4. 初仕事
翌朝、マーゴットは日の出と共に草刈りを始めた。居住区には魔植物は出ないと聞いたので、単身で初の草刈りだ。朝の柔らかい日差しと新鮮な空気を楽しみながら、マーゴットはサクサクと刈っていく。
「あら、もう終わっちゃった」
屋敷周辺は、なんら手こずることのないまま終わってしまった。これでは、働いた気がしない。マーゴットは範囲をもっと広げることにする。チャッキチャッキチャッキ、小気味よい音に歩調を合わせ、マーゴットは行進する。
「あら、いつの間にか港まで来ちゃった。皆さん、おはようございます」
マーゴットは王女らしい笑顔で、野良猫たちに挨拶をする。野良猫たちは、じりじりと後ろに下がる。
「まあ、怯えなくてもいいのよ。私、猫は大好きだもの」
キラリ 草刈りハサミが太陽の陽ざしを浴びて光った。ピャッ 猫たちは臆病なスズメのように逃げ去った。
「ああー、モフモフがー」
がっくりと気落ちしたマーゴット。猫に限らず動物が大好きなのだ。特に猫や犬などはモフモフしたいと、いつも見かけるたびに手をワキワキさせているのだが。なぜか、動物はマーゴットを見ると、ピャーッと逃げてしまう。なぜだ。やはり、草刈りハサミがいけないのだろうか。でも、これがないと仕事ができない。マーゴットはしばらくウダウダ考えて、諦めた。仕事だから、草刈りハサミは手放せない。いつか、きっと、私にもモフモフできる日が。くーるーはーずー。
マーゴットは気を取り直して、屋敷に戻ることにする。来たときとは別の道を通りながら、雑草を成敗していく。まったくやった感のないまま、屋敷に着いてしまった。
「うーん、こんなもんなのかしら」
王宮の庭園で草刈りを始めたころに比べると、達成感がないような。簡単すぎるような。
「いえ、油断は禁物よね。明日またワサーッて伸びてるかもしれないし」
マーゴットはさっと着替えると、朝食に向かう。
朝食のあと、領主マーティンと護衛と共に、問題の手つかずの地に向かう。馬車でたどり着いた先は、確かにうっそうとしていた。マーゴットの首辺りまである、硬そうな雑草。その先にはトゲトゲしたツルが絡まった大きな木々。みっしりと密集してどこまでも続いている。
「このあたりから魔植物が出ます。出たら、すぐに下がってください。護衛がマーゴット様をお守りします」
マーティンが緊張した様子で手をもみ合わせている。できれば出ないでほしい、王女を危険な目に合わせたくない。そんな気持ちなのだろうか。
「腕が鳴るわね」
ガッチンガッチン マーゴットは気合を入れて草刈りハサミを開け閉めした。
ヒアーッ 一瞬そんな音がしたようだが、気のせいか。マーティンはキョロキョロ周囲を見回す。
「始めるわよ」
マーゴットが草刈りハサミを構え、護衛たちは剣に手をかけた。
ジャッキジャッキジャッキ これはなかなか。
ザックザックザックザック お主、やりおる。
アハハハハハハハハハハハ たーのしーーい。
「今日はこれぐらいにしておこうかしら」
マーゴットがひと息ついて後ろを振り返ると、マーティンと護衛がプルプル震えている。
「どうかされましたか? あ、これでは生ぬるいですか? もっと刈りましょうか?」
結構刈ったと思ったんだけど。期待外れだったかしら。マーゴットはドギマギした。王都から鳴り物入りでやってきたスキル持ちなのに。たいしたことないなーって、思われてたりして。
マーティンと護衛がピッシイと敬礼した。
「もう、十分でございます。ええ、本当に。もう、これぐらいにしてください。ぜひ。断末魔が耳にこびりついて眠れなくなりそうです」
「断末魔」
不思議なことを言うものだ。静かで穏やかな春の朝だというのに。それとも、これはユグドランド島特有の比喩表現かしら。きっとそうね。マーゴットは、問いたださないことにする。
毎日、日の出と共に居住区を草刈りし、朝ごはんのあとは未開の地を開拓する日々が続いた。マーゴットの心配は杞憂に終わり、居住区の雑草たちは大人しい。切っても切っても伸びてくる、なんてことはない。しつけの行き届いた、育ちのいい子猫みたいだ。港で出会ったら、ピャッと逃げ出す野良猫より、よっぽど扱いやすい。
未開の地も、順調に広がっている。さすがに、そのあたりの草木は手ごわくて、やりがいがある。全力でぶつかり、お互いの力を出し合い、屈服させる。敵は強ければ強いほど、燃える。そして、当たり前だけれど、いつだってマーゴットの勝ちというのがいいのだ。負けたら楽しくない。
「敵ながらあっぱれですわ。ホホホホホ」
「おのれこしゃくな。フッそれほどでもなかった」
「我が力の片鱗を見せてやろう。フハハハハ」
「ククッ、全力を出すほどでもないわ」
そんな覇王ごっこをしながら、刈るのが楽しいのだ。スカッとするのだ。
でも、日に日に護衛たちの顔色が悪くなっているけれど。どうしてかしら。日差しはまだ優しいのに。王女といると、気を使うのかも。
「お手を煩わせてしまうのもあれですから。明日からは、私ひとりでも大丈夫ですよ。屋敷で執務をされているマーティンさんの護衛に専念されてはいかがかしら」
マーゴットは聖母のつもりの笑顔で聞いてみる。そしたら、泣かれた。
「なんのお役にも立てない、不甲斐ない我ら。誠に申し訳ございません」
「恥ずかしいです」
「護衛なんて名乗って、ごめんなさい」
「せめて送迎ぐらいはさせていただきたいです」
なんなの、この人たち。情緒不安定すぎない。怖い。マーゴットはビビった。なぜ、大の男が泣きながら頭を下げているのか。意味が分からない。困ったときは、王女らしく、しとやかに。
「まあ、もちろん今後ともご同行いただけると嬉しいですわ」
乗り切ったか? 乗り切ったな。よし。マーゴットはこっそりと拳を握りしめた。