26. 皇帝リッキー
帝国の太陽、リッキー・アミーリャ皇帝。
国土の拡張に成功し、国は驚くほど豊か。国民人気は抜群だ。
国民は、親しみをこめて、のらくら皇帝と呼ぶ。
リッキーのスキルはのらりくらり。国民全員が知っている。よもや、のらりくらりスキルを持つ男が皇帝になろうとは。覇王フィリップには信じられないだろうが、厳然たる事実だ。
のらくら皇帝リッキー、全くもって高潔無比ではない。真逆だ。まず、口が悪い。態度もいただけない。好き勝手やっている。でも、人気がある。なぜか。国民が思っていても、言えないことを、バンバン口にするからだ。スカッとするのだ。
「税金の使い道だあ? 知らねえよ。そんなに知りたきゃ、全部公開してやるから、勝手に見ろ」
そして、本当に全部公開しちゃった。写しがたくさん作られ、主要都市の役所に配られる。望めば誰でも閲覧できる。一家言ある教養のある人たちは、狂喜乱舞しながら舐めるように読んだ。そして、都市の酒場などでは連日、激しい議論が繰り広げられる。
「この税金の使い方はおかしい。医療費を削減して、国境警備に振り分けるべきだ」
「なんだってえ。医療費は大事だろう。もう帝国は最強と知れ渡ってる。軍事費は削減して、国民の福祉を手厚くすべき」
「子どもは国の宝って言うではないか。子どもの医療費と教育費は無料にしては」
各地でそのような光景が見られる。
「俺たちの考えた、最高の税金の使い道を、お上に届けようぜ」
血気盛んな若者が、酔った勢いで皇宮に文書を送りつける。シラフに戻ってから、さあーっと青ざめても、後の祭り。
「不敬罪で縛り首になりませんように」
そう、祈るように過ごしていると。あるとき、家に役人が訪れた。
「これを書いたのは、あなたで間違いありませんか?」
「は、はい」
「今から帝都にお連れします。閣下がお待ちです」
閣下って誰ー。若者は聞きたいが、聞けない。生きた心地もしないまま、帝都に丁重に送り届けられる。
「お前、いいこと書いてたな。これから、俺の下で税金の使い道を決めろ」
「陛下ー」
「おう、のらくらリッキー皇帝とは、俺のことだ。あとは頼んだぜ。お前の考える、最高の税金の使い道を実現してくれ。必要な人材や資料とかあれば、そこの男に言ってくれ。なんでもやってくれる」
とてもお上品な男性が、恭しく礼をする。この人の方が、よっぽど皇族っぽい。若者はガタガタ震えながら思った。
そんな、超法規的、大抜擢が日常茶飯事の帝国。もはや、身分もスキルも、どうでもいい感じである。
皇帝リッキー、決して聖人君子ではない。帝国の民を食わせるには、領土を拡大していくことが必須と割り切っている。どんどん他国の領土を乗っ取り、吸収する。だって、帝国ってそういうものじゃーん。そんな、ふてぶてしい感じ。
「なるべく血は流すな。無血で吸収しろ。そこの住民も、俺の民になるんだからな」
荒くれリッキーの忠実なる凶犬たちが、各地に散らばる。
「各国のハズレた土地を狙えよ。あまりパッとしない場所がいい。でも、手を入れれば化けそうなところが狙い目だ。あんな土地なら、くれてやるかって王が諦めそうなのが戦争になりにくい。占領しても、そこの住民に感謝されやすい」
制圧するときに、血を流すとしこりが残る。同化政策が難しくなり、統治に手こずる。リッキーはよく知っている。
「凶犬と騎士だ。戦略的にいけ」
リッキーは、人の心を知り尽くしている。非力な民が恐ろしい凶犬に襲われているところを、高潔な騎士が助けに来る。懲らしめられる凶犬。それを見て溜飲を下げ、騎士に恩義を感じる民。単純だけど効果的なのだ。
さて、皇帝リッキーの忠実なる凶犬ナヴァロ、船の上で気合いを入れている。海賊として暴れまくり、危うく縛り首のところを皇帝リッキーに救われた。それ以来、数々の凶犬役を引き受けている。脅し、捕まり、しばかれる。それが役目。
「さあ、行くか」
慣れた感じで、船を港に近づけていく。
「いつも通り、頭をおさえる。領主マーティン、気が弱く、スキルは肩もみ。世界樹ができたらしいから、今のうちに手の内に取り込みたい。いいか、血は流すなよ」
おそらく、領主は世界樹のあたりにいるだろう。あそこなら、船を寄せて、すぐに駆け上がれる。ナヴァロと手下たちは、全裸になって海に飛び込む。すさまじい速さで砂浜にたどり着くと、全速力で崖を駆け上がる。走りながら、狼の姿になった。その方が、速い。人狼のナヴァロたちは、難なく世界樹の場所まで登りついた。
世界樹のそばで、呆然としている身なりのいい男。ナヴァロは跳びあがり、男を押し倒した。手下が護衛を制圧する。ナヴァロは、人の姿に戻る。筋骨隆々の裸体のナヴァロは、踏んでいた男の襟首をつかむと、持ち上げる。
「この島は、俺の支配下に置く」
ワウーン ワウワウーン 巨大な狼の遠吠えが、響いた。
しばらくすると、狼の声を聞きつけたのだろう。島民たちが恐る恐るやってきた。皆、それぞれ手に鍬や鋤、銛などで武装している。
「ヒッ、狼」
「マーティン様が」
「黙れ。殺すぞ。武器を捨てて、這いつくばれ」
ナヴァロは凶悪な顔をさらに恐ろし気にして、島民をねめつける。島民は震えながら、地面にうつ伏せになった。
「私はどうなってもいい。どうか、島民には手を出さないでくれ」
ナヴァロに持ち上げられてプラプラしている男が、必死の形相で言葉を絞り出す。
「クハハハ。バカか。俺たちは海賊だぜ。海賊のやることと言ったら、決まっている。奪え、殺せ、犯せだ」
ナヴァロの高笑いと狼たちの遠吠えが、マーティンの絶望の声をかき消す。
うつ伏せで震えている島民たちは、恐怖でただただ助けを祈った。誰か、誰か、助けて。姫様。
「ん? なんだあの音は」
世界樹の葉を揺らす勢いで笑っていたナヴァロ。奇妙な音に気がついた。
チクタクチクタク チクタクチクタク
「なんだあ」




