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42. 追い返される人たち


 どこにでも鼻のきく人はいる。いい意味でも、悪い意味でも。


 世界樹が現れ、数々の奇跡が起こり、王女がいて、新しいホテルができた。話題の場所をいち早く訪れて、社交界で「わたくし行ってきましたの。まあ、それなりですわね」といかにも旅慣れている上流婦人風を吹かせたい。そんな思いで予約を取ろうと必死な貴婦人たち。


「予約は一年先まで埋まっております。来年でもよろしいですか?」

 丁寧な返事が来ると、歯噛みするしかない。


「よろしくなくってよ。でも、仕方がないから、来年の予約を取ってちょうだい」


 内心はイライラキーッとなっていても、顔に出さないのが貴婦人。メイドに手紙を書かせ、予約を取る。予約確認書が届いたら安心だ。金庫に入れ、その日が来るのを楽しみに待つ。一年、一年は長いですわねえ、と心の中で地団駄を踏みながら。


 中には、予約なんてしないで、勝手に来ちゃう人もいる。新手の、来ちゃった、だ。

 もちろん、貴族が泊まっているホテルだもの。飛び込み客は受け入れていない。よほどの賓客なら別だが。


「まさか、予約が取れていないだなんて。何かの間違いでしょう」

「大変失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「主人は、キルスティン・ヴィラハウザー王女殿下であらせられます」


 厳めしい顔をしたメイドが静かに告げる。王女らしき女性は、しとやかに目を伏せている。


「お調べいたしますので、しばらくこちらでお待ちくださいませ」


 港の船着き場では必ず予約確認書を調べることになっている。確認書が間違っていたり、そもそも持っていない客人は、ホテルには案内しない。船着き場は常にピリピリしている。こういう客人が訪れるからだ。入れるべきか、入れざるべきか、それが問題だ。


「クラリスさまー」


 こういうとき、秘密スキル持ちのクラリスに助けを求めることになった。しばらくホテルでブラブラのんびり。何も決断しない、ひたすらボーッとする、をしていたクラリスであったが。


「何もしないのって、すぐ飽きるんだわ」

 人生の真理に早々に気づいてしまった。


「やはり、ある程度の仕事は必要ね。わたくしのスキルを活かせないか、マーティン様とマーゴット様にご相談してみましょう」

 マーティンとマーゴットは、最初は遠慮した。


「お客様にそんな、とんでもないことです」


「わたくし、色んな貴族の秘密を知っているのです。もちろん、外で漏らしたりはいたしません。でも、なかには手に負えないお客様もいらっしゃるでしょう。その際に、わたくしの情報をうまく活用していただければよろしいのではないでしょうか」


 では、お試しで、ほんの少し。珍客対応の知恵袋になってもらったところ、とても助かったのだ。それ以来、秘密保持契約書を交わし、クラリスは顧客対応の顧問となった。


 突然呼ばれても、クラリスは慌てず優雅にゆったりと登場する。


「どうなさいました? また飛び込み客が来ちゃいましたか?」

「来ちゃいました。王族のキルスティン・ヴィラハウザー様です」

「それでは、拝見いたしましょう」


 クラリスは飛び込み客を待たせる専用の部屋を覗き見る。待合室は、美しく整えられているが、あちらこちらに仕掛けが施されている。隣にある調査部屋から、覗き見と盗み聞きがしやすくなっているのだ。


「ああ、なるほど、分かりました。後妻業の女性ですわね」


 ひと目見て、言い当てるクラリス。たくさんの貴族年鑑を必死にめくって調べていた少年少女たちは、ホウッと安堵のため息を漏らした。クラリスさんなら大丈夫。そんな信頼感、安心感が調査部屋に広がった。


「あの女性は、やり手だそうですわね。楚々とした外見ですが、策士なのです。儚くなる少し手前の老人を篭絡し、後妻に入り込み、財産を手中に収めるとか」


「いいなあ女って。簡単にお金持ちになれるね」

 少年が思わず本音を漏らすと、クラリスがコホンッと咳払いする。


「同じようなことを生業にしている男性もいますわ。裕福な老齢の未亡人に寄りそう、見目のいい若い青年。割と見かける光景です。でも、そうですね。オススメはいたしませんわ。そういうことをやると、心がすさみます。そして、悪い顔になります。あの女性も、見た目は整っていますが、なんとなく陰惨な雰囲気を感じませんか」


 少年は覗き穴からじっくりと後妻業の女を眺める。

「きれいなお姉さん」

 少年はボーッと顔を赤くしている。少年の次に興味津々で覗き込んだ少女は、指を顎に当てた。


「アタシはクラリスさまの言ってること、なんとなく分かるわ。あの人、なんだかイヤな感じがするもん。マーゴット様は顔からパアッて光が出てるみたいだもん。目がキラキラしてるし。あの人は、魚を狙ってる野良猫みたいよ」


「油断のない目をしていますわね。ああいう女性には近づかない方がいいです。いいように利用され、ボロボロにされてしまいます」


 女たちは納得しているが、男たちはいまいち腑に落ちていない表情だ。


「あんなお上品な女性がね」

「信じられん。でも、クラリス様の見る目は確かだから」

「じゃあ、追い返さないと」


 男たちは、どうやって追い返すか意見を出し合う。


「つまみ上げて船に乗せりゃいいんじゃ」

「それはいけません。王族というのは盛っているにしても、彼女は貴族ですから」


 クラリスが男たちを止める。


「屋敷に泊めて、穏便に来年の予約でも取らせるかい?」

「マーティン様が餌食になるかもしれませんが」


 クラリスの言葉に、男たちはうーんと天井をにらんで想像する。


「マーティン様、コロッと惚れそうじゃね?」

「手の平でコロコロ転がされて、気がついたら結婚してそう」

「毎日ちょっとずつ毒盛られて、来年あたりには」

「屋敷はダメだな」


 男たちのマーティンを見る目の確かさよ。


「じゃあ、一泊専用ホテルだな」

「だな」


 世界樹のホテルは明日ならなんとか、とかなんとか言いくるめて、後妻業の女とメイドを一泊専用ホテルに押し込んだ。港の小高い丘に作られた小屋。ふたりの女は不満げではあったが、一泊だけということで、納得した。


***


 招かれざる客は、それなりに来る。クラリスが査定し、マーティンとマーゴットが「今後一切つきあう必要もないから放逐でいい」と言えば、船に放り込んでサヨナラだ。そうできるなら、それが一番てっとり早いし、簡単。でも、そうは問屋がおろさない。誰が誰とつながっているかなんて、誰にも分からない。だから、なるべく角が立たないように、うまくお引き取りを願わなければならない。


「あそこはひどいところだ」そんな悪評を立てられないように、自業自得だから口外できないように、そんな策。


 貴族崩れのペテン師や、王女をたらしこもうと気を吐く色男。世界樹の種子や根を狙う学者に、水を浄化する杯を狙う謎の組織。皆、丁重におもてなしされた。魔植物たちによって。


 男なら簡単だ。ドライアド、植物界のサキュパスに任せてしまえばいい。たっぷりと搾り取り、シナシナになった頃合いで船に乗せれば終了。


「サキュパスにしおしおにされました」なーんて、大きな声で吹聴できることではない。言ったら、うらやましがられるかもしれないが。


 女にはもう少し技巧を凝らさなければならない。


***


「ねえ、ハンナ。領主様のお屋敷までは歩いて行けるかしら?」

「それは、無理でございましょう、お嬢様。馬車がなくては」


「やっぱり、そうよね。あーあー、こんなしけた小屋で眠るなんて。天下のキルスティン・ヴィラハウザー王女も、落ちたものね。やっぱり前回の結婚相手がひどすぎたかしら。今回のはちょっとはマシかしら」


「お嬢様、男なんてどれも一緒でございますよ。しおらしく、清純に、イヤよイヤよと言っておけばいいのです」

「それは知ってるけど。領主マーティンって、まだ五十前よね。アタシには、若すぎない?」


 キルスティンはいつも、最低でも六十以上の男を手玉に取って来た。孫と爺さん、そう見られるぐらいの年齢差が、効率がいいからだ。いつまでも、同じ爺さんの相手はしていられない。気が滅入る。さっさと財産をもらって、涙のお別れをしたいのだ。


「確かに、棺桶に片足突っ込んでいるような年齢ではございませんね。ただまあ、ええ。ここいらは崖が多いですから」

「あ、そうね。ふたりで散歩しているときに、うっかりつまずいてもらえばいいのよね」


「さようでございます。ドボンでサヨナラでございます」

「じゃあ、明日に備えて寝ましょう。たっぷり寝ないと、肌の調子がいまいちなのよ」


 キルスティンはたっぷりと顔にクリームを塗りたくると、ベッドにもぐりこんだ。

 キルスティンは真夜中、妙な歌声で目が覚めた。かわいいような、かわいくような。


「これが、キモかわいいってやつ?」

 キルスティンは首をひねりながら、窓を開け、外を見る。暗闇の中、何かがワサワサ揺れながら歌っている。


『ねんねんころりよ おころりよ 

後妻はよい子だ ねんねしな 

後妻のお守りは どこへ行った

あの海こえて 里へ行った

里のみやげに 何もろうた

マンドレイクに ドライアド』


 キルスティンはカッと目を見開いた。ウワサには聞いていたが、歌うマンドレイクとな。しかし、キモイし、イライラする。


「お黙り。何時だと思ってるの。睡眠不足はお肌の大敵なのよ。黙らないと、燃やすわよ」


 マンドレイクは口をつぐんだ。キルスティンはカーテンをシャッとしめると、チッと舌打ちしながら眠りに戻る。



 ハンナは妙な気配で目が覚めた。なんでしょう、この恨めしい感じの響き。

『メエエエエエ~メエエエエエ』


 ハンナは静かにベッドから起き上がると、奥の部屋のキルスティンの様子をうかがう。穏やかな寝息。目を凝らすと、キルスティンの耳から布が突き出ている。


「耳栓かしら。やりますわね、さすがお嬢様」


 我が主に一片の隙なし。満足げに頷きながら、ハンナは窓に近寄った。そっと外をのぞくと、羊の群れがやや遠慮がちに鳴いている。


「お黙り。焼いて食べてしまうわよ」

 全部焼いたら怒られるだろうが、一匹ぐらいならバレはしないだろう。ハンナは後ろ手にナイフを持って、窓から飛び降りた。羊は、消えた。メロンの中に。


「バロメッツか。確か島の産業の一部ね。食べるのはまた後日にしておきましょう」

 問題を起こして、追い出されては元も子もない。ハンナは部屋に戻り、様子を伺う。


「ええー、うちらがいくの? 女には効果ないってー」

「女が好きな女かもしれないじゃーん」

「じゃあ、ダメ元でいっとくー?」


 艶っぽい声がヒソヒソしている。ハンナは窓のそばで待ち構えた。窓が開き、裸体の女が忍び込んでこようとする。緑の裸の女とハンナの目が合った。


「ドライアドか。女も男も、金を持ってないヤツはいらない」

 ハンナは緑の首をガッとつかむと、ポーイッと遠くに投げ飛ばした。


「次は首をかっきるわよ」

 ハンナはナイフで手のひらをパシンッと叩く。


「ほらー、だから言ったじゃないー」

「投げられるぐらいしておかないと。言い訳立たないじゃん」


「働いたよ、やる気あるよ、ってとこ島のみんなに見せないとね」

「もうー」


 ドライアドたちのぶつくさが遠のいて行った。


 その後も、色んな魔植物がふたりを脅そうとあの手この手を使った。ハンナはことごとく返り討ちにし、適当なところで打ち切ってベッドに戻った。とるに足らない魔植物の仕業と見切ったからだ。最終的に、小屋の土台になっている根っこが、ゆっさゆさドーンと揺れてみたが、ふたりには通じなかった。揺りかごで寝ているかのように、ぐっすり安眠している始末。



 翌朝、いつもだったら泣きわめき、ガタガタ震え、怖気づいている宿泊客を回収し、つつがなく船に案内するのだが。スッキリ元気いっぱいのふたりを見て、島民たちは途方に暮れた。


「あれ、効いてなくない?」

「えっ、魔植物たち、寝てたの?」


 疑いの眼差しで見られた魔植物たち、頭をブルブル震わせて無言の否定をする。


「まずいわ。ということは、非常事態宣言ね」

「ニセモノ王族にはホンモノ王族を、ですわね」

「最終兵器マーゴット様にご登場いただきましょう」


 ちびっ子コボルトが伝令に出され、マーゴットがお茶会の準備に入る。


「ドキドキするわー。ちゃんと追い返せるかしら」

 マーゴットが小声でつぶやくと、お世話猫ツァールがポケットから斧を出した。


「それは、最終手段ね。穏便に、婉曲に、お呼びじゃないと伝えてみるわ」


 できるかしら、そんな貴族の高等技術。マーゴットは正直なところ、やや心もとない。草刈りには揺るぎない自信があるが、社交はいまいちなのだ。王都では、社交をしたくないから、せっせと草刈りをしていたところもある。


「礼儀作法の先生が昔言ってたんだけど。東の国では、『ぶぶ漬けでもどうどす』って言うと、はよ帰れって意味なんですって。あ、ぶぶ漬けというのは、お米に紅茶をかけて、ピクルスなどと一緒に食べるスープなんですって。おいしくなさそうだわ。長居して紅茶お米食べるよりは、お暇する方がいいわよね」


 色んなやり方があるのねえ、マーゴットは言い、ツァールは紅茶とお米の準備を始めた。


「ツァール、紅茶お米は、今回はやめておきましょう。先方が意味を分かっていないと、なんのことだか伝わらなくて、おかしな空気になりますからね」


 先方が意味を知っていたら、剣吞な雰囲気になること請け合いだし。マーゴットは、紅茶お米は封印することにした。

 


 ハンナは戸惑っている島民たちを見ている。怯えて震えていると思っていたのでしょう。そうね、昔だったら怖がったかもしれない。でも、今は知っている。魔植物や魔物より、ヒトの方が恐ろしいと。弔いの場で、醜い遺産争いをするおぞましい血縁たち。ハンナは、キルスティンと数々の骨肉の争いを見てきた。バカなやつらだ。遺産の大半は既にこちらのものになっているというのに。争うのが遅い。後手は負けを意味する。


 ハンナは常に先手を打つ。死の匂いを感じたら、そこから勝負が始まる。死んでからでは、遅い。スキル『死の匂い』は役に立つ。泥水をすするように生きてきて身につけた数々の技術。そして、男の理想の女像を具現化したようなキルスティン。これらが、ハンナの武器だ。


 ハンナもキルスティンも、元は平民の孤児だ。ふたりは孤児院で出会った。したたかで、頭がよく、屈強なハンナ。愛嬌と妖艶をあわせ持つキルスティン。ふたりは、いい相棒だ。ハンナが獲物を見つけ、環境を整える。キルスティンが、取るべきものを取る。宝石、権利書、身分、金。


 死にかけの裕福な貴族をハンナが見つけ、最後の一年をキルスティンが盛り上げ、看取る。着実に成り上がってきた。王族と詐称できるほどに。


「死の匂いに引き寄せられて、この島に来たけれど。領主マーティンがそうなら、好都合だわ。彼は、寡夫だから」

「王女とのお茶会があるみたいだから、探ってみましょう」

 

 ハンナのつぶやきに、キルスティンが小声で返す。ふたりとも、落ち着いている。修羅場も泥沼も、お手の物だから。


 案内された場所は、日当たりがよく、海も見える庭園。既に王女が待っている。艶やかな金髪に輝く青い目。生命力に満ち満ちた若い体躯。キルスティンとハンナは優雅に礼をする。


「ようこそいらっしゃいました。私はマーゴット・ノイランド第七王女。殿下と呼ばれるのはあまり好きではないので、マーゴット様とお呼びくださいな」

「キルスティンと申します。本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます」

「お茶会にはご招待しましたが、島への招待状はお送りしておりませんの。不思議ですわね」


 しょっぱなから、マーゴットの嫌味がさく裂する。キルスティンは、動じない。面と向かって、泥棒猫、疫病神、死神と呼ばれてきた。嫌味には耐性がある。


「招待されない訳がないと思って、自主的にやって参りました」

 しれっと笑顔で返すキルスティン。マーゴットとキルスティンの間で、カーンッと始まりの鐘がなった。


 華やかな笑顔でマーゴットはキルスティンを促し、ふたりとも優雅に着席する。


「普通の紅茶もありますが。特産の果物ジュースはいかがでしょう。パイナップル、マンゴー、バナナ、キウイ。色々ございますのよ」

 マーゴットが飲み物メニューをキルスティンに渡す。


「では、マンゴージュースをお願いいたしますわ。熟れているマンゴーは芳醇で見た目も鮮やかなのですってね」


 キルスティンは艶っぽい流し目で、給仕に告げる。小娘のお前では、女として熟れに熟れている私には遠く及ばない、そんな当てこすり。


「では、私はパイナップルジュースにしますわ。トゲトゲで清い身を守り、たったひとりを待っている、そんな果物ですものね」


 マーゴットも負けてはいない。清い乙女の方が、価値が高いに決まっているではないか、アバズレの売女め、といったところか。ハンナは慎ましやかに後ろに控え、興味深くバチバチのやりとりを眺めている。迂遠でも婉曲でもない、割と直接的な当てこすりの応酬。この王女、普通の女ではないわね、ハンナは感心する。


 フッとキルスティンが柔らかな笑みを浮かべる。ハンナは背筋を伸ばした。キルスティンが作戦を変えたことが分かったからだ。


 キルスティンは小首を傾げ、邪気のない表情でマーゴットの手を取った。


「意地悪してごめんなさい。突然やってきて困らせてしまいました。アタシね、成り上がりの品のない女ってよく悪口言われるの。生まれながらの王女様に嫉妬して、八つ当たりしてしまったわ」


 ペロッと舌を出し、人懐っこい気安い調子で謝るキルスティンに、マーゴットは戸惑っているようだ。


「いえ、あのー、そのー」


 もごもご言って、モジモジしている。ハンナはひそかにほくそ笑んだ。なるほど、この王女、目には目を、毒には毒を、と強者には強く出られるけれど。からめ手を取ってくる相手にはまだ不慣れのようね。媚てくる相手をどうしていいか分からないのだわ。さすが、お嬢様。これは、おもしろくなってきた。ハンナは表情を変えずに、じっくり見物する。


「やっぱり恵まれた環境で大切に育て来られた王女様って、隠しきれない品があるんだわ。孤児院育ちのアタシが、いくら取り繕ってもかなわないのね」


 さらりと生い立ちを明かすキルスティンに、マーゴットは息を呑む。


「あ、孤児院育ちってことは内緒にしてください。お嫁にいけなくなっちゃうので」


 自分の頭をコツンと叩き、キルスティンは肩をすくめた。キルスティンのテヘペロは耄碌じい様たちに絶大な威力を放つが、マーゴットにも効いているよう。マーゴットは口を開けたり閉めたりして、返事ができない。


「運命の人をずっと探しているんだけど、なかなか見つからないの。世界樹にお祈りすればご利益があるんじゃないかと思って。世界樹を見て、ご領主様にご挨拶したら、素直に帰ります。ダメかしら?」


 キルスティンが潤んだ目で見つめてお願いすれば、たいていなんとかなってきた。案の定マーゴットも、「まあ、それぐらいなら、いいのかしら。どうなのかしら」なんてほだされてきている。甘いし、チョロい。


 ひとたび領主に会ってしまえば、あとは簡単。男を手玉に取ることにかけては、右に出るものがいないキルスティンだ。純朴素朴というウワサの領主マーティンなど、一瞬で落とせるだろう。


 いくら働き者で変わり者の王女マーゴットとはいえ、所詮は王宮育ち。くぐってきた修羅場の数では、到底キルスティンには敵わないのだろう。勝負あったか。ハンナは、マーゴットが陥落する瞬間を見逃すまいと視線を凝らした。


 微妙な均衡で揺れている勝負の瞬間に、爽やかな青年が、お盆に華やかなジュースを載せて登場する。先ほどの給仕とは別の好青年。


「マンゴージュースとパイナップルジュースです」

「あら、ありがとう」


 キルスティンが、上目遣いで礼を言う。


「まあ、トムが持って来てくれたの?」

「他の給仕は怖がってさ。空気をよくするために、花でも咲かせてきてって頼まれた」


 ハハハと春風のような笑い声をあげると、トムという青年は花が入った花瓶をテーブルに載せる。つぼみばかりだった花が、フワッポワッとほころび、次々に花弁を開いていく。王女はパアッと花のような笑顔を浮かべ、キルスティンは目を見開く。


「えっ、これは一体」

「トムはね、花を咲かせるスキルを持っているの。素敵でしょう」

「素敵です」


 キルスティンが珍しく素直に本音を出した。キルスティンがキラキラする目でトムを見つめる。バッと王女が立ち上がり、トムの前に立ちふさがった。


「ダメよ。トムは私の恋人なんだから。手を出したらギタギタにします」


 後ろにひっそりと立っていた巨大な猫が、どこからともなく大きなハサミを出す。

 キルスティンはポカーンと口を開け、その後プッと噴き出した。


「参りました。完敗です。王女という身分がありながら、気さくで、気取らず、表情がクルクル変わって、平民の恋人がいる。まさに、おもしれー女ですね。アタシもたまに演じるけれど、あなたのは、本物」


 しばらく笑って、キルスティンは虚無の表情になる。



 誰もがうらやむ美貌を持っているキルスティンのスキルは『嫉妬』。誰もが持っていて、持て余す、魔物のような恐ろしい感情。キルスティンは人一倍強い嫉妬心を飼いならし、他の人の嫉妬心に火をつけ、煽ることができる。嫉妬しているときの顔は、醜く浅ましい。


 なぜアタシの方がかわいいのに、アタシは本命になれないの? なぜ、他の子には親がいるのに、アタシにはいないの? あの子のワンピース、絶対アタシの方が似合うのに。アタシの方が美しいのに、アタシの方が、アタシの方が。キルスティンは、自分の嫉妬心をよく知っている。それに食い殺されないように、なだめすかし、小出しに発散し、だましだましやり過ごす。


 キルスティンは、人を好きにならないよう、注意深く生きてきた。うっかり誰かを愛してしまったら、嫉妬心が雪だるま式に肥大化し、火だるまになる。キルスティンは分かっている。男は手に入れるまでは夢中で優しくしてくれるけれど、つき合ってしまうと愛が少しずつ減っていくことを。


 高嶺の花は、届かない方がいい。落ちてしまうと、あとは消費される一方。だから、キルスティンは誰かの最後の女になりたい。しかも、一年限定の。それなら、キルスティンが飽きられる前に、関係は終わる。


 この人は、恋人から冷められるのが怖くないんだろうな。そんな日がくるとは、夢にも思っていないのかもしれない。もしかしたら、ずっと愛され続けるのかもしれないけど。キルスティンは、困った顔をしている王女と青年を見て、本心で言ってみる。言わないと、嫉妬の業火で身を焼き尽くしそうだから。


「うらやましいわ。アタシも誰かを本気で愛し、愛されたかった」


 王女はキョトンとした顔で首を傾げる。


「あら、とても愛されていたと思いますよ。少なくとも、七人の男性から、熱烈に」

「七人って。どうしてそれを」


 キルスティンが七人の夫を持っていたことは、ハンナ以外は誰も知らないはずだ。


「だって、そこにいらっしゃるもの」


 王女はキルスティンの周りに視線を漂わせる。キルスティンはビクッとして後ろを振り返った。少し青ざめたハンナと目が合う。ハンナは口を開けて、ささやく。


「濃厚な死の匂いを感じます」

「それはまあ、皆さんもう没後ですからね」


 王女はこともなげに言ってのけた。

 ガタンッと椅子が後ろに倒れる。キルスティンはハンナに抱きついた。


「イ、イヤッ。まだ死にたくない」

「大丈夫ですよ。みんな懐かしくなって、冥界から抜け出して来ただけみたいですから。あなたが冥界に来る日を、楽しみに待っている、ですって」


 ちょっぴり生温かい風にふんわり包まれ、キルスティンは気を失った。


「主が大変失礼をいたしました。誠に申し訳ございません。わたくしどもは、お暇させていただきます」

「まあ、そうですか」


 マーゴットは引き留めなかった。


 馬車に乗り、ハンナと気絶したキルスティンは港に向かう。馬車が見えなくなるまで見送りをしたマーゴット。「勝った」と両手を握りしめる。


「お、おお。ちょっと、あれは、どうかと思ったけど。七人の夫って今もここにいるの?」

 トムが周りを見回す。


「いないわ。そもそも、冥界から連れ出していないわ。入口に顔だけ突っ込んで、冥王に向かって叫んで聞いたら、情報をくれたのよ。連れ出したら、冥王に怒られてしまうじゃない。ツァールがいい感じに息をフーッて吹きかけてくれたのが、効いたわね」


「なんだ、ハッタリか。マーゴットも人が悪いな」

 トムが呆れたように言うと、マーゴットはトムに詰め寄る。


「トムに色目使おうとしたからじゃないの。浮気は許さなくてよ」

「俺、マーゴットしか目に入らないから」


「それならいいのよ。ずっとそうして」

「うん」


 マーゴットはトムに飛びつく。

 愛と魔植物と冥界の力によって、今日もユグドランド島は守られている。


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― 新着の感想 ―
冥界の王にもおもしれー女認定されてましたよねマーゴット…。っょい゛
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