9. トレント
「たいへんでーす、トレントが出ましたー」
「なに、トレント」
「やばい」
長命で知的なトレント。味方になってくれれば心強いが、敵に回れば町が破壊される。畏怖されている魔植物だ。
「穏便に、お話し合いをしてくるわ」
マーゴットは、お気に入りの巨大草刈りハサミを肩に乗せる。まったく、どう見ても穏便ではないが。マーティンと護衛は、いつでもマーゴットを止められるよう、ピッタリと後をついていった。
マーゴットが刈りまくった野原と森の境に、確かにトレントがたたずんでいる。静かで穏やかでのんびりと表現されることの多いトレントだが。
「三つの質問に答えてやろう」
厳かな口調で、いきなり突飛なことを言い出した。
「魔植物がモッ」マーゴットが話し出したとき、お世話猫がモフっとマーゴットの口を押さえた。
お世話猫がマーティンと目を合わせる。マーティンは何度も頷いた。
「考える時間をください」
マーティンはトレントに丁重に伝えてから、マーゴットにささやく。
「一緒によく考えましょう。叡智と称されることの多いトレントです。こんな機会は二度とないかもしれません」
お世話猫はそろーりとマーゴットの口から手を離す。マーティンとマーゴットは、トレントに背を向けてヒソヒソコソコソ話し合う。
「え、いや、それは。うーん、どうなんでしょう」
「だって、三つって言ったでしょう。三つには違いないではありませんか」
「許されますかね」
「試す価値はあるんじゃないかしら」
自信たっぷりなマーゴットと、挙動不審のマーティン。大体いつもと同じだ。
「では、一つ目の質問です。お願いします」
マーゴットはハキハキと言う。聞き取りやすく、誤解のないように、きっちりと。それが大切だろう。
「居住区に魔植物が出る昨今ではありますが、理由が定かではなく、しかしながら島には他の問題もあるわけで、例えば塩害、水不足、雨が降らない、夏が暑い、一体どこから手をつけようか頭を悩ませたり、色んなことがあるけれど、こうすると島がよくなるよって手っ取り早いなにか、包括的かつ抜本的な解決策はありますか?」
ふいー マーゴットはやり遂げた満足感で長い息を吐く。パチパチとお世話猫が拍手し、マーゴットの額の汗を拭いた。マーティンは半目で遠くを見ている。
「ふたつ目の質問です。お願いします」
「待てーい」
トレントがグラングラン揺れながら、大きな声を出す。
「質問が長ーい」
「そりゃあ、そうでしょう。三つなんてケチくさいことおっしゃるから」
お世話猫がそっと手をマーゴットの口元に近づける。
「そなた、それは、なんというか。うーむ。ズルくないか」
「ズルくないです」
マーゴットは胸を張って、腹から声を出した。こういうのはオドオドすると負けだ。
「うー、仕方がない。自分で答えにたどり着いてもらいたかったところだが」
トレントはブツブツ言いながら、木の体の中から葉っぱの包みと古そうな紙の束をくれる。マーゴットは満面の笑顔で受け取った。
「これ、しっかり持っててね」
マーゴットは即座に包みと紙の束をお世話猫に渡す。自分で持っているより、安全そうだし安心だ。お世話猫は嬉しそうに、どこかにしまった。
「それでは、達者でな」
「待てーい」
今度はマーゴットが大声を張り上げる。
「まだあと二つ質問が残っていまーす」
「そなた、図々しいな」
「いやいやいや。三つって言いましたよね」
マーゴットは絶対に逃がさないと、ズンズン近寄る。
はあー トレントは深いため息を吐いた。マーティンは目を閉じて無になっている。
「仕方ない、聞いてやろう」
「ふたつ目の質問です。包括的で抜本的な解決策を与えていただいたっぽい予感はありますが、本当に効果があるのか、はたまた我々に実行できるのか定かではないところもあるわけで、今後、叡智と呼ばれるトレントさんにご相談したいときはどうすればいいですか?」
「お世話猫に言えば、ワシのところまで案内してくれる」
トレントは渋々答えた。
「ありがとうございます。では、三つ目。島の問題をある程度解決し、それなりに豊かになったとして、今後永続的に領地を栄えさせるには、漁業と農業以外の何かが必要だと思うのですが、何がいいですか?」
「そうだの。まずは、先ほどの紙の束をよく読み、対策してみればいい。その後、誰か人間の知恵者がここを訪れるであろう。その者と話せば何かが見える」
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
マーゴットとマーティンはきっちりと頭を下げた。トレントは疲れ切った様子で森に消えていった。
「やりました」
マーゴットがピョンッと跳びあがり、お世話猫と手を合わせる。マーティンは抜け殻のようになっている。
「マーゴット様は、すごいですね」
マーティンの言葉に、気が遠くなる思いで見ていた護衛たちが深く深く頷いた。