27. 破壊王マーゴット
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
どこからともなく、陽気な音楽が聞こえる。
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
「海賊と狼ども、島民とマーティンさんを放しなさい。今放せば、命だけは助けてあげましょう」
澄んだ少女の声が響く。踊り歌う七人の小人に囲まれた、巨大な猫を従えた金髪の乙女。草刈りハサミを持って、燃えるような目で海賊をにらんでいる。
「おいおい、お嬢ちゃん。勇ましいな。いい子だから、子どもは引っ込んでな」
男は笑い、狼たちはうなり声を上げた。
「で、殿下ー、マーティン様ー」
ワウワウワウワウ コボルトが護衛を抱えて飛んでくる。
「ちっ、増えやがった。犬っころが。な、なんだあ。木が、動いてやがる」
いつの間にか世界樹に集まっているトレントたち。マンドレイクを持ったドライアドもいる。
ブワッ 三つの頭を持つケルベロス。狼たちより大きく膨らんだ。
「撤退だ。領主以外は捨て置け」
マーティンを持ち上げている大男が、大声を上げる。狼たちが崖から海に向かって飛び込んだ。大男は、マーティンを抱えたまま、崖から飛び降りる。
「逃がしません」
ツァールに乗ったマーゴットが、コボルトたちと飛ぶ。
「船に行け」
大男が狼たちに指示を出す。穏やかな海に、いくつも船が漂っている。
マーゴットは困っている。刈るべきか、刈らざるべきか。マーティンを傷つけずに、あの大男を刈れるだろうか。それは、人を殺すことになるのだけれど。できるのか?
マーゴットはグルグル考える。そうこうしているうちに、狼たちが船に登っていく。狼たちは、次々と人の姿に戻っていった。
「グッ、あっちも人だったか」
狼なら刈れるかもと思ったけれど。人だった。人。
「船だけ刈るってのはどうかな」
マーゴットは自信なくつぶやく。船は木でできている。木だと思えば刈れるだろう。でも、人もバッサリいってしまわないだろうか。うまく手加減できるだろうか。うまいこと、人は生け捕りにしつつ、船だけ解体できないかな。そんな都合のいいこと。
「あ、あったわ。あれだと、船だけってできる気がする」
マーゴットは目をつぶる。チャンカワンカの歌が聞こえてくる。なぜか、島民たちもチャンカワンカと一緒に歌って踊っている。その姿がなぜか、頭に浮かぶ。
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
マーゴットの手に力があふれた。扉の丸い取っ手をつかむ。引き戸。
「開門」
マーゴットは、船だけと命じる。空が暗闇に包まれる。屋敷の方向から、世界樹よりも大きな手が伸びてくる。手は、船をひとつつかむと、引っ込んでいった。
「閉門」
空に光が戻った。マーティンを抱えた男は、口をパクパクする。
「全ての船を破壊してもいい。海賊を全員、飲み込んでもいい。私が全員刈ってもいい」
マーゴットは草刈りハサミを構えた。
チャキンチャキンチャキン
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
男の耳元で、陽気な歌声が響く。
「あなたをチャンカワンカの夢に引きずり込んでもいい。歌って踊って永遠に」
「降参だ。降参する」
男は手を上げた。コボルトたちが、マーティンを持ち上げて飛んでいく。海賊は、次々と投降した。
島民たちは、一心不乱にチャンカワンカと踊り続けた。
***
船の上から一部始終を目撃したフィリップ。度肝を抜かれて凍りついた。
「なんだ、今のは」
ゆっくりと近づくと、巨大な猫にまたがったマーゴットに声をかけられる。
「お兄様、そんなところで、どうなさったのです」
「そなた。そなたこそ、何をしているのだ。一体全体」
「話せば長くなりますね。屋敷でゆっくりご説明しますわ」
ホホホホホホ マーゴットはとりあえず笑って、ごまかした。
フィリップは、浮いている海賊たちを回収させた。
屋敷で、気の抜けきっているマーティンを横目に、マーゴットが説明する。ちょいちょいトレントが補足し、ベネディクトが紙束を見せる。フィリップは頭を抱え、長い長いため息を吐いた。
「マーティン、マーゴット。ありがとう。そして、今まですまなかった」
「陛下、頭をお上げください。シーサーペントや魔物がいるから、誰も来られないとたかをくくって、のほほんとしていた私が悪いのです。世界樹の重みを理解できていませんでした」
マーティンとベネディクトが、ガバッと頭を下げている。
「シーサーペント食べてしまいました。ごめんなさい。魔物もたくさん討伐しました」
「魔物は捨て置けという言葉の真の意味を把握できておりませんでした。申し訳ございません」
申し訳ございませんの大応酬。
「皆さん、おいしいパンとケーキとジュースができましたよ。まずは、落ち着いてください」
リタが焼きたてのパンと共に現れた。元王都組が、手際よくケーキとジュースを並べる。
「リタ殿。リタ殿にも大変失礼をした。許してくれ。そして、あなたのパンを、いくつかもらって帰るわけにはいかないだろうか。その、妻があなたのパンが大好きなのです。その、私も」
「まあ、もちろんですわ。と言いたいところですが。パンは翌日食べるとおいしくありません。硬くなってしまいますもの」
「王国最高の収納スキル持ちに来てもらっている」
フィリップの後ろにいる男が、姿勢を正してキリっと言う。
「収納を空っぽにして参りました。パンをたくさん焼いていただけると、ありがたいです。両陛下とも、リタ様のパンが食べられなくなってから、元気がありません。なにとぞよろしくお願いいたします」
割と無礼なことを言っているが、フィリップは叱らない。部下との距離感をもっと近づけようと考えを改めたのだ。マーティンとマーゴットの島民からの慕われぶりを目の当たりにし、自分に足りないものを少しずつ自覚したフィリップ。部下と腹を割って話し合い、理解を深めるつもりだ。
「私は、世の中の一面を見ただけで、なんでも分かっていると思っていた。スキルで人を評価し、優劣をつけ、優秀な者を重用すれば、効率がよくなると。浅はかだった。人はもっと複雑で、いくらでも変われて成長できるというのに。それに、人には理解の及ばない領域があるとも」
「開門と閉門は、もう使いません」
マーゴットは静かに言う。
「あの力は、禁じ手です。人がおいそれと使っていいものではないです。私は、神ではありませんし。神ならざる身に、あれは過ぎたる力です」
フィリップとマーティンも、マーゴットに同意する。世界樹を守ることでも手一杯なのに、マーゴットの意味不明な力。気軽に使って、目をつけられて、また海賊騒ぎが起こるのはごめんだ。
「私は草刈りが合っています。夏が来るまでに、リゾートを開けたいですね」
「そ、そうですね。あと一か月ぐらいですが。ははは」
マーティンは乾いた笑いをこぼす。まだまだ問題が山積みなのに。一か月って。
「最初の数か月は、王家で貸し切りにしよう。それなら、営業しながら改善できる。幸い、王族は腐るほどいるからな。父上のおかげで」
「不敬って言葉はご法度でお願いします。無礼講で。お兄様から王族の皆さんによくよくお伝えくださいね」
マーゴットはちゃっかり要求を伝える。
「分かった。よーく言い含めておく。郷に入れば郷に従えだな」
王族を実験台に模擬営業をすることが、ここに決まった。マーティンは気が遠くなった。
「ドーラも連れて、また来よう」
「パンがなくなったら、また参ります。なにとぞよろしくお願いいたします」
パンを大量にもらったあと、フィリップたちは海賊を引っ立てて、王都に戻っていった。




