22. 海のグネグネ
「姐さんと一緒に、居住区に移住してもいっすか」
コボルトたちは、マーゴットについて行く気まんまんだ。
「いいと思いますけれど。でも、私まだ草刈りの旅を続けなくてはいけないの」
まだ、魔植物がはびこっているところがたくさんある。とりあえず、南に来たから、次は東に向かおうかと考えているところだ。今度は一直線ではなく、ギザギザと伐採しながら進んで行けば、討伐面積が広くなるだろう。
「そっすか。だったら長距離が厳しいちびっ子や長老たちは、姐さんが作ってくれた道で居住区に行かせようかな。姐さんについて行くのと、居住区に行くので、群れを分けやす」
「大丈夫かな。まだ魔植物たくさんいそうだったけど」
護衛たちが心配そうに割って入る。マーゴットには見えていないが、それなりに魔植物が残っているらしい。コボルトたちは考え込んだ。
「小舟があるんだから、海から居住区に行けばいいのでは」
船旅、快適だったなとマーゴットは思い出す。船酔いもなく、爽やかな風を楽しめた。それに、小舟なら荷物を運ぶのも簡単だろう。
「海はですね。さらに恐ろしい魔物が出るのです」
長老が大きな声で説明してくれる。長老、名前をもらったら元気になって、声も大きくなった。
「破壊王が、海の魔物も定期的にまびいてくださったらしいのですじゃ。ところが、破壊王が何百年も不在になられて。その間に、海の魔物はどんどん巨大化し。巨大な魔物同士が食い合って、残った魔物はさらに大きく」
長老が、悔し気にヒゲをピルピルさせる。
「もう、おちおち海にも出られやせんのですわ。魔物のせいで、海面が上がって、大事な神殿まで沈んでしもうたと聞いております。わしら、どこに向かって祈っていいのやら」
「そうなのですね。なんとかしたいのは、山々なのですが。海の魔物は、私の対象外ですわね。草がないと、どうしようもないですもの」
「やっぱ、そうっすかね。姐さんだったら、どこでも無敵な気もしやすが」
コボルトたちの期待に満ちた潤んだ瞳。マーゴットは心苦しいが、首を振る。できないものはできない。海は、マーゴットには未知の世界。海の魔物の知識もない。
ツンツン ツァールがマーゴットをつつく。手にはぬらぬらした緑の。
「なるほど、それならいけるかもしれませんわね」
マーゴット、初の海刈りが始まる、かもしれない。
小舟に乗った護衛とコボルトたちが、海に漕ぎ出す。マーゴットは、ツァールと共に、崖の上で待機だ。じっと海を見つめる。
小舟が点ぐらいの大きさになったとき、ツァールが手招きする。マーゴットはツァールの背中に飛び乗った。大きな翼が持ち上がり、ツァールとマーゴットは空に浮いた。ツァールは、マーゴットが振り落とされない、ギリギリの特急で一直線に飛ぶ。マーゴットの目にも、グネグネした海の魔物が見えてくる。シーサーペント、大海ヘビがコボルトを食べようとかま首を持ち上げている。
ベチッベチベチッ ツァールが空からワカメをまき散らす。ワカメまみれのシーサーペント。
マーゴットはツァールの背中から真っ逆さまに落ちる。
「やーっ」マーゴットの斧がきらめく。
「シーサーペントのワカメ巻き、きたー」
「輪切りー」護衛とコボルトが叫ぶ。
バッシャーン ドボドボドボッ 輪切りのシーサーペントが海に浮かんだ。
コボルトたちは喜びいさんで、輪切りを小舟に回収する。
「姐さん、さすがっす」
「姐さん、最高っす」
「姐、姐、姐ー」
コボルトたちが拳を突き上げる。
「今日もご馳走っすねー」
「うーん、そうね。ちょっとだけ試してみようかしら」
ミミズはあれだけど、シーサーペントなら、まあ。いけるかもしれない。
シーサーペントの輪切り焼きを食べて、ゆっくり寝て、翌朝。海に小島ができていた。小島の上には神殿が見える。
「うーん、不思議なことばかり起こる島だわ」
不思議のほとんどは、マーゴットが巻き起こしているのだが。マーゴットに自覚はないようだ。
ツァールが止めないので、皆で小島に上陸する。巨石を積み上げられた神殿。石に掘られたうずまき模様が至る所に見られる。
「伝説の、うずまき神殿」長老が感極まった声でつぶやく。
まんまだわ。マーゴットは思ったが、口には出さない。
神殿の内部には、豊満な豊穣神の像が鎮座している。
「うずまきは、永遠の象徴。この地に永遠なる豊穣を」
長老が静かに言い、皆で跪いて豊穣神に祈りを捧げる。静謐な空気が流れた。
祈りが終わると、長老は立ち上がり、マーゴットを見上げる。
「破壊王マーゴット。ここは時を司る神殿と言い伝えられておる。時にまつわる願い事をしてみるとよいやもしれぬ。ただし、ひとつだけじゃぞ。ひとつじゃぞ」
「はい、そういうの、慣れてます。ちょっと考えますね」
マーゴットは、ベネディクトの真似をして、手を額の前で三角にしてみる。三角かあ、なんにも思いつかないわあ。まあ、いっかあ。
すうっ マーゴットは息を深くすって、口を開いた。
「長ーい願い事もなしじゃ」
長老の言葉にマーゴットは口を閉じる。なぜ、バレているのか。はあ、仕方がないですわあ。
「この島の水を若返らせてください。塩まみれになる前まで。よろしくお願いします」
ギギギギギギ 豊満な豊穣神の両腕が上がり、ゴトンと足の間から何かが落ちた。
「な、何か。産まれたのか、落ちたのか。ちょっと、もうちょっとこう」
別の出し方してほしかったマーゴット。ツァールがサッと何かを取り上げ、ハンカチでゴシゴシこすり、マーゴットに渡してくれる。
「これは、何かしら。木の魚かしら」
マーゴットの手の平ぐらいの大きさの、木の魚。
「それを水に浮かべて、魚の頭の方角に進めばいいようじゃ。そこに、行けば島の水を若返らせる何かがある。誇り高く、強く、気高く、ちょっぴりお茶目な戦士たちが守っていると聞くが。破壊王なら問題ないじゃろう」
「まあ、それはありがたいですわ」
マーゴットはパアッと笑顔になる。
「それにしても、さすが破壊王。我が身の若返りを望まぬとは。己のことより島全体の幸せを願うとは。さすが、王であるな」
「いえ、そんな。私、まだ十七歳ですから」
褒められて照れているマーゴット。十七歳の身で若返ってどうするのかとも思うが。
「無私無欲の心意気。あっぱれなり。ご褒美に、日焼けしてもすぐ元に戻る肌を授けよう、とのことじゃ」
「やったー」
マーゴットとお世話猫ツァールが同時に両手を上げる。
「姐さんも、そういうとこ女性なんすね」
「日焼けとか、気にするんっすね、姐さん」
「俺は、こんがりキツネ色の姐さんでも、好きっす」
「ホホホ。今はよくても、年をとってからシミになって出てくると聞きますもの。帽子や手袋では限界がありますし。ありがたいですわ」
神殿に朗らかな笑い声が響いた。
***
うずまき神殿が笑い声に包まれている頃、居住区の執務室ではマーティンが頭を抱えていた。
「まだ完成もしていないのに、招待状を出すのか? 早すぎないか?」
「営業開始前に、特別な方々にお披露目するのが一般的です。マーゴット王女殿下がいらっしゃるので、王族以上が最低限かと」
「王族以上って、つまり、王族では」
「その通りです」
ベネディクトの真面目な顔を見て、マーティンはため息を吐く。
「王族の予定は年単位で既に決まっています。早め早めに打診しなければ、どなたにも来ていただけません」
「まだ、いつ営業できるかも見えていないのに」
「それはそれ、ですよ。世界樹を披露するだけで、十分価値はあります」
「確かに」
すっかり世界樹のある景色が普通になっていたが。世界樹を見たい人は多いはず。
「世界樹のお披露目、ついでにホテルの告知。それでご満足いただけるはずです」
「では、気軽に招待状を送ろう」
マーティンの顔が明るくなった。
「はい。今回は正式な招待状ですので、礼法に則ったギッチギチです。私が下書きを用意しますので、その通りにお願いします。ぜひ、ぜひぜひお願いします、は封印です」
「分かっている」
マーティンは少し赤くなった。




