37. お客様って選べるの?
かつて不毛の島と呼ばれていたユグドランド島。今はその面影はほぼ消えかかっている。破壊王マーゴットが帰還し、再生王である領主マーティンが世界樹を発現させた。お世話猫は嬉々としてマーゴットの世話を焼き、チャンカワンカたちは秘技をこっそりと垂れ流す。トロントはそしらぬふりで遠くから見守っている。
やる気に満ち溢れた島民と、王都からの追放組たち。ホテルの営業に向けて今日も頭を悩ませていた。
「お客様のご要望は、どこまで応えればいいのかしら?」
「お客様は神様みたいに扱わないといけないのかしら? どこぞの国では、そんな感じなのよね?」
「神様をどう扱えばいいか分からないけど。王族と思えってことなら、できるかも?」
「えっ、てことは、何もかも言いなりにならなきゃいけないってこと?」
「うちの王族は無理難題を言わないけど。世の中にはメイドは食い散らかしていいって考えの王族もいるって言うじゃない」
メイドたちは、さあーっと青ざめた。
「私、白馬の王子様にならつまみ食いされてもいいけど。奥様がいっぱいいる王族はちょっと」
「こら、口を慎みなさいよ。我が国の王族にも、博愛をまき散らしたお方がいらっしゃったでしょう」
「そういえばそうでした」
誰とは言えないが、前王のマクシミリアン博愛王──。メイドたちは、そっと目をそらした。
全員がいっせいに咳払いをする。
「どこまで従うべきなのか、指針を出していただきましょう。偉い人たちに」
ユグドランド島の偉い人たち。マーティンとマーゴットは、ベネディクトを前にして議論を交わしている。
「私のかわいいメイド仲間たちを、どこの馬の骨とも知らない王族の餌食にはいたしませんわよ」
「もちろんですとも。そこはきっぱり、くっきり線引きしお断りいたしましょう」
「宿泊規約に書いておきます」
ベネディクトがカリカリと紙に綴る。
「では、手を出されそうになったら、全力で拒んでよい。いざとなったら力に訴える、とも書いておいてくださいな」
マーゴットの草刈りハサミがキランと光った。
「島民の尊厳を傷つけるような行いには、断固たる手段を取る。小さく、破壊王マーゴットより。と書いておきましょう」
「いいんじゃない」
ベネディクトとマーゴットが笑い合った。マーティンは少しハラハラしている。マーゴットは最終兵器だけど、気軽に使っていいのだろうか。まあ、いいか。マーティンはあまり考えないことにした。
「では、お客様はきちんと敬うけれども、無理難題はお断りしましょう。どこからが無理難題にあたるのかは、都度対応ということにいたしましょう」
ベネディクトがきれいにまとめてくれた。
「でも、ぶっつけ本番は怖いわ。練習をしてみましょう。どこから断っていいのか、みんなで認識を合わせられるでしょう」
そういうわけで、熟練のメイドたちが、高位貴族の振る舞いを真似てみる。
「では、港のお出迎え場面から練習してみましょう」
メイドがツンとした表情でしゃなりしゃなりと歩き、島民の少女に言葉をかける。
「そこのお前。わたくしの靴にカモメの落し物がかかったではないの。今すぐ拭きなさい」
「はい、かしこまりました」
少女はオドオドしながら、ハンカチをポケットから取り出し、メイドの足元に屈みこむ。
「お前、そのような小汚いハンカチでわたくしの靴を拭こうというの。無礼な。舐めなさい。舐めてふき取りなさい」
「そ、そんな」
「刈る」
マーゴットが少女の前に割って入り、草刈りハサミを構えた。メイドがため息を吐く。
「マーゴット、これぐらいで出てきたら、あなた休めなくなるわよ」
「うっそー」
マーゴットが草刈りハサミを取り落としそうになり、お世話猫ツァールがさっと受け止めた。
「こういうのは、毅然と断っていいし、もしくは笑いにもっていってかわすのがいいのよ」
王宮で高位貴族たちをしなやかにあしらってきたメイドたちが、不敵な笑みを浮かべる。無邪気な島の少年少女たちは、わーかっこいいーと憧れの目で見つめる。
「では、実演してみせましょう」
熟練メイド同士が向かい合う。
「お前、わたくしの靴をお舐め」
「まあ、奥様。そういうご趣味がおありでいらっしゃいますの? まだお日様がお空で輝いておりますから、夜になるまでお待ちくださいませ。洗い立てのハンカチで清めさせていただきます」
メイドがバチーンと片目をつぶった。子どもたちは口を開け、マーティンは頭を抱える。
「それは、子どもたちには対応できないでしょう」
「分かりました。では、子どもたちでもできる対応方法をお見せしましょう。お前、わたくしの靴をお舐め」
「おくさま、わたしさっきハチミツたっぷりパンを食べたばっかりなんです。舐めたら、おくさまの靴がアリだらけになります」
メイドが目をウルウルさせながら、少し舌足らずに言う。
「ハチミツパン食べたーい」
「お客さまがくるときは、毎朝ハチミツパン食べるー」
「あ、ああ。そうしよう」
よく分からないが、なんとなくうまくいったようだ。マーティンは額の汗を拭う。
「臨機応変にね。お客様がいるところは、機転の利く大人が必ずいるようにしましょう。子どもに無理はさせたくないわ」
「ハチミツパーン」
盛り上がる子どもたちをよそに、大人たちは結束を固める。子どもたちを守るためと思えば、怖い貴族にも毅然と立ち向かえる気がしてきた。
「怖いお客さまがこなければいいのにね」
ハチミツパンと騒いでいた男の子が、無邪気に言った。大人たちはシーンとする。
「それができれば一番いいわねえ」
「すべての客商売のひとたちが密かに願うことよね」
「お客様を選べる立場になれると、強いわよね」
大人たちはしんみりする。それが難しいことは、大人なら分かっているから。
「不可能では、ないのでは? なんといっても、私はこう見えて王族ですし」
マーゴットが胸を張る。島民が期待を込めてマーゴットを見つめた。
「王族の私がいるユグドランド島のホテル。護衛の観点からみて、私たちのメガネにかなったお客さんだけ、予約を取る。筋道は通っているのでは?」
「そんな夢のような話」
できるのかしら、皆の目は、島の良心マーティンと、判断力の要ベネディクトに注がれた。
「確かに、それができれば色んな問題が片付きますね」
「試験運用中ということで、最初の数か月は可能かもしれません」
マーティンとベネディクトがゆっくりと答える。マーゴットはパッと笑顔になり、両手を打ち合わせた。
「そうしましょう。本営業前の試験営業は、私たちが選んだお客様にのみ泊まっていただきましょうよ。招待状を出しましょう。お金持ちで、趣味がよくて、影響力の多い人だけを選ぶのよ」
「招待ということは、宿泊費はこちら持ちということでお考えですか?」
ベネディクトが尋ねると、マーゴットは勢いよくうなずいた後、少し自信なげな表情を見せる。
「そうなの。お金払ってもらってないんだから、多少接客にアラがあっても許してもらえそうじゃない。練習にはちょうどいいんじゃないかと思って」
「宣伝費と思えば、いけなくもないような」
ベネディクトが言い、マーティンがゆっくり首肯する。マーゴットは両手を高々と上げた。
「やったー。いい人だけ呼んで、いっぱい練習しましょう。間違えても怒らないような大らかな人」
「都合の良い女ならぬ、都合の良いお客、ね。人選が大事だわ」
「貴族名鑑を見ながら決めましょうよ」
メイドたちは張り切って腕まくりをする。ウワサ話に詳しいメイドたちの総力を結集し、色んな伝手を使いまくって、選りすぐりの招待客に招待状が出された。
「あーくたびれた」
人選にはあまり役立たなかったマーゴット。他国の貴族や王族のウワサ話より、草を刈る方が性に合っているのだ。
「署名のしすぎで手首が痛くなっちゃった」
箔をつけるために、招待状に署名しまくった。領主マーティンと王女マーゴットの署名入り招待状。威力は抜群のはずだ。お世話猫ツァールに手首を撫でられながら、マーゴットは庭に出る。
「気分転換に草刈りでもしようかしら。でも、もうこの辺りは刈りつくしちゃったのよね」
「マーゴット、ちょっと刈って欲しい場所があるんだけど。今いい?」
「さすがトム。私の気持ちをお見通しね。刈りたい気分だったのよ」
マーゴットはトムと腕を絡ませながら元気よく歩き出す。ふたりのお気に入りの崖の一角に、鮮やかな緑色の植物がワサワサと茂っている。
「あら、ミントね」
「ミントは繁殖力が強いから、気をつけていたつもりなんだけど。いつの間にか生えてた」
「根絶やしにすればいいのかしら」
「できる?」
「当たり前じゃないの。私を誰だと思っているの。草刈りハサミでちょーっとひと撫で」
草刈りハサミを軽く開き、カシャン。たったそれだけにトムには見えた。次の瞬間にはミントが山盛りに積み上げられている。
「すっご、はっや」
「あら、ホホホ。それほどでも、あるけど。これだけじゃ物足りないわ」
「ミントをたっぷり入れたお茶でも飲まない? このまま枯らしてしまうのはもったいない」
「それはいい考えね。ハチミツパンを食べながら、ミントを楽しみましょう」
大量のミントのお茶とリサ特製ハチミツパンが、島民に振舞われた。
「ああー元気が出たわ。気分がスッキリする。さすがミントね」
「増えすぎないように注意しながら、庭の片隅で育てておくよ」
「そうね、増えすぎたらまた私の出番ね。刈るものがなくなりつつあったから、ちょうどいいわ」
トムの差配により、根絶やしにされずに済みそうなミントであった。密かにホッとしているミントの傍らで、お茶とパンで英気を養った面々は、招待客を迎える準備に取り掛かった。




