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34. そして誰もいなくなった


 ある日、目覚めたマクシミリアン。離宮にひとりぼっちと気づいた。もちろん身の回りの世話をする者たちはいるが。妻が、ひとりも、いない。


「どうしたことだ、これは。なぜ、誰もいない? アリステアはどこだ?」

「アリステア様は、ベティ様、カルラ様、デボラ様とユグドランド島に行かれました」


「なぜ、私に黙って」

「アリステア様は、何度か陛下にお伝えされていました。陛下はそのたび、ああ、うん、と仰いました」

「ああ、うん。そうだったか。参ったな」


 朝ごはんはいつも、アリステアとふたりで食べていた。特に何を話すと言うでもないが、アリステアがニコニコ笑っているのを見ると、元気が出るのだ。アリステアが色んな話をしているのを、ぼんやり聞くのも好きだ。相槌はたいてい、「ああ、うん」で済ませていたが。


 ひとりだと味気ないな。マクシミリアンは食事もそこそこに、離宮の庭に出る。王としての執務はない。一時荒れていた王宮も、フィリップが苦心しながら立て直していると聞いている。


 老兵は死なず、消え去るのみ。そんな一節をどこかで読んだ気がする。身につまされる。今の状況がまさしく、そうではないか。


「もう、誰かを助ける必要もないのか」

 急に、世界が明るくなったような気がした。


「もう、無理して、できる王のフリをする必要もない」

 できない自分を隠して、博愛の雰囲気でごまかして、王であるぞと。自分を大きく見せる必要は、もうないのだ。そのままの、空っぽのマクシミリアンで、許される。


「空っぽで、たったひとり。私の人生とは、なんだったのだろうか」

「兄上の人生は、これからは兄上と、アリステア様のためにあるのですよ」


 振り返ると、弟のハインリヒが立っている。


「兄上、今までお辛かったことと思います。私に気が引けていることも知っていました。いつも、無理をなさっていることも。兄上は、素晴らしい王でした。私は心からそう思います」


「ハインリヒ。そなたの方が王に向いていると、分かっていたのに。何もできなかった。王位にしがみついた。浅ましいのだ、私は」


「違います、兄上。私は、王になりたいと思ったことは、ただの一度もありません。それに、向いているとも思いません。王という責務は、兄上だからこそ担えたのですよ。いつも必死で、できることを探し続けられた兄上だからこそ、できたことです」


「そうだろうか。そうだったならよいのだが」


「あがいて、苦しんで、でも外では笑って。博愛王として君臨された。誇ってください、ご自分を。そして、アリステア様ともう一度向き合ってください。このまま、失いたくないでしょう?」


「アリステアを失うなど、バカな。そんなことが、あるのか?」


 いつもそばにいてくれたアリステア。いなくなるなんて、あり得るのか?

 先ほどまで輝いていた太陽が、厚い雲に覆われた。鳥の鳴き声が消える。風がやみ、空気がよどむ。世界から、色が消えた。


「とにかく、迎えに行く方がいいと思いますよ。そして、アリステア様に、ああ、うん、以外の言葉をかけてはいかがですか」

「そうか、そうする。ハインリヒの助言はいつも正しいから」


 マクシミリアンは侍従に支度を命じ、大急ぎでユグドランド島に向けて出発した。先触れを出すことは、すっかり頭から抜けていた。


「アリステアに、何を言えばいいのだろう」

 ずっと一緒にいすぎて、話すことなどない気がする。


「元気か、いい天気だな。それぐらいは言える。他は、そうだな、髪型に触れればいいか。髪を切ったのか、もしくは、よく伸びているな、とか。はて、アリステアの髪は、今どうだっただろうか」


「アリステア様は、肩より少し長いぐらいの髪でいらっしゃいます。ゆるく巻いて、まとめていらっしゃることが多いです」


 頼もしい侍従が教えてくれた。そう、であったか。アリステアのことをよく見たことが、とんとなかった。最後にじっくり見たのは、いつだっただろう。


 マクシミリアンはじっくりと思い出す。ふたりででかけたことは。そう、外交や夜会はいつもアリステアと一緒であった。だが、公務以外は、はて。


「公務以外でアリステアと外出したことはあっただろうか。思い出せぬが」

「フィリップ陛下がお生まれになってからは、一度もございません」


 侍従の言葉にマクシミリアンは愕然とする。


「私は、何をしていたのだろう」

「国民を助けていらっしゃいました。大丈夫です、アリステア様もご理解くださっています」


 侍従に言われて、少しだけ落ち着いた。侍従が言うなら、そうなのだろう。


「アリステアに、何を言えばよいだろうか」


 弱気になったついでに、侍従に聞いてみる。侍従はいつも通り穏やかに返した。


「アリステア様にお会いになったときに、浮かんだ言葉を、そのまま仰ればよいと思います」

「分かった」


 アリステアに初めて会ったのは、十歳のときのお茶会だったか。博愛スキル持ちということが明らかになり、未来の王妃にふさわしい婚約者探しが始まったのだった。アリステアは五歳下だから、当時は幼すぎた。お互い、愛だの恋だのをささやくような年齢ではなかった。


 年に数回、年回りのいい令嬢たちとお茶会をしたものだ。アリステアがマクシミリアンの婚約者に決まったのは、アリステアのスキルが判明してからだ。正道スキル。これ以上、王妃にふさわしいスキルがあろうか。


 アリステアは、厳しい王妃教育も朗らかにこなし、いつも笑顔を絶やさなかった。マクシミリアンが次々と妻を増やしても、ため息ひとつで受け入れてくれた。よくできた妻だ。最高の王妃だ。


「私は、アリステアにとって、いい夫だっただろうか」


 とても、そうは思えない。思えなさすぎて落ち込むぐらいだ。


 アリステアの立場になって、見てみると。マクシミリアンはクズ夫以外の何者でもない。何人もの妻をめとり、優しい言葉ひとつかけるでもなく、産後は放置。最低だ。


「捨てられるかもしれぬ」

「それは、ないとは言い切れませんが」


 侍従が無情。


「いい点もございます。フィリップ陛下は、ドーラ様に一筋です。フィリップ陛下は、マクシミリアン陛下の女性関係に辟易されていらっしゃいましたから」


 侍従がバッサリ。


「アリステア様に、思いを伝えられればよろしいかと。それ以外に道はございません。捨てられたら、そのときに考えましょう」


 達観している侍従に励まされ、マクシミリアンは海を見て過ごすことにする。考えると、暗くなる。


 たどり着いたユグドランド島。世界樹の下でくつろいでいるアリステアに、マクシミリアンは跪いてかじりついた。恥も外聞もなく、すがりつく。


「ひとりぼっちはいやだ。許してくれ、助けてくれ、アリステア。君がいないと、私はダメなんだ」


 アリステアはしばらく黙っていたが、フッと笑って、言った。


「仕方のない人だこと。許してはあげられないけれど。助けてはあげましょう」


 おいおい泣くマクシミリアンを、遠い目をしながらなだめるアリステア。


 こんな愛の形もあるんだな。でも、私は一途な人がいいな。こっそり思うマーゴットであった。



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― 新着の感想 ―
まったくもって侍従の言う通り、いいところがあるとすれば「反面教師」だと思いますね… 罵倒の一つもなしに助けてくれるとは心がお広い…本当に博愛精神があるのは、アリステア王妃の方では…と思ってしまいました…
[良い点] 侍従がバッサリに声出して笑いました! 侍従が辛辣もよい!! この人も若いときから二人につきあっていたのだろうなぁ…
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