5. ハズレスキルとは
順調に仕事をしているマーゴット。領主マーティンは元より、島民一同から感謝されまくっている。
漁業と農業で暮らしている島民たち。ガサツで乱暴であけっぴろげ。全身真っ黒に日焼けし、手はゴツゴツと指が節くれだっている。
かたや王都からやってきた、見目麗しい王女様。たおやかで、おしとやかで、お美しい。まさに王女の中の王女。フォークとナイフより重いものなど持ったことなさそうな、真っ白でほっそりとした手。
「真っ白で細くて、キラキラして。お人形さんみたい」
本物のお姫様を、子どもたちはうっとりと眺める。
「こんな日差しのきつい島。マーゴット様のたまごのようなお肌がトマトみたいになっちゃうんじゃ」
「草刈りなんて、あんな王女様がおできになるのかしら」
「マーティン様、勘違いされたのでは」
「まさか騙されたんじゃ。マーティン様おひとよしだから」
大人たちはヒソヒソと心配している。
島民たちの心配は、翌日、根底から覆された。日の出と共に、太陽の柔らかい日差しを浴びて、まるで発光しているように輝くマーゴット。巨大な草刈りハサミを手に、闊歩している。大きくて零れ落ちそうなウルウルの瞳が、なんだかぎらついている。目があったら、取り殺されそうな、もとい、吸い込まれてしまいそうな迫力。にこやかで、ほんのり口角が上がっていたお上品な口は、ニカッとした感じに大きく吊り上がっている。取って食われそうだ。窓からこっそりのぞいていた島民たちは、マーゴットがこちらを向いたとき、ヒエッと小さく悲鳴をあげ、慌てて隠れた。
見てはいけないものを見ているような。深淵をのぞき込んだような。島民たちは、王国で最上位にあられる尊き王女マーゴットをカーテンの隙間からのぞき見る。
タンッ ウサギのようなかわいらしいおみ足が、雑草地に入る。
ギィァアアー 島民の耳に、かすかな悲鳴のようなものが聞こえる。なんだろう。気のせいよね。頭をフリフリ、マーゴットを見つめる。
シャキン マーゴットが草刈りハサミを構える。
ギョギョーー 網にかかった魚の嘆きのような何かが聞こえたような。ような、ような。ええ?
そこからは、電光石火、疾風怒濤、威風堂々。満面の笑みのマーゴットが草刈りハサミをちょいーっと当てるだけで、草木が勝手に降参していく。
やめてくださーい。勘弁してくださーい。たすけてー。そんな声が聞こえるようだ。
島民は涙目になった。もう、そのくらいで。ええ、十分ですから。あとは、私たちが細々とやりますから。心の中で、マーゴットに懇願する。
刈っても刈っても、翌朝になると茂っていた手ごわい草たち。鍛え抜かれた石のような手の平でさえ、切り傷だらけにする硬い葉。抜いても抜いても、どこまでも果てしなく地下にもぐっている、しつこい根っこ。
島民たちを苦しめた雑草たちが、いとも簡単に、やられていくー。にっくき敵と思っていたけど、なんだかかわいそうー。島民たちは、マーゴットの勢いに、心の底から恐れおののいた。
「ものたりないわー」
マーゴットの小さなつぶやきを、島民たちは確かに聞き取った。
「これが、王族の力」
「スキルの真の姿を見た」
「すごい」
「すごかった」
「とにかくすごかった」
島民たちの語彙力は死んだ。
役立たずスキル、ハズレスキルとして王都から追放されたはずの面々。マーゴットと同様に、島民の度肝を抜いていく。
「おはようございます」
おずおずとマーゴットの部屋にやってきた島育ちの若い少女。誰もいない部屋に目を瞬く。
「おはようございます。マーゴット様なら、もう草刈りに行かれましたよ。朝早い方が、仕事がはかどるって。朝ごはんもおいしく食べられるからって」
ええー、そんなあ。たじろぐ少女をよそに、部屋の整頓スキル持ちの彼女は、あっという間に部屋を片付ける。
「あのー、洗濯物とかありませんか」
「ああ、洗濯スキルもちの子が、もう洗って干してるわよ。ほら」
ふたりで窓から外を眺めると。たくさんの服やシーツがハタハタと風にあおられている。
ええー、うそー。まだ朝ごはん前なのにー。少女はめまいがした。
「これが、王宮で働く人たちの常識なのですね。勉強になります」
「いやいや。みんなやる気に満ちあふれてるからよ。だって、悔しいじゃない。見返してやりたいじゃない。真面目に働いててさ、もう来なくていいよっていきなり言われてさ」
「ひどいですね」
「そうなのよー。だから、この島をすっごい場所にして、ざまあって言ってやりたいの」
さあ、仕事仕事ー。そう言いながら、出ていく女性を、少女はじわっと潤む目で見つめた。
台所では、料理人たちが挙動不審になっている。マーゴットの母リタが、バッシンバッシンとパン生地を台に叩きつけている。何か恨みでもございますか? ベッドが硬かったですか? そんな不安が料理人たちの頭をよぎったとき、ジャバアーという音がした。
若い男が、水がめにバケツから水を注いでいる。
「水がめ、これで全部ですか? 俺、水くみスキル持ちだから、いくらでも水くんで持ってきますよ」
「た、助かりますっ」
雑用を主にやっている、下働きの少年がピョコンと頭を下げた。井戸から水をくんで、台所に運ぶのは重労働なのだ。島の一番高いところに位置する領主の屋敷。井戸がとても深い。水源が遠いのだ。毎日、水をくんだあとは、手が真っ赤になったものだった。
「じゃあ、今日はお前、じゃがいもの皮むきしな」
少年は、いつもならやらせてもらえない、野菜の皮むきという仕事にありついた。少年の目がキラキラと輝く。
領主の執務室では、執務補佐官が固まっている。彼の日課である、書類の仕分けが一瞬で終わったから。
「私、書類の仕分けスキル持ってるんです。でも、仕分けしかできないから、役立たずなんですけど」
「素晴らしい。ありがたい。本当に助かります」
補佐官は若い男性の手をガシッと握りしめた。
「私は、あら探しスキルっていう、忌み嫌われるものもちで。ついつい書類のあらを見つけてしまって、仕分けが進まないんですよ。あなたとなら、仕事が効率的に進められそうです」
男ふたりが手を握り合い、見つめ合っている。領主マーティンは、執務室に入ろうとして、足を止め、引き返した。もしかしたら、お邪魔かなと思って。