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7. お世話猫


 モフモフ猫が抱っこして歩こうとするのを、マーゴットは慇懃に断った。そこまでは、望んでいない。子どもじゃないんだし。幼いときだったら、堂々と抱っこで歩いてもらっただろうけれども。マーゴット十七歳、矜持はある。今のところは。


 でも、手はつないだ。フワフワに包まれ、プニプニの肉球を堪能する。尊い。動物とここまで密接したのは初めてだ。マーゴットの頬はほのかに上気し、目は潤み、頭はお花畑。まるで恋する乙女のよう。


 ポヤポヤした気分で屋敷の方に戻ると、マーティンと畑を見ていたトムがすごい勢いで近づいてくる。マーゴットはパッと猫の手を離した。なんとなく、その方がいい気がして。


「マーゴット、その猫。なに?」


 二足歩行の巨大猫。そういえば、普通じゃないですよね。今更ながらマーゴットは思い当たった。猫とトムは、マーゴットを挟んで見つめ合う。かすかに緊迫した空気が流れる。


「えー、この猫。メスだから。大丈夫」


 何が大丈夫なのだか。言いながらおかしくなったけど、マーゴットは緊張をやわらげようと言ってみる。


「あっそうなの。じゃあいっか」


 何がいいのか、トムよ。でも、トムと猫の間の何かは消えてなくなった。


「いやいやいや」そこにマーティンが割って入る。「もしかして、伝説の、お世話猫様では?」

「どうなんでしょう?」


 マーゴットが首をかしげ、皆の視線が巨大猫に集中する。猫はモジモジしながら、はにかんだ様子で小さくうなずく。


「お世話猫の伝説ってなんですか?」


 呆然としているマーティンに、マーゴットが興味津々で問いかける。


「領地に幸福をもたらす守り神と言われています。まさか、実在するとは」

「へーそうなんですね」


 それは、すごい。すごいけど、守り神にしては距離感がおかしくないだろうか。こんなに堂々と表に出てきていい存在なのだろうか。マーゴットが疑問に思ったとき、マーゴットのお腹が王女にあるまじき音を立てた。お世話猫がそっとマーゴットの耳をふさぐ。


「私の耳ふさいでも、意味ないでしょう」


 マーゴットは顔を赤らめながら猫の手から逃れる。猫は、他の人の耳をふさごうとワタワタしているが、マーゴットが冷静に止める。


「お昼ごはんが出来ていますから、皆で食べませんか」


 マーティンが何も聞こえていませんよ、という風に話題を変える。とても紳士的で好感がもてるではないか。マーゴットとお世話猫はマーティンを感謝の目で見る。


 庭の大きなテーブルに、焼き立てのパンとゆで卵とサラダと魚介のスープ。そのときお屋敷にいた面々が集まり、席に着く。王族、貴族、平民がごたまぜで座る。それが新しい習慣だ。マーゴットと共にやってきた人たちが、身分がバラバラだったからこうなった。


 あまり大人数で食事することのなかったマーティンは、最初はとまどったが、すぐに慣れた。領地をよくしようと自由闊達な意見が出るし、何より楽しい。


 お世話猫は、かいがいしくマーゴットのお世話をしてくれる。手の汚れをサッときれいにし、パンやサラダを美しく皿に盛ってくれた。


「ありがとう。でも、あなたも座って食べたらいいのに。あ、猫が食べられるものじゃないかしら」


 お世話猫は、とんでもないという表情で、両手と首を振る。


「マーゴット様。お世話猫様は、お世話して感謝されることが生きがいと伝わっております。ですから、大丈夫ではないかと」


 マーティンが助け船を出し、お世話猫はそうそうと言いたげに小刻みに体を揺らす。


「そうなのね。ありがとう」


 マーゴットのお礼をうやうやしく受け止めた猫は、他の人たちの面倒も見てくれる。


「守り神にお世話をされるなんて、いいのかしら」

「かわいいモフモフ猫に給仕されるなんて」

「贅沢の極み」


 モフ猫が大好きな女性たちは、感動で身を震わせている。


「ここに来てよかったー」


 皆の声に、領主マーティンは情けない声を出した。


「ありがたいことです。来ていただき、何もかもしていただいた上に、伝説のお世話猫まで」


 ううう。マーティンはポロリと涙を流す。サッとお世話猫がハンカチをどこからともなく取り出し、ソッとマーティンの涙を拭いた。優しい空気が流れる中、皆の話題は地質の話になっていく。


 マーゴットが草刈りに励んでいる間、王都から来た庭師たちは、色んな場所の土を調べているのだ。トムが口火を切って、庭師たちが次々と意見を出す。


「予想していたより、塩分濃度が高い。よくこれで野菜が育ってるなと」

「雨が降らない割には、多様な植物がありますね」

「水持ちの悪そうな土壌なのに、不思議」

「塩害に強い野菜が多い。でも、塩害に弱いキュウリやイチゴが無事なのがなあ」


 塩害に強いトマト、ブロッコリー、アスパラガスと、なぜあるのか不思議なキュウリもサラダに入っている。デザート用のイチゴもある。

 熱心に皆の話を聞いていたマーティンが、ビールの入ったグラスを引き寄せながら補足する。


「でも、小麦はダメで、大麦だけです。大麦はビールを作るにはいいけれど、パンは無理。パン用の小麦は買っています」


 なるほど。なぜ昼から食卓にビールが並んでいるのか疑問だったけれど。そういう理由だったか。いや、そうか? 領主が飲みたかっただけでは?

 皆の視線は、ビールがたっぷりと詰まってできあがったような領主のお腹周りに集中する。


「このトマト、甘くておいしいです」


 マーゴットがサラダをモリモリ食べながら、頬を押さえる。


「本当だ。小さいけど、ギュッと旨味が詰まったいいトマトだ」


 トムが感心しながらサラダを食べる。


「塩が多い土で、水分を十分にとれないから、小さくなるのです。でも味がしまります。健気な野菜なのです」


 マーティンの言葉に、王都からやってきた面々がうつむいた。小さく誰かが言う。


「まるで、私たちみたいです」

「役に立たないスキルだけど。小さいスキルだけど、がんばってます」

「おいしい野菜を育てましょうよ。そして、小さいけどおいしいって、売り出しましょう」


 トムが力強く言い、マーティンが目を輝かせる。皆の心がひとつになった。王都よ、見ておれ。


***


 不毛の地ユグドランド島で皆が一体になったとき、王宮では覇王フィリップがしかめつらをしていた。


「最近、パンがまずいな」


 晩餐の席でのフィリップの言葉に、女中や侍従の動きが止まる。


「リタ様、マーゴット第七王女殿下の母君が、おいしいパンを焼くスキル持ちでしたから」


 侍従が小声で伝える。


「そうか」


 フィリップはモソモソとパンを食べる。

 部屋に沈黙が広がった。


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