24. 冥界の扉
「姐さん、地下神殿です」
「黄金がザックザク」
「目玉焼きはありやせんでしたー」
待ち構えていたコボルトが、口々に報告する。
「敵はいなかったのね」
「敵はいやしません」
「小汚いドワーフが寝てるだけっす」
コボルトに案内された先には、七人のドワーフ。スヤスヤと眠っている。
「こういうのは、姫のキスで目覚めさせるらしいっす、姐さん」
「キースッ、キースッ、キースッ」
ゴスッ ツァールの拳がコボルトの頭に落ちた。
ギラリ マーゴットの草刈りハサミが光る。
「悪ノリは、もう許しませんよ」
コボルトたちは、行儀を覚えた。
「これだけ騒いでも起きないって。呪いでしょうか」
マーゴットは困ったときの草刈りハサミを出す。
チャッキチャッキチャッキ 草刈りハサミを開け閉めするが、何も起こらない。これでダメなら、マーゴットにできることは何もない。しばらくドワーフを見つめていたが。
「黄金ザックザクを見に行きますか」護衛の言葉で、歩き出す。
黄金の響きは、やはり魅力的だ。気をつけながらコボルトについて行く。開け放された引き戸の向こうは、キンキラ眩い黄金の部屋。中の家具や壁、全てが金だ。とても目が疲れる。
「こういうのは、触ったら眠りに落ちるらしいっす、姐さん」
コボルトが小声でささやく。部屋の物に触らないよう注意して、中に入る。壁際には金の鎧がズラリと並ぶ。大きな机の上に金貨とご馳走の山。一番奥に金の仮面をかぶった人が座っている。
「こ、こんばんは?」
こういうとき、なんて言うものだろうか。悩みつつ、とりあえず挨拶するマーゴット。何も返事がない。寝ているのか、生きていないのか、置物か。
マーゴットはまたしても草刈りハサミを出した。
チャッキチャッキチャッキ ズモモモモ 仮面の人が浮かび上がる。
え、刈る? 刈るべき? 想定していなかった事態に、マーゴットは動揺した。
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
奇妙な音楽が鳴り始め、七人のドワーフが踊りながら部屋に入ってくる。
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
七人のドワーフと仮面の人が、手をつないでマーゴットの周りをグルグル回る。
「やーめーてー」
マーゴットは草刈りハサミを構えて叫んだ。
ザザッ 七人のドワーフと仮面の男がマーゴットの足元に跪く。
「破壊王、お待ちしておりました」
「お待ちしすぎて、寝過ごしました」
「麗しき我らが破壊王に冥府の神の祝福あれ」
口々に言うチャンカワンカたち。いや、名前か知らないが。
「敵じゃないのね」マーゴットは確認する。
「敵ではありません。破壊王の忠実なる下僕でございます」
「冥界の扉を守っておりました」
「はあ、そうですか。ちょっと、座って話せないかしら」
マーゴットは疲れてきたので、座りたい。チャンカワンカたちにどうぞどうぞと椅子に案内される。
「どうぞ、お好きな物をお召し上がりください。時を止めておりましたから、新鮮なはずです」
ドワーフたちがご馳走の前で両手を広げる。それは、何年、いや何百年とかでは。
「私、目玉焼きが食べたいです」
マーゴットは王族らしく優雅に注文を出す。ドワーフたちは、ワタワタしながら、どこかから卵を出してくる。ツァールがさっと受け取り、皿の上にパカッと割ると。あら不思議、ホカホカの目玉焼き。ツァールが塩胡椒を振って、マーゴットの前に置く。
何もかも、めんどくさくなったマーゴット。考えるのをやめて目玉焼きを食べることに専念する。
「それで、チャンカワンカたちは、ここで何をしているの?」
「チャンカワンカ。それは、我らの名前でしょうか?」
感激に打ち震えた様子でドワーフたちが胸に手を当てる。
「え、まあ。そういうことでもいいかしら。冥界の扉ってなあに?」
ドワーフと仮面の人が、あれやこれや、創世神話のような物を語ってくれる。豊穣神と冥府の神、生と死、破壊王が去って島の均衡が崩れたこと。
マーゴットの首がコクリコクリと動く。今日もよく歩き、草刈り、コボルトの暴走、ドワーフ、黄金、チャンカワンカ。
「チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
マーゴットは、ツァールの毛皮に包まれて、深い眠りに落ちた。
***
「ううー、よく寝たー」
伸びをして、目を開けると、チャンカワンカたちが遠巻きに見ていた。
「おはようございます。マーゴット様。昨日はお話の途中でしたが、本題です」
「おはよう。よく覚えてないけれど、何かしら」
「この中から、ひとつお選びください」
ドワーフが赤い布を広げる。
「悪霊を操る指輪。時を止める首飾り。動物と話せる腕輪」
「動物と話せる腕輪でお願いします」
皆まで聞かず、食い気味に答えたマーゴット。
「えっ、正直これは、ハズレアイテムですが」
「これでツァールやちびっ子コボルトと話せるじゃない」
マーゴットが伸ばした手を、そっとツァールが止める。
フルフルフル かたくなに首を振り続けるツァール。
「ツァールがイヤなら、やめておくわ」
マーゴットはあっさり前言を撤回した。きっと恥ずかしいのだわ、そう思うマーゴット。
「えー、では続きまして。全てを黄金に変える杖。水を浄化する杯。死を先送りする帽子。若返りの仮面。以上、七つです」
「水を浄化する杯でお願いします」
今回もマーゴットはあっさり決めた。
「え、よろしいのですか? これは若干ハズレアイテムですが」
「いいのよ。それがあれば、水不足が解決するじゃない」
うんうん、ツァールも満足そうだ。
ドワーフから受け取った杯を、マーゴットはそのままツァールに渡す。ツァールはシュッとどこかにしまった。
その後は、地下神殿を見て過ごした。
「こちら、冥界の扉でございます」
「小さいわね」
マーゴットが這ってすり抜ければ通れるかなってぐらいの、小さな扉。扉の前には三つの頭があるケルベロスが、数え切れないぐらい、いる。うごめいている。
「こちらの扉は出口ですから。出口は小さく、入口は大きく。冥界の入口は、居住区の神殿にございますよ」
「え、そうなの」
「入口はとても大きいですから、目に入らないかもしれません。いずれにせよ、入口はそれほど大事ではないのです。出口さえ守っていれば、人にとって悪しきものは出て行きませんから」
「なるほど、そうねえ」
「出口は、我々番人と破壊王で開けます。入口の開閉と、出口を閉じられるのは破壊王だけです」
ドワーフとマーゴットは小さな扉を見る。これなら、マーゴットひとりで閉じられそうだ。
「破壊王が不在のときは、番人は寝ています。起きている番人がいないと、出口は開けられませんから。それが一番安全なのです。ドワーフ、仮面のゴーレム、ケルベロス、そしてもちろん破壊王。全員が起きて、合意したときのみ、出口を開けられます」
ふんふん、なるほどね。ややこしい仕組みになってるわね。感心するマーゴット。
「では、破壊王。開門と閉門をやってみましょう」
チャンカワンカに簡単に言われ、マーゴットは固まった。
「えーっと、どうやって?」
「大丈夫、もう開けられるはずです。開けられると信じてください。扉はもう、あなたの物ですから」
何を言っているのか、さっぱり分からないけど。ええー、あれも、きっと引き戸なのよねえ。マーゴットは小さな扉を見た。丸い取っ手がついている。マーゴットは、よく分からないまま、手を伸ばして取っ手をつかんだ。取っ手はそこにはなかった。でも、つかんだ感触はある。
「ああ、なるほど。できそうだわ。でも、怖いからやりたくないわ」
とてつもない圧を感じた。チャンカワンカは笑顔になる。
「その通りです。開けない方がいいです。今日のところは大丈夫ですが、今後、開門には代償が必要になります」
ヒッ マーゴットは慌てて、そこにはない取っ手から手を離す。
「代償って、何かしら。そういうことは、最初に言ってもらわないと困るわ」
マーゴットはツンツンして言った。
「今日はお試しですから、何も起こりませんよ」
「それにしてもよ。まあ、いいわ。代償について、きっちり、詳しく、漏れなく教えてちょうだい。ツァールもしっかり聞いて覚えてね。私、すぐ忘れるから」
ツァールが真剣な顔で手帳とペンを取り出した。
「まず、水を浄化する杯の代償ですが」
「はあっ? もらった後に代償を言うの、なしじゃない。場合によっては、返品交換するわよ」
マーゴットは草刈りハサミを構えた。
「ハハハ、さすがです。ご心配なく。水を浄化する杯の代償は、我らチャンカワンカに感謝し、ありがとうと言っていただくことです。できれば使うたびに、歌って踊っていただけると、さらに効果が高まります」
「あら、そんなこと? よろしくてよ。私の渾身のチャンカワンカを披露いたしますわ」
チャンカワンカとマーゴットはしっかりと握手を交わした。
「冥府の入口と出口の、開門と閉門ですが。代償はそれなりです。ちょっと老けます」
「ちょっと老ける。ちょっとってどれぐらいかしら。具体的に言ってくださる」
マーゴットの草刈りハサミがチャキンッと音を立てる。
「日焼けしたあと、白い肌に戻るのに時間がかかる。ほうれい線が深くなる。首にしわができる。髪に白いものがまじる。蚊に刺されたあとが、なかなか消えない。胸部が少し地面に近づく」
「はあっ? まったくもって、ちょっとではなくてよ。特に、最後のなんですの。言語道断だわ」
「あ、あの。全てではありません。どれかが発生します」
「ひどい、ひどいわ。乙女に対してなんという試練を与えるのです。それ、男性なら痛くもかゆくもない代償ではありませんか。不公平ですわ」
「え、ええ。男性の代償はまた異なりまして。例えば、前髪が少し後退する。鼻の毛がやや長くなる。体臭が強くなる。男性機能がて」
「キャー、おやめなさーい。下品ですわ。乙女に対してなんという無礼」
マーゴットは叫び、ツァールがチャンカワンカににじり寄る。ツァールがチャンカワンカに圧をかけた。チャンカワンカはそっとため息を吐く。
「分かりました。譲歩いたしましょう。なにせ、久しぶりの破壊王ですからね。仕事が多いですし、うら若い乙女ですし。ええ」
チャンカワンカたちは円陣を組んでひそひそゴニョゴニョ話し合う。
「マーゴット様は、草刈りのとき、草木から魔力を吸収されておりますね。だから、とてもお美しい」
「まあ、そうだったの? 知らなかったわ」
「マーゴット様の膨大な魔力を、大地に分け与えてください。一日、寝込むと思います。それでも、マーゴット様の美貌はそのままです」
「あら、いいんじゃないかしら。お世辞を巧みに散りばめているところも、評価が高いわ」
ツァールがうんうんと頷いているので、マーゴットはそれで手を打つことにする。
「いいわ、それでいきましょう。乙女の気持ちを汲んでくれたことに感謝して、早速踊ってあげるわ。チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
マーゴットの大層かわいらしいチャンカワンカに、小人とツァールとコボルトはうっとりした。護衛は少し引いた。マーゴットが気さくなことは知っていたけど、歌って踊ってしまうんだ。すごいなって。
気持ちよく歌って踊って、翌朝スッキリとした気分で目覚めたマーゴット。出発の準備をしながら、ふと気になった。
「ねえ、チャンカワンカたちは、私が居住区に戻ったら、また寝るの?」
「そうですね」
「退屈ね」マーゴットは気の毒に思う。
「いえいえ、夢の中で、歌って踊って。楽しいですよ。チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ チャンカワンカ」
ドワーフたちは、楽しげに腰や腕をフリフリしながら踊る。
「ねえ、一緒に居住区に来る?」
「いいですね。行きます。仮面のゴーレムとケルベロスに、後は任せましょう」
ドワーフたちは、満面の笑顔で即決する。
そんなわけで、陽気なチャンカワンカたちと、ケルベロス一匹も、一緒に居住区に行くことになった。
マーゴットが陽気で様子のおかしい同行者と、帰路についたとき。居住区でマーティンは冷や汗をかいている。フィリップ陛下がいらっしゃるそうでーす。マーゴット様、早く帰って来てくださーい。マーティンは心の中で叫んだ。
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