46. 怒る女、フローレンス
フローレンスは食べるのが好きだ。仕事柄、食べないと体がもたないし、怒りを抑えるには食べるのが一番だからだ。
フローレンスは怒っている。世の中の理不尽さと、怒るしかできない自分の不甲斐なさに。
「また税金が上がるってウワサだよ」
「許せない。税金をいったい何に使ってるっていうのよ」
フローレンスは憤る。家のない老人、身寄りのない子ども、仕事がなく街で恵みを乞う人々。
食べる量を減らし、お腹を空かせている孤児に分けてあげたこともある。でも、上司に叱られた。
「フローレンス、その心意気は立派だけれど。私が命じます。食事は与えられた量をきちんと食べなさい。あなたが倒れたら、患者が困るのよ」
それは、確かにそうなのだ。フローレンスは看護師だ。少ない人手で、目の回るような忙しさ。フローレンスが空腹で使い物にならなかったら、他の看護師と患者が困る。フローレンスは看護師だから、患者を優先しなければならない。
「上にかけあって、孤児院や養老院への寄付を貴族界に募ってもらいます。だから、あなたは食べなさい」
婦長がそう言ってくれたので、フローレンスは自分のごはんを誰かにあげるのはやめた。でも、街を歩いてガリガリの子どもを見ると、胸が痛む。助けられなかった小さな弟を思い出すから。
しばらくして、フローレンスは婦長に呼び出された。婦長室に入ると、婦長から告げられた。
「悪い話と、悪くはなさそうな話があるわ」
フローレンスは婦長に促され、椅子に座る。
「残念ながら、上に掛け合った結果、良い回答はもらえませんでした。貴族子弟の通う学園の校舎を新設するそうなの。貴族はそちらへの寄付を優先し、孤児院や養老院は後回しだそうです」
「そんな、ひどい。生きるか死ぬかの瀬戸際にいる平民より、貴族の学ぶ環境を整える。そういうことですよね」
婦長は浮かない顔で頷く。
「全員とは言いませんが。平民は家畜のような存在とみなしている貴族もいますからね」
「家畜を飢えさせる農家はいないと思いますけれど」
婦長の顔がさらに暗くなる。フローレンスはカッとなった。
「孤児は家畜以下だと、そういうことでしょうか」
「一部、そのような選民思想を持った貴族もいることは否定できません」
部屋に重苦しい沈黙が広がる。婦長は「さて」と言うと、軽く咳払いした。
「悪くはなさそうな話の方。ユグドランド島のことは聞いたことがある?」
「はい。ノイランド国の島ですよね。世界樹ができたとか。街で吟遊詩人が歌っているのを聞きました」
「そう。そこがね、人手を募集しているのよ。夏になる前に、野菜や果物を収穫してしまいたいのですって。衣食住が提供され、賃金もきちんと出るとのこと」
「はあ」
フローレンスには、いまいち話の流れが分からず、曖昧に頷く。
「孤児をね、優遇して受け入れるそうなの。働き手だから、十歳以上ですって。体格のいい男の子なら、十歳以下でも検討するそうよ」
「それは、本当だったら、いい話だと思います。でも」
フローレンスはゆっくりと答えた。婦長はじっとフローレンスを見つめる。
「でも、行った先で本当に賃金がもらえるか、分かりませんよね。奴隷のような扱いを受けるかもしれないですし」
「そうなの。それを私も心配しているのよ。院長の話では、とりまとめの窓口を、有名な商会がしているのですって。世界規模で取引きしている大きな商会で、悪いウワサはまったくないそうよ」
フローレンスは少しモヤモヤするが、黙っていた。商会なんて、金と欲にまみれたところという偏見があったからだ。でも、院長が言うなら、大丈夫なのかもしれない。
「それでね、子どもたちを統率できる大人をつけてほしいと言っているらしくてね。出す方も受け入れる方も、同郷の大人がいる方が安心でしょう」
話の方向が見えて、フローレンスは目を丸くする。
「フローレンス、あなたが引率してみない? あなた、何かとあれば孤児を気にかけているから、子どもたちから慕われているでしょう。今の職業の給料分は保証して払うと言ってくださっているの」
フローレンスはなんと答えていいか、分からなかった。子どもたちと一緒に行ってあげたいが、看護師の仕事をやめたくはない。苦労して勉強したし、やりがいがある。
「あなたに抜けられると、正直キツイの。あなたはいずれ婦長になれる人だと思っているし。責任感があって、難しい患者にも毅然と対応できるし」
厳しいことで知られる婦長のベタ褒めに、フローレンスは口をポカンと開ける。
「でも、新しい世界を見ることは、あなたにとっていい経験になると思います。子どもたちを監督しながら、島の病人を看病し、看護師になれそうな若者をみつける。そして冬になる前に子どもたちと戻ってくる」
それは、いいかもしれない。今まで一度も国から出たことがない。孤児がまっとうな手段でお金を稼げるなんて、滅多にないことだし。
「行ってみようかしら。子どもたちと話して、それから決めてもいいですか?」
「ええ、そうしてちょうだい」
婦長は少し寂しそうな顔でそう言った。
フローレンスは孤児たちの兄貴分的な立場にいるヤンに会いに行った。フローレンスは知っている情報、不安や懸念事項も全て洗いざらい話した。
「最悪の場合は、お金ももらえずタダ働きで、奴隷みたいな扱いをされるかもしれない。そのときは、私と一緒に大暴れしよう」
「いいよ。フローレンスさんがいるなら、怖くない。みんなに聞いてみる」
ヤンは子どもたちを集めて説明する。大きい子たちは目を輝かせ、小さい子たちは肩を振るわせて泣いている。
「俺たちが出稼ぎに行ったら、チビたちが食べられる量が増えるじゃねえか」
孤児院で出される食事は、決して多くはない。十歳以上の子がいなくなったら、小さい子の分け前は増える。ヤンの言葉に、何人かは嬉しそうな顔をするが、大半はシクシクしている。
「秋の収穫が終わったら、お土産持って帰ってくる」
「ほんとう? 絶対に帰ってくる?」
「ああ、約束だ。俺が今までウソついたことあるか?」
子どもたちはフルフルと首を振る。
「お金も貯めて戻ってくる。お前らに新しい服を買ってやる」
孤児たちは、つぎはぎが当たりまくり、薄くてペラペラのボロを着ているのだ。フローレンスは、いたいけなちびっ子を置いていくことがとても残酷なように思えてくる。
「ボク、お肉が食べたいなあ」
誰かが言って、みんなのお腹がグゥーとなった。
「最初の賃金がもらえたら、院長先生宛にお金を送るから。みんなで肉を食べろ」
子どもたちは、涙を拭いて、待ってると言った。
フローレンスは婦長を通じて、商会の人たちと会った。婦長の言った通り、信頼できそうな雰囲気ではある。もちろんフローレンスは、油断はしない。極悪人だった場合、ぶちのめしてでも子どもたちを守らなければいけないのだから。
涙涙のお別れをし、荷馬車に乗って何日も旅をする。基本的に野宿だけれど、ごはんはちゃんと食べられた。商会の人たちも、親切だ。今のところは。
そして、初めての船旅でボロボロになったフローレンスたちは、やっとの思いでユグドランド島に到着した。
「よく来てくれたわね。一応王女のマーゴットよ。マーゴット様って呼んでくれればいいわ」
女神様みたいな王女様に出迎えられ、フローレンスもヤンも腰を抜かしそうになる。
「なんだかよく分からないんだけれど。最近、果物が異様になるのよ。季節とかおかまいなしに、ワッサワッサなってね。採っても採ってもまたなるの」
キラキラの王女様が、困ったわあと言った感じで、無茶苦茶なことを言っている。
「それでね、チャンカワンカの案でね、ワインみたいに果物ジュースを瓶詰めにして売り出そうってことになったのよ」
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
七人の小人たちが、奇妙な歌と踊りを繰り広げ、フローレンスは目をこすった。夢じゃなかった。いったい何を聞かされ、見せられているのだろうか。
「ええっと、つまり、子どもたちはどんどん果物を採ってくればいいということですか?」
「そうなの。あ、でもまずはお腹いっぱい食べてね。そして、作業着も用意してあるから、あとで着替えてくださいな。果物の汁がついてしまいますからね」
夢見心地のまま、食堂に案内され、ホカホカと湯気を立てているご馳走の前に座らされた。
「パンとスープ」
「肉だ。こんなでっかい肉、初めて見た。あ、肉屋では見たことあるけどさ。間近で見たのは初めて」
叫んでしまったヤンは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「たくさん食べてね。島はね、ありがたいことにとても儲かっているらしいのよ。お金のことは領主のマーティンさんにお任せしてあるのだけど。いい感じらしいわ。だから、遠慮せず、お腹いっぱい食べてね」
この人、やっぱり女神様なんじゃない。子どもたちはヒソヒソとささやき合う。
「私ね、破壊王なの。女神ではないのよ、残念ながら。でも、子どもには優しいから心配しないで。私が刈るのは魔植物だけだから」
さらっと物騒なことを言いながら、マーゴットは去って行った。
「夢みたい」
「たくさん食べなさい」
フローレンスは優しく子どもたちを促す。まだまだ、気は緩めないぞと思いつつも、大きな肉にかぶりついている子どもたちを見ると、ついつい笑顔が漏れる。
「チビたちにも食わせてやりたい」
ヤンが小さくつぶやく。フローレンスはドンッとヤンの背中を叩いた。
「お金を送ってあげよう。賃金がいつもらえるか、聞いておくわね」
働く意欲はみんな山ほどある。お金のことは、保護者であるフローレンスがきっちり確認しないと。フローレンスは、追加のパンを持って来てくれた優しそうな女性に早速聞いてみる。
「あの、賃金っていつもらえるのでしょう? もちろん、働いてからで大丈夫なんですけど」
「お金は大事よね。分かるわ。マーティンさんに聞いてみるから、少し待っていてくださいな。そうそう、私はリタと言います。リタ様って呼んでくれればいいわ。マーゴットの母親です」
「マーゴットの母親。マーゴットって王女のマーゴット様ですか? ということは、お妃様?」
フローレンスはズザッと床に這いつくばる。リタが「キャッ」と叫んで、フローレンスの腕を引っ張った。
「そういうの、ここではいらないのよ。私は元平民だし。気軽に接してほしいの」
必死で懇願され、フローレンスは立ち上がった。子どもたちは食べる手を止めて、青ざめている。
「あああ、おかしな空気にしてごめんなさいね。みんな、気にしなくていいから。さあ、食べてちょうだい。私が焼いたパンは、とってもおいしいんだから。アツアツのを食べて。冷めたら悲しいわ」
ここの人たち、変な人ばっかりー。子どもたちは思いながらも、パンに手を伸ばした。
「おいしい。こんなフワフワのパン、初めて食べた」
「これからは毎日食べられますからね。たくさん食べて、いっぱい果物を採ってね」
リタは笑顔で手を振りながら、マーティンを探しに行く。フローレンスは力が抜けて、ヨレヨレと椅子に座った。ドンッとヤンがフローレンスの背中を叩く。
「食べなよ。マーティンさんとお金の話しするんだから。しっかり食べて、たくさんもらってきて」
「よーし、がんばる」
フローレンスはパンと肉を皿に載せると、ガンガン食べた。
どんな領主だろう。ビクビクしながら執務室に連れて行かれたフローレンス。どちらかというと影の薄い、人畜無害っぽいマーティンを見て拍子抜けする。
「ようこそいらっしゃいました。人手不足で大変だったので、助かります。賃金のことですね。まず、子どもたちですが──」
提示された金額は、事前に商会から聞いていたのと同じだった。フローレンスはホッと肩を降ろす。
「そして、フローレンスさんについてなのですが。物は相談なのですがね。希望する若者に、看護の知識と技術を教えていただけないでしょうか。手に職をつけて、島から出たいという若者もおりますので」
「あ、はい。そのつもりで来ました」
「それはありがたい。では、講師料ということで、以前の給料の倍をお支払いいたします」
「倍? それは、もらいすぎです。そんなにいただけません」
「いやいや、知識と技術にはきちんと対価を払わないと。色んな人に怒られてしまいます」
人の好過ぎる領主に押し切られて、破格の給料をもらうことになってしまったフローレンス。呆然としている間にも、話がドンドン進む。
「国に残して来た小さな子どもたちに、仕送りしたいという話でしたね。そういうことであれば、最初の一か月は毎日賃金を払いましょう。その方が安心ですよね」
マーティンは二枚の紙をフローレンスに見せる。
「お互いのために、きちんと契約書を交わしましょう。これがフローレンスさんの分。こっちが子どもたちの分。あとで、子どもたち全員の名前を書いてください」
「子どもたち、字は書けないのです」
「フローレンスさんが代わりに書いてください。そして、全員がいる前で、フローレンスさんが契約書を読み上げ、皆が納得したら、私とフローレンスさんが署名しましょう」
看護師の仕事でも、契約書なんて交わしたことのないフローレンス。あまりのキッチリさに、冷や汗が止まらない。マーティンは律儀に契約書をそれぞれ二部ずつ作ってくれた。控えはフローレンスが管理するらしい。フローレンスはじっとり汗をかいた手を、ハンカチでゴシゴシ拭く。
フローレンスに説明された子どもたちも、似たような反応を見せる。
「俺、こんなちゃんとした扱いされるの。初めてだ」
ヤンが着替えた作業着の袖で目をこする。
「マーゴット様のおかげで、島は儲かっています。神様からの贈り物だと思っています。神様からのお恵みは、おすそ分けしないといけません。今まではできなかったので、私は嬉しいのですよ」
マーティンは晴れがましいといった様子で胸を張る。
フローレンスが契約書を読み上げ、きちんと説明し、全員が納得した。晴れて、フローレンスと子どもたちは、ユグドランド島の従業員となったのだ。
毎日、早朝から日が沈むまで、汗水たらして働く子どもたち。
「まずは、簡単なリンゴから始めてくれるかい」
大人の指示に従って、子どもたちはカゴをかついでハシゴを登り、次々とリンゴをもいでいく。カゴがいっぱいになったら、小屋に持って行く。小屋の中では、小さな子どもたちが、リンゴをより分けている。
「傷なしと、傷あり。きっちり分けるんだぞ。傷なしはジュースに、傷ありはジャムにするからな」
大人たちが声をかけると小さな子どもは真剣な顔で頷き、リンゴを注意深く見て別々の箱に入れていく。ジュース用のリンゴはキレイに洗い、圧搾機に入れられる。チャンカワンカが号令をかけると、二頭の牛がゆっくりと縁信条に歩き始めた。牛が歩くに連れて、圧搾機の上についた長い心棒がゆっくり回る。桶の上の歯車がゴリゴリとリンゴを粉砕する。
「何これすっげー」
「牛がやってくれるんだ」
「島民が飲む分ぐらいなら、人が小さな圧搾機で絞ればいいけど。売り物にするとなると、量が半端ねえだろ。牛の力を借りないことには、追いつかねえ」
「あ、この圧搾機な。チャンカワンカが作ってくれたんだけど、内緒な。島の外では言っちゃなんねえぞ」
「島外秘ってやつだ」
大人たちが真面目な顔で子どもたちに念を押す。
「うっかり、国に帰って言っちゃいそう」
子どもがペロッと舌を出すと、キラリとチャンカワンカの目が光った。
「知ってるか。チャンカワンカはな、冥界の番人なんだ」
「悪さをすると、冥界に連れて行かれるんだ」
「余計なことは言わない方がいいんだぞ」
子どもたちは口を両手でふさいで、何度も頷いた。その間にも牛はゆっくり歩き続け、ポタポタと桶にリンゴの果汁が落ちる。
「おいしそう」
「仕事が終わったら、飲ませてやる。売り物は瓶に入れてフタして、熱湯の中でグラグラさせんのさ」
「そうすっと、腐らず長持ちするってわけ。まあ、これもチャンカワンカが教えてくれたんだけどな」
高い椅子に座って牛を監督しているチャンカワンカが、得意そうに鼻をピクピクさせている。
「チャンカワンカってすごいんだね」
「ああ、チャンカワンカはすごいんだぞ。色んなことを知っているし、技術もすごい」
「仕事が終わって、リンゴジュース飲んだら、チャンカワンカの胴上げの時間だからな。忘れるなよ」
子どもたちはせっせとリンゴをもぎ、夕焼け空を眺めながらリンゴジュースを飲んだ。
「甘い。こんなおいしいジュース、初めて飲んだ」
「だろう。ここでできる果物や野菜は、甘くてうまいんだ」
ジュースを飲み終わったら、チャンカワンカの胴上げだ。一日の締めくくりは、この行事と決まっているらしい。
胴上げが終わって、夜ごはんを囲んで語り合う子どもたちの表情は明るい。
「仕事はきついけど、お腹いっぱい食べられるからイケる」
「ベッドが柔らかくて最高だよね」
「川で水浴びできるから、体がキレイになった。俺、もっと黒いと思ってた」
「お金をなくしちゃわないかだけが心配」
全員、布でお金を包み、お腹に巻いている。
「持ってても、ここでは使うことないし。孤児院に送っちゃおうかな」
「俺、三つに分けて、ひとつは孤児院に送る。残りのひとつは腹巻きに入れて持ってる。最後のひとつは、マーティンさんの金庫に預かってもらう」
今では皆、すっかりマーティンを信用している。マーティンが動いてくれて、仕送りも安全にできるようになった。またしても、商会に間に入ってもらうのだ。
***
孤児院のちびっ子たちは、商会のお兄さんが訪れると歓声をあげる。お兄さんが、フローレンスからの手紙を届けてくれるのだ。
『みんな、元気にしているかしら? 私たちは元気だから、心配しないでね。
こちらでは、ビックリするぐらい果物がたくさんなっているの。ヤンたちは、日の出から日暮れまでがんばって働いているわ。仕事はたくさんあるし、みんないい人たちだし、ごはんもおいしいのよ。秋の終わりまで働いて、お土産持って帰るから、待っていてね。フローレンス
ヤンたちの代わりに書くわね。
クタクタだけど、楽しいぜ。領主のマーティンさんが、チビたちも受け入れてもいいってさ。簡単な仕事ならできるだろ、お前たちだって。でも、マーティンさんが、夏の暑さは小さい子には厳しいんじゃないかって心配してる。どれぐらい暑いか、お前らでも大丈夫か。俺たちでこの夏やってみる。大丈夫そうだったら、来年はお前たちも一緒にユグドランド島で働けるかもしれない。あ、でも期待しすぎんなよ。つってもそんなの無理か。肉を食べて、体を鍛えて待ってろ。兄貴たちより』
商会のお兄さんが、手紙をゆっくり読み上げると、子どもたちはピョンピョン跳びはねた。
「僕もユグドランド島で働きたい」
「ここだとゴミ拾いぐらいしかさせてもらえないもん」
「えんとつ掃除は、院長先生がダメって言ってた。あぶないんだって」
「ねえ、お兄さん。お肉持って来てくれた?」
商会のお兄さんは、ニコニコしながら、木箱をたくさん運んでくる。
「フローレンスさんとヤンさんたちから、ちゃんとお金をもらってね、お肉を買ってきたよ」
子どもたちは木箱の中身を取り出すのに大騒ぎだ。
「おっきなお肉。これなんの肉?」
紙に包まれた肉の塊に子どもたちの目が注がれる。
「それは牛肉だな。他の箱の中に鳥肉も入ってるよ。あとは、お土産のリンゴジュースも持ってきた」
厳重に包まれたガラス瓶がいくつも並ぶ。
「ヤン兄ちゃんたちが作ったリンゴジュースだね」
「わーい。腐ってないといいけど」
「腐っていると売り物にならないから、お兄さんも困ってしまうなあ。一本開けて試してみようか」
商会のお兄さんは孤児院長が頷くのを見て、ポンッとフタを開ける。コップに注がれたハチミツ色のジュース。子どもたちは目を丸くする。
「リンゴジュースって白色だと思ってた」
「すりおろしたらそうなるね。布でこしているから、こういう色になるんだよ。この方が貴族相手では売りやすいから」
子どもたちは感心したように、フーンと言いながら少しずつ回し飲みする。
「おいしい。腐ってないよ」
「あまーい。腐ってないね」
「それはよかった。じゃんじゃん売ってくるよ」
商会のお兄さんは胸をドンッと叩いたあと、孤児院長に明細表を渡す。
「これ、いつものです。フローレンスさんたちからもらった金額がこちら。肉代がこちら。差額は商会で預かっておきますね」
「いつもありがとうございます。ここで大金を保管するのは怖いですから」
院長は明細書の金額とフローレンスの署名を確認し、自分も署名をして控えを返す。
「お互い明細を持っているので、間違いはありません。ご安心ください」
商会のお兄さんは丁寧に控えを胸ポケットにしまった。
「それでは、私はこれで。婦長にフローレンスさんからの手紙を届けないといけませんので」
商会のお兄さんは、子どもたちに盛大に見送られながら、病院に向かう。婦長はいつもフローレンスのことを気にかけているのだ。落ち着いているように見えるけれど、婦長の指はソワソワと動いている。早く手紙を読みたいのだろう。
「フローレンスさんから預かってきました。お元気ですよ」
商会のお兄さんが手紙を渡すと、婦長は安堵と寂しさが入り混じった表情を見せる。フローレンスからのお土産、リンゴジュースを渡す。島の状況や子どもたちの様子を伝えると、お兄さんは早々にいとまを告げた。婦長が早く手紙を読みたいと知っているから。
商会のお兄さんが去ったあと、婦長は丁寧に封を切った。
力強くしっかりとしたフローレンスの字。筆圧の強さから、彼女が元気でいることが分かる。
『敬愛する婦長様
前回もお伝えした通り、こちらは子どもたちにとって楽園のような場所です。清潔な服、心地よい寝床、温かくて栄養たっぷりのごはん、そしてちゃんとした仕事。半信半疑で、いつでも闘うつもりでやって来ましたが。今では私が怒ることはほとんどありません』
そこまで読んで、婦長はフッと笑いがこみ上げる。何かとあれば怒って、目をギラギラさせていたフローレンスを思い出したからだ。「私たち平民は、捨て駒ですか」王宮に向かってつぶやくフローレンスを、ようたしなめたものだ。誰かに聞かれたら、大問題になる。
『ガリガリだった子どもたちは、今ではガッシリしています。どんどん大きくなって、ヤンにはすっかり見下ろされるようになりました。でも、胴回りはわたしの方が立派です。どういうことなんでしょうか』
「食べすぎなんじゃないのかしらね」
見ていて気持ちいいくらい、よく食べる少女だった。田舎の家族が亡くなったときは、食べなくなってしまった。神様は、なんという残酷なことをするのだ、そう思った。患者と子どもたち、同僚に「食べて食べて、辛くても食べて」そう言われて、虚ろな目でスプーンを口に運んでいた。
怒って、よく食べ、患者や子どもたちを助けることで、少しずつ立ち直っていったフローレンス。
『島の女の子、三人に看護について教えています。いつか、島の外に出て王子様と結婚したいそうです。森で行き倒れている男性を助け、看病したら、実は隣国の王子様だった。それをやりたいそうですよ。おもしろいですよね。今までは、そんな夢を持てるほど余裕のある生活じゃなかったんですって。マーゴット様がいらしてから、驚くほど豊かになったらしいです。冬になる前に、三人も連れて戻ります。冬の間、病院で実施訓練をすればいいと思うのです』
「楽しみだし、ありがたいわ」
フローレンスが抜けて、毎日てんやわんやだ。フローレンスと若者が来てくれたら助かる。
『領主のマーティン様が、フローレンス看護学校を島に作ろうって言い出して。どうしたものかと悩んでいます。島外からも生徒を募ればいいって。マーティン様には癒しの力があるらしいのですけど。自分の力はいざというときの切り札。病人やケガ人をきちんと治療できる仕組みを整えたいとおっしゃっています』
「何を悩むことがあるのかしら。とてもいい話ではないの。返事を書いて、背中を押してあげましょう」
あの子はいつもそう。猪突猛進で突き進むのに、最後はちょっとためらう。そのひと押しをするのは、師匠であり、母代わりでもある自分の務めだ。
「あなたならできる。やってみなさい。楽しんでね。そう書きましょう」
子どもが育って巣立つというのは、こういう感情なのかしらね。婦長は手紙を書き終えて、少しぼんやりする。結婚も出産も経験せず、看護に人生を注いできたけれど。一人前になったフローレンスや他の少女を見ると、自分の人生も悪くはないかなと思える。
「さて、感傷に浸っている場合ではないわ。そろそろ仕事に戻らないと」
婦長は手紙に封をし、キビキビと部屋を出た。




