32. スキルの研究
翌朝、起きてコボルトに運ばれて地上に降り立った四人。それはもう、ひどいありさまだった。
「自分の息がお酒臭いですわ」
「頭が痛いですわ」
「胸がムカムカしますわ」
「今日は何もできる気がいたしませんわ」
二日酔いとはこうですよ。見本のような四人の王族。遠慮がちにマーティンが近づく。
「もしよろしければ、握手させていただけませんか。きっとマシになると思います」
椅子に座ってグッタリしている女性たちの手を、マーティンが軽く握る。
「まあ」
「まあまあまあ」
「治りましたわ」
「お腹が空きましたわ」
死んだ魚のようだったのに、急に蘇った四人。おいしそうに朝ごはんを食べる。
「オレンジジュースがおいしいわ」
「久しぶりのリタさんのパン」
「朝から焼き魚はどうなのって、思ったけれど。意外といけますわね」
「私はトマトが好きです」
ひとしきり食べて飲んで、満足した四人。マーゴットがふたりの女性を紹介する。
「ふたりは洗濯スキルと乾燥スキルを持っています。湯あみの代わりにぜひいかがでしょう」
「ああ、フィリップが話していたわ。湯あみしなくても、すぐサッパリするって。では、お願いしようかしら」
「気持ち悪いのは治りましたけど、体がまだ、お酒臭い気がしますし」
女性たちを、海に面して建てられている天幕に案内する。
「私が見本になりますね」
マーゴットが言い、両手を広げて立つ。まずは洗濯スキル持ちが、水桶から大きな水の玉をフワフワと持ち上げる。
「行きます」
バッシャン マーゴットに水の玉がぶつかった。
「まあ、豪快だこと」
「なかなか、大胆ね。見本を見ていなかったら、叫んだかもしれないわ」
乾燥スキル持ちがマーゴットの前に立つ。両手をウネウネし、温かい風でマーゴットを包み込む。マーゴットの髪やスカートが揺れた。
「こちらは、予想通りでしたわ」
「そうね、これは気持ちよさそうですわ」
マーゴットがピカピカのマーゴットになったあと。四人もツヤツヤの四人になった。
「今日はいかがなさいますか? 舟釣りのあと魚を焼いてもいいですし。ドライアドのハンモックでゆったりするのもオススメです。コボルトに乗って空の散歩なども目新しいかと」
「滞在中に、全て体験したいですわ」
「今日は、舟に乗って海をゆらゆらしたいですわ」
「では、そういたしましょうよ」
ベティの案が採用された。
「私はチャンカワンカと乗るわね」アリステアはふたりのチャンカワンカに手を取られ、舟に乗り込んだ。
「コボルトでお願いしますわ」大人とちびっ子コボルトに囲まれご満悦のベティ。
「マーゴットとお世話猫、よろしくね」お世話猫がまずカルラを乗せ、その後マーゴットが乗った。
「では、私はトレントで」驚くトレントを半ば強引に小舟に連れ込むデボラ。
チャポチャポと優雅な舟遊びが始まった。
「海の水が透き通って、きれいだこと」
「小魚がたくさん見えますわ」
「泳いでみたくなりますわね」
「私、泳げませんわ」
デボラが悲しそうにうつむく。
「浅瀬で座って遊ぶだけでも楽しいですわよ」
「はしたなくないかしら。何を着ればいいのかしら」
「この辺りには、殿方は近づかせませんから、大丈夫ですわ。寝巻きのような服で泳げばいいと思いますの。ご用意できますわよ」
マーゴットの言葉に、デボラは乗り気になる。しばらく小舟を満喫してから、浅瀬で水につかることになった。
「楽しいですわ。長生きするものですわね」
「窮屈な王宮には、もう戻りたくありませんわ」
「ずっとここで暮らしたいぐらいですわ」
「とてもいい考えですわ」
四人は浅瀬で仰向けになり、打ち寄せる波を楽しむ。
「ぜひ、いつまでもいらしてくださいな」
マーゴットは心から言った。長年、殺伐とした後宮を取りまとめていたのだ。これぐらいのご褒美があってもいいではないか。貴族女性は、お茶会ぐらいしかしない、浮世離れした存在と思っていたけれど。見えないところで色々あるんだな。それが分かって、うがった見方をしていた自分を反省したマーゴットである。
四人は本気で長く滞在することを考え始めた。カルラが高らかに宣言する。
「私、ここにしばらく滞在することにしますわ。ちょうど、スキルの研究をしたいと思っていましたの。マーティンさんに、ベネディクトさん。おもしろい事例がたくさんあるでしょう。研究のし甲斐がありそうなのよね」
「カルラはこうなると止まらないから。適当に聞き流すのよ」
アリステアがやれやれと言った感じでマーゴットにささやく。カルラは気にせず、身振り手振りをし、水を跳ね返しながら話す。
「スキルは神からの祝福であり試練なのでは。そう思うようになってきたのよ」
「試練ですか?」
「例えば、ベネディクト。あら探しスキルと言われたことで、人生が激変したわね。順風満帆から、あざけりの対象に、そしてユグドランド島で復活。今では課題探しスキルと言われている。興味深いわ」
「ああ、そうですね。言い方ひとつで、前向きにも後ろ向きにもとらえられるんだなって、驚きましたわ」
カルラが、そうそう、そうなのよと手を振り回す。
「片や覇王フィリップ。苦労しらず負けなしで王の地位まで駆け抜けた。そこで、初めて壁にぶち当たる。負け知らず、挫折知らずだから、陥った苦境とも言えるわ。でも、彼もそこで負けずに、復活。彼は、いい王になるわ」
「そういう見方もありますね」
確かに、兄は変わったな、マーゴットは思う。昔はピリピリ張りつめて、そばによりたくないって感じだったけれど。今は肩の力が抜けて、近寄りがたさが減った。
「スキルにとらわれすぎずに、生きていければいいのに。でもあるんだもの、仕方ないわよね。ある以上は気になってしまうし。スキルのない国もあるのよ。神は不思議なことをされるわ」
「スキルのない国があるんですか? どうやってお仕事を決めているのかしら?」
「親の仕事を継いだり、本人の資質、やりたいことなんかから決めるみたいよ」
「まあ、想像もつかないですわ」
マーゴットは目をパチパチさせる。
「そういう国の情報も集めた上で、スキルとのつき合い方、とらえ方を少しずつ変えたいの。スキルが全てではなく、うまく活用するぐらいの感覚になればいいんじゃないかしら」
「国のあり方が根本から変わりそうな気がしますけれど。難しくありませんか?」
「もちろん難しいわよ。変えるべきところと、維持すべきところを見極めるのが、そもそも難題だもの。でも、もし変えるべきことが見つかったら、やるしかないわ」
カルラは力強く言う。
「私たちが変えなければ。子ども世代のために。それが大人の役目でしょう。特に地位の高い者は、責任が伴うのよ。悪しき習慣はやめ、改善しなければ。なにも慣習にとらわれ続ける必要はないわ」
「カルラのスキルは、探求から変革に変わっているのかもしれないわね」
アリステアが微笑みながらカルラを見る。
「どうかしら。スキルが変わるのかも調べないと。今までは研究に没頭することが難しかったけれど。これからは、思う存分、研究するわ」
「派閥の長なんてやっていると、時間がないですものね。目を離すととんでもないことをする、はねっかえりもいましたし」
ベティが遠い目をする。
「もう、小娘ちゃんたちの後始末をしなくてすむんだわ。私もこれからは、好きなことをしましょう。例えば、そうね。昼間っから飲んだくれるとか」
フフフと笑うベティにつられ、三人もその気になったようだ。波打ち際から立ち上がって、タオルで体を覆う。その後、また昼間から飲んだくれる四人を、島民は温かく見守った。
王都から離れて、自由を謳歌している四人。ところが、予期せぬ賓客が、来ちゃったー。捨てられた子犬みたいに哀れな表情のマクシミリアン前国王。
どうなっちゃうのー。波乱の予感に、島民はドキドキとハラハラが止まらない。




