3. 歓迎会
ユグドランド島行きの船は、少ない。海流が複雑、目視で確認できない岩礁が多い、シーサーペントなどの海の魔物がいる。危険な条件が重なりまくり、滅多なことでは誰も近づかない場所になっている。長年、ユグドランド島行きの船を運航し慣れている、熟練の船長が、十分な乗客が集まれば出航してくれる。そもそも、そこまで苦労しても、行きつく先は不毛の地。長いつき合いのある商人ぐらいしか、行こうとは思わない島なのだ。
行くのも出るのも大変。追放島と揶揄されるゆえんである。
そんなユグドランド島へ、満員御礼の船が出航した。船長は何事かと驚きを隠せない。王女や下級貴族、平民、様々な階級の人々が、和気あいあいと乗船した。王女の存在に最初は緊張していた船長も、気さくすぎるマーゴットにすぐほだされた。
船は、何の問題もなく、順調に進んで行く。
「わー、風光明媚ないい島じゃなーい」
船から島を見て出たマーゴットの棒読み発言。仲間が苦笑する。船から見える島だが、不毛の地というふたつ名に納得の、どんよりした雰囲気を感じる。貧民街の誰も手入れしない、荒れ放題な空地みたい。
「これから風光明媚な島にしましょう。私たちの役立たずスキルを寄せ集めれば、きっと風光明媚な島にできるわ」
微笑み合って、船から降り立った一行の前に、冷や汗をダラダラ垂らした、風采の上がらない男。
「皆さま、ようこそいらっしゃいました。領主のマーティン・ユグドランドです」
全く覇気も威厳もない領主。でも、とても良い人そう。できる雰囲気をまとった人が多い王宮で育ったマーゴット。朴訥とした領主に好感を抱いた。少なからず緊張してやってきた仲間たちも、一様にホッとした表情をしている。
「とりあえずは、皆さん、屋敷に宿泊してください。相部屋になってしまいますが」
リタとマーゴットはさすがに個室だが。王族だし。平民は大部屋、下級貴族は二人部屋など、調整することになりそうだ。
「はい、大丈夫です。王宮の部屋より広いですし、快適です」
王宮でバリバリ働いていた者たちだ、慣れているし、頼もしい。マーティンはあからさまにホッとした表情を見せている。ゴネられたらどうしよう、そんな心配をしていたのだろう。
「お食事の時間まで、ごゆっくり」
マーティンは食事の準備が進んでいるか、あたふたと見に行った。
「いいところじゃないの」
「空気がおいしいわ」
「え、うそ。塩っぽくない?」
「雰囲気、雰囲気」
「猫がいっぱいいたわね」
「あなた、そればっかりね」
「ね、私がチャチャーッと荷物バラシてあげるから、みんなで散歩に行きましょうよ」
「いいわね、いいわね」
荷物整理スキル持ちや、整理スキル持ちが、あっという間に片付けていく。
「マーティンさん、いいわね。優しそう」
「息子さん、ふたりとも、いい感じだった」
「まだ独身だって」
「いいわね、いいわね」
かしましい女たち。あっという間に、領主家族の私的情報をつまびらかにしていく。
「マーティンさんは、奥様と死別されたんですって」
「まあ、お気の毒。っていうかあなた、着いたばっかりで、そんな情報どこから調べてくるわけ?」
「あら、こんなの基本よ。お水もらいに行くついでに、台所で立ち話するじゃない。お互いの持ってる情報を交換するだけよ」
「ということは、私たちのことも、あっという間に知れ渡るのね」
「そういうこと」
全く悪びれるところなく、あっけらかんという女性。
「こんな小さな場所で暮らすのよ。お互いのこと、よく知ってる方がいいわよ。ただでさえ、王都から来たよそ者って警戒されてるんだから。善良で働き者で裏表がない。つき合いやすそうって早いとこ思わせた方がいいのよ」
「勉強になります。姐さん」
「何が姐さんじゃー。ほぼ同い年じゃー」
大騒ぎしながらも、女性たちは抜け目なくあたりの情報を頭に叩き込む。伊達に、生き馬の目を抜くような王宮で働いていたわけではない。たくましく、したたかに、でもしなやかに。そんな働く女たち。
一方男たちは、のんびりしていた。荷物ときなんて、そのうちやればいいさ。必要な物から順番に出していったら、いつか片付くよね。ゆるゆるだ。カバンをポーンッとベッドに投げ、終了だ。
「おーい、ビール飲んでいいってー」
「うっしゃー、カンパーイ」
着いたばかりなのに、早速酒盛りが始まっている。情報収集なんてこと、チラとも考えていない。歓迎会が始まる頃には、すっかり出来上がっている男たち。
「ちょっと、あなたたち。いい加減にしなさいよね」
「初日から酔っぱらってるんじゃないわよ」
「私たちの評判まで悪くなるじゃないのよ」
「ああー、いちいち細かいこと、気にすんなよー」
着替えてこざっぱりし、化粧も直し、働き者のいい女風を醸し出そうと努力している女性陣。着いたときのまま、ありのまま、いやむしろ酔っぱらって状態が悪化している男性陣。両陣営に緊張が走る。
「あらあー、もう酔っぱらってるの? 男の人ってダメねえ」
マーゴットが笑いながら会場に入って来る。
「暑かったから、つい」
「すんません」
マーゴットには素直に謝れる男性たちである。女性たちは、仕方ないわねと肩をすくめた。ピリピリした空気に、ヒヤヒヤしていた領主マーティン。オズオズと乾杯の音頭を取る。
「皆さん、不毛の地ユグドランド島にようこそ。本当に、来ていていただけて嬉しいです。島民は気のいい者ばかりです。魚もおいしいです。土があまりよくないので、野菜はいいのがとれないのですが」
少し悲し気な顔をするマーティン。
「でも、マーゴット様がいらしてくださったので、もっと耕作地を増やせるんじゃないかなと思っております。他力本願ですみません! 皆様のお力が頼りです。末永く、よろしくお願いいたします」
なんて、腰の低い、領主。その場の全員が思った。
「私たち、全力を尽くします。ここを、楽園にします」
立ち上がり、声を震わせるマーゴット。
安請け合いしすぎー、ひめー。その場の全員が思った。
それからは、飲めや歌えやの大宴会。本当はビールは十八歳からだが、もういいんんじゃないってことで、マーゴットもビールを飲ませてもらっている。
初めてのビールにほろ酔い気分のマーゴットに、マーティンは律儀に筋を通そうとがんばっている。真面目か。
「せっかくの歓迎会でなんなんですが。島の問題点、四つをあらかじめご説明いたしますね」
マーティンはゆで卵をひとつ取って、テーブルの上に横向きに置いた。
「ユグドランドは楕円形です。上下左右に四等分したとして、私たちが住んでいるのは、右上、北東です」
マーティンはゆで卵の右上をコツコツと叩く。
「右上以外は、植物がはびこって足を踏み入れることができません。魔植物も多いです。これが問題のひとつ目」
マーティンはゆで卵から手を離すと、指を二本立てる。
「ふたつ目は、塩害です。居住区と耕作地が限られているのに、土壌が悪く作物があまり育ちません」
「海に囲まれてるもの。何もかも塩味になるわよねえ」
マーゴットは適当な相槌を打つ。
「みっつ目、雨がほとんど降りません。一年の八割は晴れです。水不足は深刻です。川も井戸の水も、うっすら塩味がします」
「ほら、やっぱり。川の水さえ塩味よねえ。でもビール飲めばいいわよねえ」
マーゴット、ろれつが怪しくなってきた。
「夏がとても暑いです。昼間は外に出るとヤケドする恐れがあります。早朝か夕暮れに働きます」
「乙女と草刈りの天敵は、日焼けなのよ。大きな帽子と長そでが欠かせないのよ。日の出前に刈ってしまうのがいいのよ」
マーゴットは、夏の日差しを想像して、げんなりしている。
「もちろん、悪いことばかりではありません。島ですから、新鮮な魚が食べ放題です。そして、お気づきの通り、猫がたくさんいます。ほぼ野良猫です。港で取れた魚のおこぼれで暮らしています。かわいいでしょう」
「猫、かわいかったです。ぜひ、モフモフしたいです」
マーゴットがいきなりシャキンッとして、大きな声を出す。
「手紙でも触れましたが、ひとつ目の問題点に、マーゴット様のお力を貸していただきたいのです。なんとか植物を伐採し、耕作地を増やしたい。夏が来る前に」
「なるほど。えー、ちなみにいつ頃から暑くなりますか?」
「あと二か月ほどで、夏が来ます」
夏が来ますが、魔物が来ますのように聞こえて、マーゴットはゾクッと身震いした。