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23. 怪しい扉


 王宮で、フィリップは招待状を見て思案気な表情を浮かべている。


「世界樹にホテルだと。何を考えている、ユグドランド」


 招待状に世界樹と書くなど、正気の沙汰とは思えない。バカなのか。フィリップはいら立ちを隠せない。近頃、問題が立て続けに起こる。


「なぜ王宮が薄汚れているのだ?」

「ホコリ払いスキル持ちをクビにしたからです。ハタキで十分と陛下が仰せでしたので」


「穴のあいた布があったぞ」

「針に糸を通すスキル持ちをクビにしたからです。裁縫の効率が下がっております」


「シャンデリアがくもっている」

「家具磨きスキル持ちが、辞めました。王宮の雰囲気がギスギスして、働きにくいと」


「庭でまた植物が暴れておりますーーー」

「なにっ」


 無能な足手まといをクビにして、少数精鋭で効率よく、キビキビとした王宮になると思っていたのに。なんだこの体たらくは。痒い所に手が届かない、走りながら考えられず、明後日の方向に迷走している。グダグダだ。


 ハズレスキル持ちが大挙していると聞くユぐドランド島。烏合の衆が集まって、さらに沈むと思っていたのに。もたらされる情報は、耳を疑うものばかり。


「まさか、私が間違っていたのか」


 そんなまさか。あり得ない。覇王スキルもち、王の中の王。凡百の民を率いる、鮮烈な王として歴史に名を残すはずだった。いや、はずだ。そうなるに違いない。のか。


 常に自信満々、自分に疑いなどかけらも持ったことのないフィリップ。まさか、ひょっとして、よもやの弱気が忍び込む。


「クッ、あり得ない。私が失敗するなど。この目で見てやろうではないか。そして、化けの皮をはがしてやる」


 有用な者がいれば、連れて帰ってもいいな。

 フィリップは、招待状を部下に渡す。


「予定を調整するように」

「はっ」


 部下の出て行った部屋で、フィリップはいつまでも考え続けていた。


***


「マーティン様。フィリップ陛下がお見えになるそうです」


 ベネディクトの声に、マーティンはパタリとペンを取り落とした。


「嘘だろう」

「本当です。そして、招待状に世界樹のことを書くなバカ者と書いてあります。婉曲的に」

「ああ」


 マーティンは机に突っ伏した。


「世界樹目当てに、よからぬ者が島に押し寄せるかもしれない。身辺に気をつけろ、とも。いいお方ですね。実は?」


 ベネディクトが質問口調で感想を述べる。マーティンは顔を上げると、ポリポリと頬をかく。


「よからぬ者など、島に上陸できないと思うが。シーサーペントが出ない航路は限られている。航路を知っているのは、信頼できる船長だけだ。海流は複雑で、熟練の船長以外は島までたどり着けない。内陸部は魔物と魔植物だらけ。仮に上陸できたとしても、踏破はできないだろう」


「そうですね。やはり、なんらかの神の差配を感じます。天然の要塞のような島ですね、ここは。この鉄壁ぶりをご存じない陛下が、ご心配なさるのも無理はありませんね」


 フィリップ王の心配を軽く流すマーティンとベネディクト。シーサーペントは輪切り焼きになり、ミミズを始めとする魔物や魔植物は、着々とマーゴットに切り刻まれている。


「マーゴット様が魔植物は減らされていると思いますが、魔物はそのままのはずです。魔物に遭遇したら、マーゴット様を退避させるよう、護衛には言い含めておりますし」


 マーゴットの無敵ぶりに、すっかりそんな言いつけは忘れている護衛たち。

 思惑が、すれ違う。


***


 思惑は、現在進行形ですれ違っている。


 ちびっ子コボルトと保護者たちは、荷物を乗せて、小舟で居住区に向かった。元気いっぱい、姐さんと旅したいぜーな精鋭コボルトは、マーゴットの周りで血気盛んに魔物を屠っている。


「ひゃっはー、無敵ー」

「おらおらおらおら、ぬるいわ」

「フハハハハ、くらえ、肉球ー」


 翼を得たコボルト、まさに水を得た魚の如しである。調子に乗りまくって、どこまでも飛んでいきそう。


「あなたたち、ほどほどにね」


 周囲がはしゃいでいると、逆に冷静になれるマーゴット。いつもより、淡々と草刈りをしている。ツァールは呆れたといった感じで首を振りながら、木の魚で方角を見ている。


「飛ぶって、楽しーい〜」

「うえぇぇぇぇーーーい」

「秘技、急転直下ーーー」

「なにおう、紆余曲折ー」

「それなら、空前絶後ー」


 とても大人とは思えない、ハメの外しぶり。人と猫は、半目で眺めている。


 コボルト村に来てから、ほんの少しご機嫌斜めだったお世話猫ツァール。すっかり元通りになっている。コボルトの前で、思う存分ツァールを褒め称えたのがよかったらしい。もっと頻繁に、感謝と大好きって気持ちを伝えないといけないわ、マーゴットは決意する。


「ねえ、ツァール。いつもありがとう。大好き」


 言ってて恥ずかしくなったマーゴット。早足で立ち去ろうとしたのだが。

 モフッモフモフッ スリスリ ツァールの渾身の抱きしめで、身動きが取れなくなる。


「なーなー、もういいっすかー」

「そろそろ行きましょうよー」


 コボルトがツァールをツンツン突き、マーゴットは解放された。ツァールは上機嫌。ずっとスキップしている。巨大猫のスキップ、翼つき。どこまでも飛んで行きそうだ。


 そんなこんなで、大変微笑ましい一面と、容赦のない伐倒を繰り返し。


「やってきましたー、最も夕日が美しいと評判の西の果てにー」


 マーゴットは海に向かって叫んだ。今まさに、太陽が沈もうとしている。

 淡く輪郭がボヤけた、目玉焼きみたいな夕焼け。


「目玉焼き、食べたいわー」


 しばらく卵を食べていないことに気がついたマーゴット。もう、夕焼けが卵にしか見えない。ツァールはゴソゴソとどこかを探る。卵はなかったようで、しょんぼりしている。


「姐さん、ニワトリ探してきやしょうか」

「いえ、いいの。今はまず、木の魚の示す場所に行ってみましょう」


 ツァールがさっと、お椀に浮かべた木の魚を見せる。


「あっちっすねー」

 コボルトたちはあっという間に走っていく。暴走するコボルトを見送りながら、マーゴットとツァールは木の魚を見ながらゆっくり歩く。なんの変哲もない、草っぱら。お椀の中で木の魚がグルグル回り始めた。


「あら、ここってことかしら。でも、何もないわね」

 マーゴットが辺りを見回していると、遠くの方からコボルトたちが走って戻ってくる。


「姐さん、あっちは何もなかったっすー」

「どうも、ここみたいなのよ。でも、何も見えないわよね。不思議だわ」


 皆で木の魚をじっくり見る。まだグルグル回っている。


「この下ってことじゃないっすか」

「俺たち、掘ってみます」


 ここ掘れワンワンと歌いながら、コボルトたちはせっせと穴を掘る。

 ガツッ 音がして、コボルトたちは一斉にマーゴットを見上げた。


「ここになんかありやーす」

 コボルトは今度は丁寧に土を払っていった。土の下から、古びた小さな木の扉が現れる。


「開けてみやーす」

 マーゴットが止める間もなく、コボルトが扉を押す。開かなかった。コボルトは今度は取っ手をつかんで、引っ張る。開かなかった。


「姐さん、鍵がかかってやーす。鍵穴が、あ、これかな」


 ツァールがマーゴットをそっと抱きかかえ、下までフワッと降りた。ツァールが差し出した木の魚を、マーゴットは鍵穴にはめる。はまらなかった。


「鍵穴小さいっすから。横にはめるのは無理っすよ。姐さん」

「魚の頭を鍵穴にぶっさせばいいっすよ」


 コボルトにやいやい言われ、マーゴットは今度は魚の頭を鍵穴に差し込む。スルッと入り、クルっと回り、ゴゴゴゴゴゴと扉が横に消えた。


「引き戸ー」

「まさかの引き戸ー。こんな場所でー」


 コボルト大興奮。扉の下をのぞきこんで、叫ぶ。


「地下に続く階段ー」

「冒険の匂いー」

「ワウーン」


 大騒ぎ。ワウーンが、ワウーンワウーンと地下に響いていくのが分かる。


「もし、中に敵がいたら。今ので私たちの存在が丸バレですわね」

 頭痛をこらえながらマーゴットが言うと。


「そうっすね。先に行って、どんな敵がいるか見てきやす」

「目玉焼きがあったら、毒味しておきやす」

「いってきやす」


 やすやすやす。安い言葉を発しながら、コボルトたちは落ちて行った。護衛たちが、ため息を吐きながら後に続く。最後に、ツァールがマーゴットを抱え、フワッと落ちていく。翼、実に便利である。随分降りた後、地下に着いた。ツァールがさっとランプを取り出す。

 ボンヤリした灯りが地下を照らした。



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