表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/36

35. それから


 色んな国の社交界で、ユグドランド島のリゾートが話題に上がるようになった。


「お聞きになりまして? 猫島のこと」

「猫島といいますと、ノイランド王国の不毛の島のことですかしら? 確か、野良猫がたくさん港にいるとか。猫好きの間で話題に上がっておりましたわね」


「でも、野良猫でしょう? 野良猫はちょっとねえ。ノミやダニがいそうではありませんか」


 貴婦人は、少しかゆそうにブルッと体を震わせる。


「それがね、巨大な猫様が現れたのですって。私たちより大きいんですって。モフモフなんですって」

「まあ」


 猫好きのご婦人方が、一気に目を輝かせる。


「それって、魔物ですの? 危なくありません?」

「聞くところによりますと、どうも聖獣らしいのですわ。マーゴット第七王女をお守りしているのですって」


「まあ、素敵。私も猫様に守られたい」

「全力で同意いたしますわ。それでね、その聖獣猫様。マーゴット殿下をお守りするだけでなく、リゾートホテルの宿泊客をおもてなししてくださるそうなの」


「詳しく」


 いつの間にか夜会の会場の一角に、猫好き貴族女性の円陣ができあがっている。


「お茶を運んでくださったり。特製の果物ジュースをオススメしてくださったりするんですって」

「んまあ。あのー、モフッと、ほんの少ーし、モフッとすることは、許されるのかしら」


 お触り、大事。皆、口にはしないが、思いはひとつ。モフれない、見るだけ。それは、あまりにも、あんまりではありませんか。


「聖獣ですからねえ。どうかしら。でも、例えばですわ。チップを多めにお渡しするときに、両手でギュッと」


 ギュッと、肉球にチップを置きながら、上と下から両手で。ギュギュッと。うん、いいね。


「メニューを見ながら質問するときに、さりげなく腕をサワサワフワフワッと」

「わざとお水をこぼして、ドレスを拭いてもらったり。いけませんわ、なりませんわ。なーんてことが」

「椅子から立ち上がるときに、よろめいたフリをして、抱きついてみたり」


 キャーッ 黄色い歓声があがる。


 場末の酒場で女給をいかに口説くかで盛り上がる、酔っぱらいのおっさんの様相を呈してきた。


「わたくし、あらゆる伝手を使って、予約いたしますわ」

「わたくしも同行させてくださいませ」

「わたくしも」「わたくしもぜひ」


 誰の伝手を、どう使えば効果的か。貴婦人たちの密談はいつまでも続く。


***


 アミーリャ帝国の皇宮の、それほど豪華ではない一室。ウィスキーをチビチビ飲みながら、リッキー・アミーリャ皇帝がつぶやいた。


「うまい酒が飲めるのか」


 酒好きのリッキー皇帝、食指が動きまくっている。


「ナヴァロたちはまだノイランド王国で捕まったままだし。ノイランド王国との交渉はのらりくらり戦法でかわしてはいるが。行ってみたいものだ。うまい酒に魚釣り。休暇にピッタリだな」


 カランカラン リッキーはグラスの氷を鳴らして天井を見上げる。


「さすがに俺が行くのは無理だろうな。変装したからって、護衛が見逃してくれるとも思えん。はあー、つくづく面倒な立場だぜ、皇帝ってもんは」


 コンコン 扉が開き、四男のレオンが入って来る。


「父上。昼間っからウィスキーですか。いいですね。俺も一杯」


 レオンは父の了解を待たず、勝手に自分でグラスにウィスキーを注いだ。リッキーは、自分には似ず、妻とそっくりなレオンを見つめる。


「レオン。お前な、ユグドランド島に行って、マーゴット王女を口説いて来い。そろそろ、お前もひとりの女性に落ち着いてもいい頃合いだろう」


 方々で浮名を流すレオンは、美しい顔にかすかに微笑みを浮かべた。


「マーゴット王女はなかなか手ごわい女性だというウワサですが。やれるだけやってみましょう。うまくいけば、ナヴァロを解放してもらえるかもしれませんしね」


 レオンのからかうような口調に、リッキーはむっつりと黙り込む。レオンはグラスを掲げる。


「親父殿の、忠実なる犬に」

「あれは、狼だ」


 リッキーは仏頂面でグラスを掲げ、クイッと飲み干した。


***


 ユグドランド島では、マーゴットがせっせと草刈りをしている。


「マーゴット、少し休憩したら?」


 トムがバナナジュースを持って、やってきた。マーゴットはありがたく受け取って、ひと息つく。


「マーティンさんが言ってたけど、ホテルに泊まりたいって手紙がガンガン届いてるんだって。よかったよなあ、うまくいきそうで」

「いいお客様だといいわねえ。おかしな人が来たら、困っちゃうわね」


「事前に調べて、変な人は断ればいいんじゃないの」

「断れるぐらいの身分の人ならいいけれど。そうじゃないと、どうかしら」


「あ、そういえば、レオン第四王子ーってマーティンさんが叫んでたぞ」

「レオン第四皇子? アミーリャ帝国の? ええー、あの人、すごい女好きで女たらしってウワサよ。いやだー」

「帝国なんだ。じゃあ、皇子様か。面倒だな。マーゴットに色目使いに来たら」


 うーん、トムが眉間にシワを寄せて腕組みをする。


「刈るわよって言えばいいんじゃない」

「何を?」

「さあ、何かしら。それは、そのときの気分次第ね」


 マーゴットがいたずらっぽく言い、トムがぷっと吹きだす。


「マーゴットなら大丈夫か。俺も、がんばる」


 何をかは言わなかったが、マーゴットは少し赤くなった。ふたりの後ろで、お世話猫ツァールが涙ぐんでいる。


 ユグドランド島は、平和だ。今のところは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] マーゴットの本命誰だ選手権、島の胴元が絶対賭けてると思う。そしてほぼ全員が賭けてると見た。胴元お世話猫かもしれない(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ