44. 七人の聖女
おめでたい空気が流れるユグドランド島。浮かない顔をしたトレントのケセドが考えこんでいる。
「うむむ、これは予想外。なるほどなあ、破壊王がああだと、島はこうなるのか。ふむ」
ケセドは世界樹の周辺の土をガッと手ですくい、手の中でほぐし、パラパラと落としていく。
「悪くはない、が、放っておくのはよくないだろうの。しかしなあ」
そのとき、明るい笑い声が聞こえてきた。ケセドはさっと気配を消し、世界樹の後ろに隠れる。破壊王マーゴットが大きな草刈りハサミを抱え、軽やかな足取りで歩いてくる。今や、島民からもホテルの客からも絶大な人気を誇る、破壊王マーゴット。お世話猫ツァールがニコニコしながら見守り、チャンカワンカたちが周りを飛び跳ねながら何か話している。
「ツァールもチャンカワンカたちも、すっかり破壊王に心酔しきっておる。奴らに言ったところで、無意味。うむ、やはりここは対となる再生王に委ねるか」
ケセドはマーゴットに見つからないように、そーっと隠れて移動し、屋敷近くでマーティンを見つけた。
「もし、そこな再生王。折り入って話がある」
マーティンはケセドを見ると、ビシッと姿勢を正し、低姿勢で話を聞く体制になった。
「はい、なんなりと」
「うむ。実はな、ユグドランド島の神聖さが少し弱まっておる。再生王と破壊王がふたり揃って、本来なら聖地としての力が強まるはずなのだが。どうものう、破壊王の商売っ気が強すぎるのかのう」
「ははあ、なるほど」
詳細はよく分からないが、とりあえず相槌を打つマーティン。深刻なケセドの表情に合わせて、困った顔をしてみる。
「民のためを思ってのことだとは分かっておるので、金儲けを止めるつもりはないのだがのう。もうそっと祈りを増やさぬと、土が痩せてしまうのう」
「それは、まずいですね。せっかく農地が広がりましたのに。毎日祈ればいいのでしょうか?」
「それがのう、本来の再生王と破壊王は信心深く、聖者に近い力を持っておるはずなのだが。そなたら、それほど信心深くはあるまい」
「うっ、それは、確かに」
マーティンは冷や汗をかく。毎日の生活に必死で、祈るどころではなかった。祈っても祈っても、楽にならない暮らしに、神への信頼を少しずつ失っていたかもしれない。マーゴットが来るまでは。
「マーゴット殿下がいらっしゃってからは、信心深くなりましたが」
マーティンは言い訳がましく言ってみる。ケセドはフルフルと枝を揺らした。
「ふたりからは聖者としての力はほとんど感じられん。聖者がいる、聖者を呼べ、聖者を島に住まわせ、毎日真摯に祈らせるのじゃーーーー」
ケセドはカッと目を見開き、たくさんの枝をガバッと広げ、大きな声を出した。マーティンは思わず跪く。
「かしこまりました。聖者を応募いたします。引退した聖者が来てくれるかもしれません」
「うむ、力があるかを見極めてやろう。聖者が来たら連れてきなさい」
「ははー」
ケセドは満足そうに頷くと、カサコソと歩き出し、また戻ってきた。
「その、なんじゃ。破壊王は極端な性格だから。伝え方には気をつけるように。島民全員に毎日ずっと祈りなさい、とか言いそうじゃろう」
「確かに、そんな予感はいたします」
マーゴットに割と振り回されているマーティンとケセド。顔を見合わせて肩をすくめる。
「ワシのところに突撃して、聖者の力が強くなる方法を根掘り葉掘り聞き出そうとしそうじゃろ
う」
「それは、とてもあり得そうな気がいたします」
ケセドはプルプルと葉っぱを震わせ、口を手で押さえた。
「あとは、そなたに任せた。聖者が来たら見てやろう」
ケセドは、もうこれ以上は言いたくない、といった感じに口に手を当てたままモゴモゴ言い、去っていった。
「ケセド様、ご苦労なさって」
マーゴットがケセドに長ーい質問攻めをしないよう、言い方を考えなくては。マーティンは頭を悩ましながら、聖者募集の手紙をしたためた。
***
とある王国の宮殿で、ひとりの聖女が婚約解消を告げられている。
「レベッカ、すまない。私は真実の愛をみつけてしまった。君との婚約は解消させてほしい」
「そんな、私の何がいけなかったのでしょう?」
「君は何も悪くない。悪いのは全て私の方だ。ただ、しいて言うならば」
「言うならば?」
「ちょっと声が大きいかな。たまに、耳がキーンッて」
「ひ、ひどい。だって、それが私の力だから、どうしようもないのに」
王子はうなだれる。レベッカは息を深く吸った。
「この浮気者。くらえ、『聖なる口』」
レベッカは、思いっきり力を込めて、聖なる力をふるった。
***
トボトボと、ドナドナと、レベッカは国に帰る。聖女を多数輩出し、各国に聖女を派遣することで生き残っている小国。レベッカはコソコソと神殿に入る。優秀な聖女として将来を渇望され、大いに期待されて他国に行ったのに、出戻りなんて。
「かっこ悪い。恥ずかしい。辛い」
でも、レベッカには他のどこにも行く当てがない。孤児院にいたとき、スキル『聖なる口』を発現した。この国では、スキル名に聖なるとあれば、聖女となれる。神殿で衣食住に困らず暮らせ、将来も約束される、ありがたいスキル。
「あの、私、実は」
神殿の入口で呼び鈴を鳴らし、出て来た神官にせいいっぱいの小声で切り出す。
「ああ、レベッカね。話は聞いていますよ。疲れたでしょう、大部屋なら空きがあるから、そこに行きなさい」
十年ぶりに戻った神殿は、昔と何ひとつ変わらない。懐かしく思いながらも、なるべく気配を消して大部屋まで向かう。そうっと扉を開けると、レベッカと同じぐらいの年頃の女性が中にたくさんいる。
「あの、失礼します」
小さな声を出したつもりだったけれど、中のみんなが跳びあがるぐらいの声が出てしまったらしい。女性たちが一斉にレベッカを見る。
「あっ、デカ声のレベッカじゃない。変わってないねー、久しぶり。アタシのこと覚えてる?」
「もう、かれこれ十年経ってるから、難しいんじゃない。さあ、私はだーれだ」
皆がニコニコしながら声をかけてくる。
「え、もしかしてキラ爪のオードリーに、踊り腰のメラニー?」
「当たり」
オードリーはキラキラの爪を見せびらかし、メラニーは腰をブルンブルン揺らした。レベッカは次々と当てていく。
「わー、ビックリ。どうしてみんなここにいるの?」
「婚約解消に婚約破棄に追放よ。なぜかみんな、追い出されたの」
「ええー、私も婚約解消されたの。真実の愛を見つけたんだって」
レベッカが思わずポロリと涙をこぼすと、キラ爪のオードリーが抱きしめてくれる。
「おかしいでしょ。何かがおかしいのよ。アタシたち、みんな優秀な聖女じゃない。根性もやる気もあるでしょう。なのに、突然示し合わせたように追い出されたの」
「結婚適齢期を過ぎてから婚約解消されたの。すごく悪意を感じるわ」
「なんか裏がありそうじゃない。調べてみようって、作戦を考えていたところよ」
二十代半ばの女性たち。神殿を出たときは十代だった。右も左も分からぬ、ウブで純な少女だった。今は世の中の辛酸をいくばくかは知っている。知恵も技術も熟練した。
「まずは、神殿長の部屋を調べましょうよ」
「そうねそうね」
「次に、他の聖女に聞きに行くでしょう」
「いいわねいいわね」
「一番近くの国に行って、王宮の金庫でも調べるとか。王子を拷問して口を割らせるとか」
「急に物騒だな」
部屋が騒然となる。
「でもさ、みんなさ、色んな国の王子とか貴族とかと婚約してたんでしょう。契約書を交わしてるはずでしょう。あの頃、私たちは幼かったから分かってなかったけれど。契約書をあっさり反故にする理由は聞きたいじゃない」
「まあねえ。ひとりで聞きに行くのは怖いけど、みんなが一緒に行ってくれたら、聞けるかもしれない」
「でしょでしょ」
「でも、まずは国内を調べてからね」
そんなわけで、手分けして神殿から調べることになった。
「出戻った私たちが、ダラダラしているわけにはいきません。癒し以外に、掃除もさせてください」
出戻り聖女たちの殊勝な申し出は、ふたつ返事で受け入れられた。心を込めて、神殿を清める。ホウキで掃き、モップで水拭きし床を清める。窓ガラスを磨き、天井のクモの巣をはらう。家具を磨き、色んなところのホコリをふき取る。
毎日真面目に掃除をしていると、神官たちの機嫌が明らかに上向きになっている。そろそろいいんじゃない、ということで、カギがかかっている部屋の掃除も申し出てみた。
「図書室や貴賓室、神殿長の部屋のお掃除もいたしましょうか?」
「不安でしたら、監視していただいても大丈夫ですけれど」
それなら、と許しが出て、神官に見守られながら聖女たちは部屋の掃除も開始した。机の上を拭きながら、さりげなく引き出しも引っ張ってみる。カギがかかっていて、動かない。
壁の絵のホコリを注意深くはらいながら、後ろに金庫が隠れていないか確認する。何もない。
書棚の本の上側についているホコリを取る。ひとつ、動かそうとすると、つっかかる感じがした。無理には引っ張らず、何食わぬ顔で元に戻す。
掃除が終わったら、大部屋に戻って打ち合わせだ。
「多分、本棚の本を引っ張ると、金庫が出てくると思う」
「監視がいると、確認できないわね。どうしよう」
「本で頭叩いて気絶させる?」
「ダメよ。そんなことしたことないから、加減が分からない。大ケガさせたらどうするのよ」
「そうよね。誰か、人を気絶させたことある?」
みんなが首を横に振る。
「まあ、ねえ。私たち、出戻りとはいえ、聖女だからねえ」
「そうだった」
「あ、そうだ。私たちならではの力を使いましょうよ」
「えー何それ」
皆は頭を寄せ合って、ヒソヒソ話し合う。レベッカ指導の下、六人がそれぞれのスキルを練習する。
翌日、ひとりの聖女が監視人のそばでささやく。途端に監視人がボロボロと涙を流し始めた。
「あれ、なんだ? 涙が」
監視人は手で目をこするが、涙はいっこうに止まらない。
「目に何かゴミでも入ったのかもしれませんわ。目を洗っていらっしゃっては?」
聖女に心配そうに言われ、監視人は部屋を出て行った。
「よしっ」
レベッカはくだんの本をガッと引く。ガコッガタガタッと本棚が動き、後ろの壁の金庫が現れる。
「ああー、暗証番号がないと開けられないヤツー」
「いや、それは、普通そうじゃないの」
「一縷の望みを持っていたの」
それほど甘くはないし、簡単ではない。だって、金庫だもの。
「とりあえず、金庫のありかは分かったんだから、今日はここまでね」
本棚を元に戻し、大急ぎで暗証番号がどこかに書かれていないか部屋のあちこちを探す。
「ないわね。あるとしたら、引き出しの中かしらね」
「アタシの出番ね」
キラ爪のオードリーは、引き出しのカギ穴に爪を当てる。
「聖なる爪」
オードリーの爪がギュギュッと細長く伸び、カギ穴に入って行く。カチリと音がする。オードリーは皆の小さな拍手の中、得意げに次々とカギを開けていった。
「さあ、急いで。暗証番号と、何か秘密っぽい書類を探すわよ」
手分けして引き出しの中身を調べる。
「目ぼしいものは、何もないわね」
「やっぱり、金庫の中かしら。暗証番号、どうやったら分かるかしらね」
「神殿長の誕生日とか?」
顔を見合わすが、誰も神殿長の誕生日を知らない。
「あ、監視人が戻って来る」
聖女たちは引き出しを戻し、オードリーがカギを閉め、全員で壁際に立った。
「掃除、終わりました。確認お願いします」
「はい、大丈夫です。いつもありがとうございます」
監視人はざっと確認したが、聖女たちが探し回ったことには気づかなかった。大部屋に戻り、皆で案を出し合う。
「神殿長の誕生日は、古株の神官とかに聞けば分かるんじゃないかしら」
「神殿長の家族の誕生日かもしれないわね」
「神殿長の愛人という線も」
「神殿長って、家族いるんだ。しかも愛人まで。ええー」
レベッカは呆然とする。
「アタシたちには、清く正しく美しい乙女であれとか言っておきながらねえ」
「最低じゃん」
レベッカの中で、神殿長の評価が地に落ちた。好々爺としたおじいさんって感じだったのに。とんだ生臭じじいじゃないか。
「愛人、アタシたちより若いらしいわよ」
「えええー、孫じゃん」
「下手したらひ孫よ」
「オッオエエー」
レベッカは気持ち悪くなる。
「ど、どいつもこいつも、女をなんだと思ってんのー」
その答えは、金庫の中にあった。まんまと愛人の誕生日で開けられた金庫の中には、多数の契約書。
「な、なにこれ。契約締結後、十年以内に手をつけなかった場合、聖女の返却を認めるですってー。はあっ? 私って、商品だったの?」
レベッカが思わず叫ぶと、メラニーが慌ててレベッカの口をふさぐ。
「ちょっと、大きな声出さないで。部屋でゆっくり読みましょうよ」
全員分の契約書をポケットに入れ、早足で戻る。全員が自分の分と、他の聖女の契約書にじっくりと目を通した。
「ねっ、ひな形もあったから持って来たんだけどね。貴族の聖女と、平民の聖女はひな形が違うのよ」
「ええー、見せて見せて」
皆がオードリーに群がる。オードリーが指をさして違いを説明すると、平民聖女たちは青ざめた。
「貴族聖女だと一年の試用期間後は返品不可。平民聖女だと、十年か。私たちの、十代から二十代にかけてが試用期間なんだー。わー、ひどい」
レベッカはわーんと泣きながら枕を壁に投げた。
「アタシたちの青春時代を返してー」
オードリーが後に続く。
「一番きれいな盛りなのに。仕事に明け暮れてポイ捨てされたー」
「あの王子、私を返品して、若い貴族聖女と結婚するんだわ、きっと」
「許せない」
「私たちの無償労働を返せ」
「私たちの純情を踏みにじられて、仕返ししてやる」
「いつか王子様と結婚してめでたしめでたし、じゃなかったー」
枕が部屋中を飛び交う。皆は叫び、泣き、抱き合った。
カリカリと紙に色んな数字を計算していたオードリーが手を止めた。皆を見上げる顔は泣き笑いのような奇妙な表情。
「計算できたわよ。神殿がアタシたちを売って得たお金と、本来ならアタシたちが受け取るべき無償労働期間のお金」
オードリーはババーンと紙を皆に見せる。その金額はちょっとした、いや、たいした金額だった。金貨がいっぱい。
「ううーん」
ふくよかでワガママな体躯を持つメラニーがドシーンと倒れる。机が揺れ、皆は慌ててペン壺を押さえた。
「ちょっとー、そんだけあったら、どれだけのケーキが食べられると思ってんのよー」
「一生ケーキ食べ続けられるわよ」
レベッカが冷静に言い、メラニーは床でジタバタする。
「許せない。未来の旦那様のためと思って、せっせと働いたのに。だったら、ケーキ食べまくってやればよかった」
「本当よアタシだって、新しい靴が買いたかった」
「私は食べ歩きの旅に行きたかったな」
「旅といえば、持ち手が外れた旅行カバンを新調したい」
「みんな、貧乏が染みつきすぎて、金額がみみっちいわ。いいこと、これだけあれば、ちょっとした小さな家なら買えるのよ」
オードリーの言葉に、皆が静かになる。
「復讐しよう」
「誰に?」
「神殿の上層部と、私たちを捨てた王子や貴族たちよ」
「そうね、そして、相応の慰謝料をもらいましょう」
「いいわね。計画を立てましょうよ」
七人の聖女は、涙をふき、これからの計画を話し合った。いまだかつてない、やる気に満ちあふれて。
***
ユグドランド島には、ここのところ聖職者がひっきりなしに訪れる。
「長らく神殿長を務めてまいりました。いい年なので後進に道を譲ろうかと思っていました。そんなときに、神殿に届いた聖者募集の手紙をみましてね。お役に立てるのではないかと考え、やって参りました」
白髪に柔和な笑顔、品があり高潔な雰囲気のおじいさん。マーティンは、この人なら間違いなさそうだとホッとする。
「ありがとうございます。とても助かります。もしよろしければ、トレントのケセド様にご紹介させていただけませんか。なにかと相談に乗っていただいておりまして」
「もちろんです。叡智と称されるトレントにお会いできるとは。光栄です」
マーティンは早速、トレントがよくブラブラしている森に向かう。ケセドはすぐに現れた。
「ふむ、ほうほう、なるほど。却下」
「えっ」
「なぜ? まだひと言も話していないではありませんか」
マーティンは腰が抜けそうになり、必死でケセドにすがりついた。
「ワシには全てお見通しじゃ。そなた、神殿長の立場をいいことに、子どもたちによからぬことをしたであろう。許せぬ、冥界でしばらく罰を受けてこい」
トレントが叫ぶと、どこからともなくチャンカワンカとケルベロスたちが駆け付け、神殿長を持ち上げると、どこかに走り去っていった。
「そなた、見る目がないにも程があるぞ。気をつけろ」
ケセドはプリプリしながら消えていった。
「えええー、そんなー」
マーティンはガックリうなだれる。
その後も、マーティンはケセドにけちょんけちょんに怒られる。
「そんな、見るからに清純で清らかな聖女様ではありませんか」
「あほう。こやつはな、見かけばかりできちんと祈っておらん。祈ることと言えば、己の幸せと美貌の維持のみ。貧しい者や病める者のことなど、なにひとつ考えておらんぞ。追い返せ」
「なー」
マーティンの伸ばした手はむなしく宙をつかむ。チャンカワンカはさっさと聖女を担ぎ上げ、船に放り込んだ。
日に日にゲッソリしていくマーティンを、マーゴットが心配する。
「どうしましたの? なんだから、聖女や聖者をトレントに引き合わせているようですけれど」
「いや、それが、ええまあ。きちんとした聖職者が島にいる方がいいとケセド様に言われまして。応募をかけたのですが、来る人来る人、いまいちらしくてですね。私の募集の方法が悪かったのかもしれません」
「まあ、人をその気にさせる手紙を書くことにかけては右に出る者がいないマーティン様がまさか。でも、念のため、募集要項を見せていただけます?」
マーゴットは、マーティンの手から募集要項を受け取ってじっくり読んでみる。
『聖者並びに聖女の皆さま
ユグドランド島にて祈っていただけないでしょうか。穏やかな海、採れ立ての果物、かわいいモフモフ、気のいい領主、かっこいい王女、大きな木。今、ユグドランド島が熱い。高給と厚待遇、整った福利厚生をお約束します。ふるってご応募くださいませ。領主マーティン』
マーゴットは目をパチパチさせた。
「マーティン様、これはベネディクトに確認してもらいましたか?」
「いえ、あのときは確か、ベネディクトが帳簿にかかりきりだったので、私の独断で」
「ははー、なるほど。マーティン様、ホテルの広告文じゃないんですから。これでは舐められますわよ。もっとこう、素っ気ないんだけど、分かる人にだけ分かる的な。心ある聖職者だけが心惹かれるような、そんな感じにしないと。例えばそうねえ」
マーゴットがブツブツ言い、ツァールがサラサラと書き留める。
『本気で祈る人だけを求めています。祈りが届く島、神様の気配が濃厚な奇跡の地、ユグドランド島。あなたの祈りが必要です。待遇は要相談。領主マーティン』
「これぐらいでいいんじゃないかしら。念のため、ベネディクトに読んでもらってね。がんばってね、なんなら私が毎日朝から晩まで祈ってもいいし。島民全員と祈り強化週間とかしてもいいのよ。でも、私には聖なる力はなさそうだから」
「いえ、マーゴット様。草を刈っていただくだけで、十分でございます。祈りは、本職に任せましょう」
「そうね、では、いい人が来るといいわね」
マーゴットは華やかに笑い、ツァールと草刈りに出かけた。マーティンは冷や汗を拭くと、早速ベネディクトを探しに行く。
***
七人の聖女たちは、毎日熱心に掃除をしながら、ゴミ箱をあさり金目の物を探す。
「ねえ、このお盆ってさあ、結構由緒正しいヤツじゃなかったっけ? 大昔に、ババ様からしっかり磨きなさい、なぜならなんとかかんとかーって言われた気がするんだけど」
レベッカがゴミ箱から拾ってきたくすんだお盆。皆で眺めたり、たたいてみたり、かじったりして調べる。
「裏側に何か書いてある。ふるーい聖典の文字ね。ちょっと待って、読んでみる」
しっかりもののオードリーが寄り目になりながら文字を読む。
「聖なる杯と対なるもの。初代神殿長の名前がうっすら書いてあるわ」
「めっちゃ由緒正しいヤツじゃーん。やったー、私えらい」
「えらいえらい。でかしたレベッカ」
「捨ててあったってことは、もらっていいわよね。私たち捨てられた聖女が拾った、捨てられたお盆。本当の価値を分かってもらえない、かわいそうな子」
「きれいに磨いてあげましょう」
七人の聖女たちは、聖なる力を注ぎこみながら、お盆をピカピカに磨いた。
次の日、メラニーが倉庫を掃除しながら、古い紙の束をみつけた。古紙収集に出す木箱の中の、ひときわ古めいた紙束。メラニーは何かが気になって、ホコリをはらった。
「ブエーックショーーーー」
メラニーが盛大なクシャミをしているとき、オードリーが洗濯カゴの中から呼ばれた気がした。
「床拭き用のモップの山ね。洗って干さないと」
天気もいいし、今のうちに洗ってしまうか。洗濯カゴを持ち上げ、洗い場に向かう。タライの中にモップの山を移したとき、オードリーは一枚のボロボロの布に気づく。
「あれ、これって、もしや、あれでは」
捨てられた七人の聖女たちは、雑な扱いを受けていたお宝と共に遁走した。堂々と神殿の荷馬車でだ。道中で、色んな店に寄っては、聖なる宝をお金や食べ物に変えていく。
「こちらは由緒正しい、聖杯──を置いていたお盆です」
「買います」
質屋の店主は、お盆の裏に書かれている文字をじっくり読み、聖女たちの伝統的な聖女服を見て、すんなりお金を積み上げる。
「見る目のあるご主人ですね」
レベッカがニッコニコでお金をザザザーッと袋に流し入れる。
「それが仕事ですから。見た目の華やかさだけで判断したら偽物をつかんでしまいます。本質を、中身をしっかり見てこその質屋ですよ。聖女の皆様に幸あれ」
「ありがとう。あなたにもお祈りしておきますね。お店が繁盛して、あなたの見る目が更に研ぎ澄まされますように。聖なる目──」
目の力を強めることができる聖女が、代表して祝福をかけた。目がピカピカ光っている店主に手を振り、聖女たちは次の街に向かう。一か所で全部を売ると、万一追っ手がきたときに足がつきやすくなる。ばらけさせなければ。
ウブで純粋だった聖女たちは、長年の無償労働の末の裏切りに、すっかり世の中の酸いも甘いも、清濁も、まるっと呑み込めるようになっている。
「初代神殿長を始めとして、歴代神殿長の業務日誌──の写しです」
「おおおおおお」
古書店の店長は泣いて小躍りした。
「皆さん、割と、人生を楽しんでいたようですので。コホン。使い方、売り先には留意してください」
「お任せください」
店長は頼もしく応じる。
「神話時代の聖人の亡きがらを包んでいた聖骸布──の元になった布」
「尊い」
古物商の店主はうやうやしく受け取る。
「旅の資金もできたことだし、さあ、元婚約者たちにざまぁしに参りましょう」
「おー」
七人の聖女は威勢よく拳を上げた。
とある王国の王宮に七人の聖女が慎ましやかに立っている。静謐で清らかで気品のある佇まい。聖女を追い返すことなど、できはしない。たとえ、ついこの前に婚約解消した相手であろうと。
「オードリー、久しぶりだ」
「それほど久しぶりでもありませんわ、殿下」
「あ、ああ、まあな。それで、一体どうしたのだ。何か忘れ物でもしたのか?」
「ええ、破談になったとはいえ、十年間お慕いした殿下ですもの。祝福を送らせていただきたいと、仲間と一緒に参りました」
聖女たちは手を合わせ、祈りの姿勢に入る。王子は姿勢を正し、祝福を待つ。
「聖なる爪、これからずっと、爪の隙間が真っ黒でありますように」
「聖なる目、視界が常にぼやけますように」
「聖なる耳、自分の悪口はハッキリ聞こえる耳になりますように」
「聖なる関節、動くたびに関節がボキボキ言いますように」
「聖なる髪、抜け毛が増えますように」
「聖なる口、常に大声になりますように」
「聖なる腰、ギックリ腰ー」
聖女が一斉に祈りを捧げ、謁見の間が真っ白な光に包まれた。まばゆい光が消えたとき、聖女は既になく、残されたのは満身創痍の王子だったという。
七人の聖女たちは、聖なる力をいかんなく発揮し、復讐しまくり、ユグドランド島にやってきた。神殿のゴミ箱に捨てられていた募集要項をしっかりと握りしめ、マーティンに頭を下げる。
「というわけで、いたいけな私たち聖女を、ユグドランド島で雇ってください。祈りますし、働きますし、不審者の拷問もできますし、警護もできます」
マーティンは自信なげな様子で、七人をケセドの元に案内する。
「そなたたち、真摯に祈り続け、聖なる力を魔改造できるまでとなったのだな。なかなかできることではない。見返りがなくとも、民のために祈り続けた結果であるぞ。よくやった。採用」
七人の聖女とマーティンは、飛び上がって喜んだ。




