33. 博愛王マクシミリアンの反省
かわいそうな女性を見るとホッとする。誰にも言えない、マクシミリアンの秘密。
第一王子のスキルが博愛と鑑定された。マクシミリアンが、王になることが確定された瞬間だった。弟の、第二王子の方が王に向いていると思っていた。一年後、第二王子のスキルが補佐とでたとき、マクシミリアンが王太子となることが発表された。もう、後戻りはできない。
自分より、はるかに優秀な弟が、補佐につく。重圧がのしかかる。だから、かわいそうな女性を見つけると、ああ、仕事ができた、そう思える。やるべきことがある間は、考えずにすむ。ひたすら、助けていればいい。さすが、博愛スキル持ちと称えられる。なぜ、一番に産まれたのか、なぜ博愛スキルなのか、そう悩まなくてすむ。
誰にも話せない、誰にも見せられない、マクシミリアンの闇。そんなもの、他の人に見せたら、その人が困るではないか。マクシミリアンは、他の人にそんな重荷を負わせたくない。だから、いつも探している、血眼で。
残念なことに、婚約者のアリステアはかわいそうな子ではなかった。ひとりでも立っていられる、強い公爵令嬢。足りないところが多いマクシミリアンを、陰になり日向になり、支えてくれる。よくできる、できすぎる婚約者。
夜会で呆然と立ちすくむベティを見たのは十五歳ぐらいのときだった。ベティの視線の先には、見目麗しい似合いの男女。だが、男は確か、ベティの婚約者だったはず。そして、女はベティの妹では。マクシミリアンは、ピンと来た。欲しがり屋の妹に婚約者を奪われたベティという構図が。
気をつけてあたりの声に耳を澄ましてみれば、ほら、そこここで小鳥がさえずっている。
「まあ、ご覧になって。ベティ様のあの顔」
「やはり、ウワサは本当だったのですね。婚約者がベティ様の妹に心変わりされたとか」
「よくある話ですわ。そういうの、聞き飽きましてよ」
「いつもの流れですと、ベティ様に悪評が流れるのですわよね」
「よくある手ですわ。取った方が、被害者ぶるのですわ。醜いですわ。卑怯ですわ」
「おいたわしや、ベティ様」
なんと、ドロドロしたことか。マクシミリアンはほの暗く、笑う。ああ、助けるべき被害者がそこに。私に助けられてくれ、そして、私を助けてくれ。
ベティは差し伸べるマクシミリアンの手を、あっさり取る。拍子抜けするぐらい、簡単に。
カルラとは、図書館で出会った。分厚いメガネをかけ、一切のおくれ毛を許すまじという強い意志を感じるひっつめ髪。若い女性の良さを全て消し去る所業。でも、その潔さが、マクシミリアンにはまぶしかった。自信のなさを、王太子という地位と博愛スキルで覆い隠しているのだから。
「いつも図書館にいるけど。何を読んでいるんだい?」
新しい本を取りに本棚に向かったカルラに、そっと声をかけた。カルラはパッと振り返り、ジロジロと眺め、ああ、と小さく漏らす。ああ、あの、おひとよしの、と聞こえた気がするが、気のせいだろう。
「今は、世界の宗教について調べています。色んな信仰があって、興味深いんです。ご存じですか、遠くの国ではスキルがないんですって。不思議ですね。スキルってなんなのか」
カルラはひとしきり早口で宗教やスキルについての考察を述べたあと、「では、私はこれで」と言って、本を抱えて出て行った。
才媛でやりたいことが明確な女性。マクシミリアンが助けるスキはなさそうだ。彼女と話すのは楽しかったのだが。そう思っていたが、あるときカルラのひっつめ髪がほつれていた。いつもピッタリギチギチなのに。
「カルラ、何かあった?」
カルラはマクシミリアンを不思議な目で見る。
「婚約者を見つけないと、もう本を買ってやらないって父に言われたの。私、結婚なんてしたくないのに。ずっと本を読んで、研究だけをしていたい。妻も母も、私にはむいていない」
見つけた、カルラの弱み。マクシミリアンの口角が、知らず知らず上がっていく。
「では、私の第三夫人になればいい。肩書きだけで、妻の役割は何も求めない。どうだい」
「よろしくお願いします」
カルラは迷いなくマクシミリアンの手を取った。ベティとの間には子どもはできなかったが。カルラは男児を生んだ。カルラは意外にも、いい母親だと思う。
「乳母と家庭教師たちの言うことをちゃんと聞くのですよ。母さまにはやることがたくさんあるの。いい子にしていたら、たまに本を読んであげます」
そんな風に、偉そうに息子に言い、育児は乳母に丸投げだったが。息子には、かあさま、かあさまと慕われていた。適度な距離感が、息子には合っていたのかもしれない。
「フィリップを支えるのですよ。彼はなかなか厄介なスキルを持っていますからね」
そう、懇々と伝えていた。覇王スキルを厄介なスキルと言ってのけるのは、カルラぐらいだろう。カルラの息子は、下書きスキル。カルラはカラカラと笑った。
「いいじゃない、最高だわ。どこでも職にあぶれることはないわね」
王子だから、職に就く必要もないのだが。カルラが喜び、息子が誇らしそうなら、いいではないか。
第四夫人のデボラ。出会ったとき、見るからに困っていた。明らかにかわいそうな子だった。自信がなく、オドオドキョドキョドした態度。あか抜けない化粧や髪型。古臭い衣装。壁の花とはこのことか、と誰もが納得する張りつきっぷり。壁からは離れません。誰の視線にも入りたくありません。そんな感情があふれ出ていた。おもしろくて、しばらく眺めていた。
誰にもバカにされたくない。でも、誰かに愛されたい。彼女の心が手に取るように分かる。かわいそうなかわいそうな、私のデボラ。
デボラがマクシミリアンの第四夫人におさまったとき、さすがに批判の声が上がった。申し分ない完璧な王太子妃アリステア。淑女らしくアリステアを補佐するベティ。アリステアとベティをはるかに凌駕する頭脳を持つカルラ。なぜ、なぜなんのとりえもないデボラ? 見た目も家柄も頭も、特筆すべきところはない。野原の花の方が見どころがあるぐらいだ。
「マクシミリアン殿下の博愛スキル、すさまじいな」
「殿下が気の毒になってきた」
「捨て猫はなんでも拾ってくる、困った殿下」
困った殿下。そう言われて、肩の荷が少し下りた。困った殿下でも、人々は受け入れてくれるようだ。そして、デボラは娘を産んでからオドオドすることがなくなった。
「結婚して娘を産んで。これで、私は役割を果たしました。女は産む道具と言われて育てられましたから」
不憫なデボラはそんなことを言う。人は道具ではない。しかし、このスキル偏重の世の中では、誰もが道具に成り下がっている。残念ながら、マクシミリアンには世界を変える力はない。ただ、傷ついた人を助けるだけ。女性だけではなく、男性もなるべく救いあげる。女性なら、妻にしてしまえば簡単に保護できるのだが。男性はそうもいかない。なんらかの仕事を与えられるような、斡旋機関を作った。平民でも学問が学べるよう、教室も増やした。
必死になって、何かに追い立てられるように、救いの手を方々に伸ばしてきた。
正妃のアリステアと第一子のフィリップにはほとんど目をかけることもなく。
正道スキル持ちのアリステア。覇王スキル持ちのフィリップ。マクシミリアンが助ける必要はなさそう、ふたりは大丈夫。そう思っていたのだが。




