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8. 魔植物の萌芽


 マーゴットは毎日、朝日がうっすら昇ったあたりでムクッと起き上がり、草刈りに行く。お日様が元気だと、草は毎日毎日、それはもうしつこく伸びる。油断すると、どんどん増える。定期的に、こまめに殲滅せねばならないのだ。


「おはようございまーす」

 マーゴットが生き生きと刈っていると、眠い目をこすりながら、農家の人々もやってくる。


「マーゴット様、いつもありがとうございます。私たちの畑まで刈ってくださって」


 農民はペコペコと頭を下げる。


「いいのよー。そのための草刈りスキルじゃないの。がんがん刈るわよ」


 大きな草刈りハサミを持って、バリバリと草を刈っていくマーゴットは、客観的に見てとても怖い。目がランランギラギラしている。興奮した雄牛みたいだ。もう、草しか見えてませんって感じ。

 どんどんと刈られて、スッキリしていく農地を見て、村人たちは感嘆の声をあげる。


「もう、規格外すぎる」

「これがスキルの力」

「私たち凡人とは速さが比べ物にならない」


 褒められて気をよくしたマーゴットは、もっとがんばる。応援するだけで、結果が得られてしまう現状に、人々は恐れ入った。


「本当にありがとうございます。草刈りって拷問みたいだなって思っていたんですが」

「ああー、騎士団に聞いたことあるわ。ひたすら穴を掘らせて、その後また埋めさせるっていう拷問があるんですってね。生産性のない、意味のない作業って心折れるわよね」


 刈っても刈っても、翌日にはニョキニョキ伸びていく雑草。スキル持ちでないとむなしくなるかもしれないな、マーゴットは思う。


「東方の国では、草刈りは賽の河原の石積みって言うんですって。石をどんどん積み上げて、魔物に崩され、またどんどん積み上げてって。それを繰り返す拷問があるらしいです。東方から来た旅人が言ってました」

「やってもやっても努力が報われないと、イヤよねえ」


 分かる分かる。うんうん。皆が山と積まれた雑草を見てうなずきあった。


「でも、マーゴット様がいらっしゃってから、明らかに雑草の勢いが弱まりました」

「前は、本当に、やってもやっても終わりが見えなくて」


「ああ、私って植物に恐れられてるから。みんな委縮しちゃうのよねえ。雑草はそれでいいんだけれど。野菜まで怖がるとまずいじゃない。だから、トムから野菜接近禁止令が出てるの」


 マーゴットの言葉に、農民たちが顔を見合わせる。


「マーティン様と逆ですね。マーティン様がいらっしゃると、野菜が大きくなるんです。ですから、マーティン様がもっといらしてくださるといいのですが」

「そうなの? マーティンさんは野菜を成長させるスキル持ちなのかしら?」


「いえ、そのう」農民たちは言いにくそうに口をモゴモゴさせる。

「マーティンさんは肩もみスキルのはずです」


 ひとりが小声でこっそり言う。


「肩もみは野菜とは関係なさそうねえ。でも、実際に野菜が大きくなってるなら、もっと来てもらえばいいんじゃないかしら。私から頼んでみるわ」

「ありがとうございます」


 いくら気さくな領主とはいえ、農地に頻繁に来てくださいと頼むのは気が引ける。農民たちは、マーゴットの言葉に笑みを浮かべた。


 

 マーゴットの提案を快く聞き入れたマーティン。毎日、時間を取って農地を見回るようになった。


「やっぱり、マーティン様がいらっしゃると、野菜の成長が早いように思います」

「不思議なこともあるものだ。私が見回るぐらいで野菜が大きくなるなら、いくらでも来よう」


 マーティンは執務をなるべく早く切り上げて、畑を訪れる。ところが、いいことばかりではなかった。

 マーゴットはある日、朝の草刈りのとき、魔植物に遭遇した。


 ツンツンとお世話猫に背中をつつかれ、猫の示す方向を見るマーゴット。畑のそばに、なにやら怪しい気配。マーゴットはゆっくり近づくと、じっくりと観察する。

 ナス科特有の紫色の花、炒めたらおいしそうな分厚い葉、ウゴウゴと怪しく動く地面。


「マンドレイクね」

 マーゴットの言葉に、畑で農作業していた人たちが、ポトリと鍬を落とす。


「ええっ、マンドレイク」

「やばい」

「そんなの、今まで居住区に出たことないのに」


 農民たちが青ざめる。マンドレイク、引っこ抜くときに、すごい叫び声を上げる植物だ。ウネウネもぐもぐと、不気味な動きも嫌われるゆえんだ。

 駆けつけたマーティンと護衛たちが人々を遠ざける。


「任せてくださいな」


 人々が十分に離れたところを見計らって、マーゴットはおもむろに葉っぱをつかむと、「キイァアアアアアー」と、とてつもない奇声を発する。皆、あっけにとられながら、両手で耳をふさいだ。マーゴットの耳は、お世話猫がモフっとふさいだ。


 マーゴットがマンドレイクを引き抜くと、マンドレイクも悲鳴をあげる。きっとあげている。マーゴットの金切り声の方がひどくて、マンドレイクの声は聞こえない。マンドレイクはイヤそうにそっと口を閉じた。


「よっしゃ」マーゴットはすかさずマンドレイクの口元を葉っぱでグルグル巻きにする。

「あなたね、これからは叫ばず歌いなさい。美声よ。無理なら。そうねえ、マンドレイクって、いい薬になるのよねえ」


 マーゴットはこれみよがしに草刈りハサミをカシャンカシャンする。マンドレイクはプルプルと揺れ動く。マンドレイクは、屋敷の庭園に植え替えられ、爽やかな歌声を響かせるようになった。


「美声だし、心が洗われるが。なぜマンドレイクが現れたか、原因をつかまないと」


 マーティンは領地の歴史を記した覚書を調べるが、何も分からない。

 急遽、魔植物の勉強会を開催することになった。魔植物に一番詳しいマーゴットが、教師役を引き受ける。


「ひとまず、主だった魔植物を見分けられるようにしましょう。見つけたら、すぐにマーティンさんと私を呼んでください」


 マーゴットは黒板に次々と魔植物の絵を描いていく。


「皆さんご存じのマンドレイク。男性をあの手この手で誘惑するアルラウネ、ドライアド。虫を食べる食虫花、人を食べる食人木」


 うわーん、子どもたちが泣き始めた。マーゴットは絵を描く手を止め、振り返る。


「あの、マーゴット。絵が、生々しすぎて、怖い」


 写実的でとても細かいマーゴットの絵。今にも動き出しそうで、大人でも背筋が凍る完成度の高さ。


「絵は、俺が書くから。マーゴットは説明だけしてくれる」


 トムがマーゴットの手から白墨を取り上げる。マーゴットは不満そうだが、子どもに泣かれては仕方がない。肩をすくめて、説明を続ける。


「マイコニド、歩くキノコね。食べられるかどうかは、諸説あるけれど」

「食べない方がいいと思うよ」


 トムは苦笑しながら、キノコの絵を描く。特徴をとらえ、適度に抽象化されたトムの絵は、怖くない。そして分かりやすい。子どもたちの顔に笑顔が戻った。

 マーゴットとトムの連携により、島民たちの魔植物の知識が深まった。


 

 原因が分からないまま、またしても魔植物が居住区に現れる。


「たいへんでーす、バロメッツが出ましたー」

「バロメッツ」


 駆けつけた農民の叫びに、トムが先に反応した。


「メロンのような実に羊がなるあれか。島の食糧事情が劇的によくなるよ」


 メロンに羊かー。果物と肉が同時にとれるのか。それはすごい。みんな、興味津々で見に行った。確かに、野原にバロメッツがなっている。まだ一本、というか一匹というのか、とにかくひとつだ。ニュっと伸びた茎の上に子羊がなり、器用に周りの草を食べている。


「大きくおなりなさい。おいしくおなりなさい。草は、毎日新鮮なのを運んであげます」


 マーゴットが重々しく告げる。

 なんせ、毎日大量の草を刈っているのだ。バロメッツが食べるものはいくらでもある。


「メエェー」


 バロメッツは、はーいという感じで鳴いた。食べられる運命なのに、健気だ。島民は少し哀れになった。でも、メロンと羊肉は食べたいので、そっと考えることをやめた。弱肉強食、食物連鎖。それは世のことわりなのだ。仕方のないことだ。

 日に日にバロメッツが増える。島民たちは、心を込めてお世話をした。



「たいへんでーす、ドライアドが出ましたー」

「ドライアド。男性を誘惑する木の精ね。植物界のサキュバスね」


 狙った男を甘美な夢で誘惑し、人体の限界を超えた快楽を与え、絶命させる。淫魔サキュバス。厄介だわ。マーゴットはマーティンを待たず、さっさと農民と向かう。


 駆けつけた先には、あられもない、ほぼ裸体に近いドライアドの乙女たち。そして、乙女たちに絡みつかれているトムの姿。


 ジャキンッ マーゴットの草刈りハサミが、かつてない音を立てた。

 トムにまとわりついているドライアドたちが、シャーッと猫のように歯をむき出す。

 シャーッ マーゴットの後ろでお世話猫が本物のシャーッを見せた。マーゴットの髪が揺れ、ドライアドたちは、ヒッと抱き合う。


 ジャッキンジャッキン マーゴットは大きな目をさらに見開いて、大事な仕事道具を開けたり閉じたり。ギラリと輝く鋭い刃先。キャッとドライアドは小さな悲鳴をあげる。


「男性たちが自ら望めばねえ。それを私が止めるのはヤボだと思うけれど」

 マーゴットはいつになくどす黒い声を出す。


「でも、騙してたぶらかして、気づいたら何年もたってたとなるとねえ。かわいそうじゃない。ほどほどにね。そして、分かってるわよねえ」


 マーゴットは、ドライアドとトムを交互に、何度もしつこく、順番に見た。ドライアドはパッとトムから離れる。マーゴットは半目で、重々しくうなずいた。


 固唾をのんで様子を見守っていた農民たち。ドライアドが消えると、スススッとマーゴットから距離を取る。もしかして、だって、あれって、ねえ。そんな、なんとも言えない雰囲気で消えて行く農民たち。


 残されたふたりは、気まずい雰囲気で向かい合う。

「ごめん、ついうっかり」

「気をつけなさい。いつでも私が助けられるわけじゃないのよ」


 気まずそうに頭をかくトムに、厳めしい顔でマーゴットが重々しく告げた。


***


 マーゴットとトムが少し気まずくなっているとき、王宮ではフィリップ王が困惑していた。


「庭に魔物が? まさか」

「植物系の魔物が暴れております。マンドレイク、ドライアド、トレントなど」

「はあっ?」


 フィリップが軍を率いて庭園に行くと、植物たちが荒ぶっていた。雑草は伸び放題、木も生い茂り、森のようになっている。


「なんだこれは。庭師はどこに」

「それが、マーゴット様が去られたあと、ひとり抜け、ふたり抜け。いつの間にか人手が足りなくなり」

「クッ、植物の魔物など、私のスキルにかかれば一瞬で」


 フィリップは剣をふるうが、植物たちはのらりくらり、ゆらりはらりと逃げ、なかなか倒せない。その日は、植物討伐で一日が終わってしまった。


「陛下、マーゴット様とリタ様を呼び戻してはいかがでしょう。聞くところによると、マーゴット様の草刈りスキルのおかげで、庭園が平和だったようです」


 フィリップは仏頂面で答えない。


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