6. 毛玉
今日も今日とて、マーゴットは未開の地を伐採している。つき従う護衛たちは、いつも通り後方から感嘆の目で見ている。下手に近づくとマーゴットの集中をそいでしまう。手伝おうとしたところで、足手まとい。護衛たちは、いざというときのために準備万端で待ち構え、マーゴットが休憩に入ったら水を渡す、それぐらいしかできない。
草刈りをしているときのマーゴット。一心不乱で、周囲の物音はあまり耳に入っていない。これまでの経験でそれを理解した護衛たちは、マーゴットの邪魔にならない程度に実況して楽しんでいる。
「今日もやってまいりました。マーゴット王女殿下の勇ましい草刈りです」
「本日はですね、ユグドランド島の中心部付近に来ております。ええ、今まで足を踏み入れたことのない、秘境です」
「秘境というよりは、もはや魔境ですね。出ますねー、今日も、魔植物がワッサワッサと」
「おおーっとマーゴット王女、意にも介しておりません。一撃です。バッサリです」
「いやー、信じられません。我々だったら数十分はジタバタする魔植物ではないでしょうか」
「ツルがですね、牙を持っているとご想像ください。え、何を言っているか分からない?」
「ですよねー、実物を目の前にしている私たちでさえ、表現方法に困るシロモノ」
「なんでしょう。ツルがうねうね動くんですよ。ヘビみたいです。そして、棘がたくさんついていて、顔もあるんですよね。顔と言うか口?」
「パッカリ開いた穴に、牙がたくさんありますから。口でいいんじゃないですかねえ」
ヒソヒソと護衛たちは話し合う。あれ、牙だよなあ? うん、キバキバ。
「それにしても、いつものことながら、マーゴット王女、ためらいがありません」
「私たち護衛でも、魔物を屠るときは、多少、ちょーっとした心の葛藤があるんですよ」
「魔物とはいえ、命ですからね。神ならぬ、人の身で、やっていいのかと」
「とはいえ、やっちゃいますけどね、ええ」
「ためらったら、こっちがやられますからね」
「我々がやられたら、島民が次の被害者ですから。やられる前にやる。それが鉄則です」
うんうん、だよねだよね。護衛たちは頷き合う。
「マーゴット王女の場合はですね。どちらかというと、意識してない風味ですよね」
「全く表情が動きません。常に素晴らしい満面の笑顔です。お花畑を走り回る子犬みたいです」
「無邪気。無垢。あ、でもちょっと怖い笑顔か、あれ」
王女をあれ呼ばわり。他の護衛が頭をはたいた。
「とにかく、葛藤がなにも見えないんですよ。なんでしょうねー、あの感じ」
「うーん、例えるなら漁師が魚をさばく感じでしょうか。魚がビッチビチしますよね。でも漁師はいちいち気にしませんよね」
「ですねー。毎日の作業ですから。パンこねてるぐらいの勢いでしょうね」
「作業。作業工程ともなんかまた違うんだなー。仕事してるって感じがしない」
「どっちかというと、ただ歩いてるだけじゃね? 散歩」
「散歩のついでに、雑草刈ってて、知らないうちにアリを踏みつぶしてるぐらいの」
護衛たちは、それだっと手を打った。
「私たちには敵に見える魔植物ですが」
「きっとマーゴット王女にはアリ並みに、視界に入ってないんですよ」
「それだ」
「それだ」
マーゴットの評価が、よく分からないところで爆上がっている。上がっている、のか?
「おや?」「おやおや?」護衛たちは、一瞬とまどい、即座に剣を抜いてマーゴットの背後にピッタリつく。
「なにかしらこれ。ツタにグルグル巻きにされてる。繭みたいね。中に何か入ってるみたい」
マーゴットがしげしげと見つめる緑のグルグル。ビクビクっと動いた。
「殿下、おさがりください。ここは我々が」
護衛たちは死ぬ覚悟を決めた。命に代えても姫を守る、そんな騎士の誇り。マーゴットは、だが、受け止めてくれない。
「だーいじょうぶよー。毎日ものたりなくって。ちょっと待ってね。ここをチョキチョキっと」
バッシンバッシン マーゴットの草刈りハサミが緑のツタを切っていく。
「ニャー」モッフウ。護衛が止める間もなく、マーゴットは毛玉の中に。
「殿下ー」「殿下、ご無事ですかー」護衛たちは、毛玉に切りつけるべきか、どこからどうするか剣をあっちこっち動かしながら、必死に叫んだ。
「だ、大丈夫ー」
マーゴットは毛皮からなんとか顔を出すと、心配顔の護衛を見た後、毛玉と見つめ合う。
「この子、猫だからー」
そう、大きな大きなモフモフ猫が、マーゴットを愛おしそうに抱きしめている。忌まわしい気配はない。マーゴットもまんざらではなさそうだ。護衛たちは一触即発の警戒感を、少しだけゆるめた。
「あ、暑い」
モフモフの毛皮にギュウギュウされ、マーゴットはウグッとなる。巨大猫は、ハッとしたように、後ろに飛び退り、モジモジしている。
「あの、猫さん。そんなにありがたがってもらわなくて、いいのよ。チョキチョキってしただけだもの」
巨大猫は、首をフリフリしながら、じりじりとマーゴットに近づいてくる。
モッフゥッ またマーゴットは毛皮にうまった。猫は、どうしてもマーゴットを抱きしめたいらしい。待ち望んでいたモフモフ。マーゴットはモフモフを堪能することにする。暑いけど。
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