
タケルの顔のひきつり方からして、余程酷い顔をしていたようだ
「……なら遠慮なくいただきます」
「そうこなくっちゃ!
水樹のことだからあのお姉さんといくんでしょ?あとで惚気聞かせてね〜!」
「はい、いいですけど…
話を最後まで聞いてから帰りなさいよ、あの子は…」
「すまない、一華がお騒がせしました」
「いえ、タケルさんが謝る必要はありませんし、もう慣れているので…」
「そっか、ありがとう
デート楽しんで」
そう言ってタケルはのんびり立ち上がり、ゆるりと手を降ってから一華を迎えに行った。
水樹も手に持ったままだった数学の教科書をリュックにしまい、しっかりと背負ってから教室を静かに出ていく
今日は水曜日…
確か今日は鶏肉が安かったから鶏ガラ風味を少し入れた鶏肉とほうれん草のホワイトスープを作ろうかな
昇降口を出て、最寄りのスーパーへと向かう
スーパーの入り口にはられている広告をチラリと見ると、記憶通り、今日は鶏肉セールの日だった。
カゴを腕にかけ、マイバックと財布をポケットに入れておく
野菜コーナーで偶然安くなっていたほうれん草をカゴに入れ、魚コーナーをさっさと通り抜ける
肉コーナーで鶏胸肉のパックをカゴに入れ、ついでにカシューナッツも一袋手に入れる。
「ポイントカードお願いします
あ、レジ袋は大丈夫です」
レジでお金を払い、慣れた手つきでマイバッグに商品を詰めていく
たくさん買ったわけではないために軽いバッグを肩にかけ、やっと水樹は帰路につく
だいたいいつもこんな帰り道だが、決して不満に思ったことはない
家に着き、エレベーターで3階に上がり、鍵を開け、電気をつける
そこは一人で暮らすには広すぎる1LDKのマンションの一室。
靴を脱ぐとすぐに冷蔵庫に向かい、夕飯の材料がちゃんと残っているかを確認する。
先ほど買った食品をしまったら、バッグをたたみ、手を洗う
もちろんうがいも忘れない
「よし、始めますか」
そう行って水樹はエプロンを着けた
それから1時間ほどで、水樹はスープを作り、サラダやご飯、そして軽く食べられそうなおつまみを作り終えた
このおつまみはもちろん自分用ではない
お酒に合いそうなこのおつまみを食べるのは……
ガチャ
「ただいま〜……
おぁ〜…いい匂い、みーちゃん今日の夕飯なに〜?」
そう言いながらよろよろとダイニングに入ってきたこの女性である
「おかえり、くるみさん」
この人は熊谷胡桃さん
社会人で結構大きな会社に勤めているOLさんでまだ24歳くらいなのに自立して生きていけるくらいの収入がある凄い人
この部屋を借りているのもくるみさんで、私はそこにルームシェア……というか居候させてもらっている
「今日のご飯は鶏肉とほうれん草のスープがメインです
サラダとか主食とかおつまみもありますよ」
「おぉ〜!……缶一本開けていい?」
「いいですよ、一週間折り返しのご褒美です」
「やったぁ!」
私は居候させてもらうお詫びに家事全般を手伝っている
特に夕飯は私の方が帰るのが早いこともあって、ほとんど私が作っている
「じゃあくるみさんは手を洗って服着替えてきてください、ご飯出しときます」
「は〜い、ありがと〜!」
そう返事をしてくるみさんは洗面所へと走っていった
すてててーと音がしそうなその愛らしい姿に、水樹の頰が緩む
「…ご飯よそっちゃお」
くるみの可愛さに口元をニマニマさせながら、水樹はせっせとご飯をよそり始めた
「いただきま〜す」
「頂きます」
二人でダイニングのテーブルを囲み、食事を始める、いつもの光景だ
「ん〜!」
くるみさんはスープを頬張って、キラキラ輝いた目でこっちを見つめてくる
お気に召したみたいだ
「みーちゃんみーちゃん!このスープおいしいねぇ!」
そう言ってまたすぐにパクパクもぐもぐするくるみを見て、水樹も満足げに微笑む
普段の学校生活では絶対に見られないほど慈愛に満ちた、とろとろの微笑みである
「お口に合ったようで何よりです」
心なしか声も甘いものになっている
くるみさんは食べるのが早い
もうすでにおつまみ以外は食べ終えている
しかも食べているところが小動物みたいで可愛い
ハムスターが一生懸命もぐもぐしているみたいで最高に愛らしい
ハムスターとくるみさんを並べて愛でる妄想をしながらサラダを食べていた水樹は、ふと、今日一華からもらった割引券のことを思い出した
「くるみさん、今日友人からスイーツ店の割引券を譲り受けたのですが、二人分いただいたので一緒に行きませんか?あしたの祝日は空いていましたっけ?」
「スイーツ店?いいけど…」
くるみはそこで言葉を切り、次の瞬間、いたずらを思いついた小学生のようにニヤリと笑う
「……もしかしてみーちゃんは私をデートに誘ってるのぉ?そんなに私のこと好きなんだ?へぇ〜、そうなら一緒に行ってあげても……」
「はい、好きですけど」
「……へ」
「だから、私はくるみさんのことが好きです。
なので一緒に行きましょう。デートのお誘いでもあながち間違っていません」
「……ふぇ//」
「というか居候させてもらうことになった時言いましたよね?
私はくるみさんが大好きです。人間としても、恋愛対象としてもあなた以上の人はいないと断言できるほど好きです
襲うかもしれませんけどいいですか?って」
「まさかこんな真面目そうな子が私みたいなダメ人間本気で好きだと思わないじゃん!!
最初のこの部屋の散らかり具合見たら絶対幻滅するしいいでしょって思ってたのに……」
「むしろ愛おしいです
仕事中は頼りになるバリキャリなのに家ではダメ人間とかギャップ萌えが過ぎます。そんなところ含めて大好きです」
「うぅ…
そんな褒めないで…溶けちゃう…」
そう言いながらグニュ〜と椅子からずり落ちていくくるみを見て、水樹は理性が吹き飛んだ
「くるみさんはなんなんですか、可愛過ぎます
こんな姿会社で見せてませんよね?
こんなに可愛いくるみさんは私だけのものなんです
ずっと私のそばにいてください、というか結婚しましょう」
「時々始まるその暴走勘弁してぇ…….
ほんとに恥ずかしくて死んじゃう…」
「いいえ辞めません、くるみさんは自己評価が低過ぎです
魅力的なスタイルに最高の顔、さらっさらのウルフヘアと中性的でイケメンな姿とは裏腹に照れたり酔ったりするとゆるゆるふわふわモッチモチの無防備あざと女の子になるところとか私の好きな食べ物とかさらっと用意してくれたり寝落ちした時布団まで運んでくれたりする小さな気遣いも欠かさないとか全部が最高で大好きなんです
もっと自信持ってください」
「うぅ………//」
「あともっと言うなら家で仕事の電話が来た時に聞けるハスキーボイスとか真面目な顔も大好きですし、毎日料理を美味しいって言ってくれるところも大好きで、あと….
「ストップ!!スト〜〜〜〜ップ!!!
私が悪かったから…もうやめて…
これ以上はほんと……とけちゃいそうで……」
恥ずかしさのあまり目に涙を浮かべて上目遣いでこちらを見て来るくるみの破壊力に、水樹は完全に、スイッチが、入った
「えっ、えっ、何!?みーちゃん!?」
無言でくるみを横抱きにすると、水樹はそのまま寝室へ連れ込む
ベッドの上にくるみを投げ、水樹は制服を適当に脱ぎ捨てた
「くるみさん、明日祝日ですね」
「……ぅん」
「絶対に、寝かせませんから」
恐田さんは、初めての攻めだって、恐れません